障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第75障『十輪譚』

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海王力。28歳。元地下格闘技チャンピオン。現役時代の怪我が原因で引退。その後、営業の仕事に就くも長続きせず辞職。バイトを転々としている頃、タレント『十輪譚ジャガーノート』が発現。引退の原因となった怪我によってタレントが発現した模様。そのタレントを利用し、再び地下格闘技会に君臨。しかし、ハンディーキャッパー故の強さにより、敵の実力に不満を持ち始め、再度引退。現在は更なる強者を求め、便利屋として日々ハンディーキャッパーを殺し回っている。今回は桜田からの依頼だ。

【12月13日、18:50、駅前にて…】

駅前は海王の謎の攻撃により大爆発を起こし、辺りは焼け野原となった。間一髪、タレントで難を逃れた山尾兄弟は高さ50メートル付近に居た。

「大丈夫か!交次郎!」
「う、うん…」

その時、山尾兄弟は空中から地上の様子を見た。

「な、何だありゃ…⁈」

焼け野原となった駅前には、直径10メートルを超える肉の塊が鎮座していた。アレが海王だ。

説明しよう!
海王力のタレントは『十輪譚ジャガーノート』。筋肉を増幅させる能力である。
能力自体は氷室の『現代のオーパーツバイオクラフト』に似ているが、海王の『十輪譚ジャガーノート』は自身の筋肉の増幅のみ。応用力は無いものの、氷室よりも少量のPSIでより多くの筋肉を創造する事ができる。
タイプ:創造型

先程の大爆発は海王の筋肉の増幅によるものである。急激に筋肉を増幅させると、このように爆発が巻き起こるのだ。コレだけでも強力な武器だが、海王はさらにこの肉塊の状態で動く事ができる。

「来るぞッ!」

海王は山尾達のPSIを感知し、空中にいる山尾達に向かって跳躍した。

「『我と彼方の代入法セルチョイス』!!!」

山尾は交次郎の手を掴み、より上空へ瞬間移動して、海王の攻撃を回避した。

「ココまで来るか…」
「アイツ、顔隠れてるのにどうして俺らの場所わかったんだろ…?」
「PSIだろ。」
「あ、そうか。」

【海王の筋肉の中にて…】

海王は筋肉の中に埋もれている。

「(見えなくても、お前達の居場所は手に取るようにわかるぞ。PSIでな。)」

海王は山尾兄弟の身体に纏われているPSIを感じ取り、居場所を特定していたのだ。

「(早くしなければ…息が続かん…)」

顔の周りを筋肉で覆われている海王は、十分な酸素を供給できずにいた。例えるならば、ビニール袋を頭からかぶっているかのような。

「(それに、この体を維持するにもPSIが足りん…時間がない…)」

海王は焦っていた。この形態になった以上、元に戻れば再度タレントを使える程のPSIは残っていない。つまり、早く山尾達を倒さなければならないのだ。それに対して、山尾達は転移型のタレント。持っている。海王にとって、これ程都合の悪い条件はなかった。

「(どうすれば…早く…早くしなければ…!)」

最悪の状況、それがかえって普段頭を使わない海王に思考という戦略を与えた。
そして、海王は思いついた。この状況を脱する方法を。

「(なぁに…簡単な事ではないか!)」

【空中にて…】

山尾達が空中で様子を見ていたその時、海王は山尾達とは真反対に向かって移動を始めた。

「(あの兄弟の目的、それは仲間を先へ行かせるため!俺が出口邸へ向かうと分かれば、奴らは必ず止めに来る!)」

そう。海王の作戦。それは無視だ。あえて山尾達を無視し、出口邸へ向かう事で山尾達を惹きつけようとしたのだ。

「まさかアイツ!堺たちの方へ…⁈」
「ど、どうするの⁈兄ちゃん⁈」

山尾は迷った。海王を追ったところで、奴を止める手立てなどない。しかし、止めない訳にはいかなかった。

「追うぞ!『我と彼方の代入法セルチョイス』!!!」

山尾達は海王を追った。

【駅前にて…】

海王は建物を破壊しながら、転がるように移動している。

「(前が見えなくとも、出口邸の場所は分かる。奴らは俺を仲間から引き離し、オレを倒すことが目的…つまり!奴らの対角線上!そこに出口邸はある!)」

その時、海王は山尾達のPSIが自身に近づいてくる事に気づいた。

「(おっ…ついて来た、ついて来た…やはり、出口邸はこっちの方角…)」

【空中にて…】

海王を追う山尾兄弟。その途中、兄の瞬太郎はとある事を疑問に思った。

「(なんで…アイツは急に、堺たちの方へ向かったんだ……まさか…!)」

それが罠だと気づいた時には、もう遅かった。

「兄ちゃんッ!!!」

交次郎の叫び声と共に顔を上げた山尾。目の前には巨大な肉塊が。海王が跳躍したのだ。

「(ヤバい…!)」

山尾兄弟のタレントは肉眼で見える範囲にのみ効果がある。今、目の前に広がるのは海王の筋肉だけ。山尾の『我と彼方の代入法セルチョイス』は勿論、本体が見えなければ交次郎の『我と汝の仮定法セルチェンジ』も使えない。つまり、何処にも逃げられない。
振り返って背後に瞬間移動するか。否、この刹那、間に合わない。何せ山尾は驚きにより、硬直している。その隙わずかコンマ数秒。しかし、それが彼の命を摘んだ。

「(あ…俺、死んだわ…)」

山尾の体は海王の突進の衝撃で粉々に砕け、死ぬ。そう悟った。
すると次の瞬間、山尾は後頭部に鈍い痛みを感じた。

「つッ……⁈」

弟の交次郎が殴ったのだ。

「(交次郎…?何を……)」

すると、その拍子に山尾の目線は下方に向いた。交次郎はコレを狙っていたのだ。

「『我と彼方の代入法セルチェンジ』!!!」

山尾はすぐさま下方向に瞬間移動し、海王のタックルを逃れた。

「っだぁ~!あぶねッ!死ぬかと思った!死んだかと思った!」
「ごめん兄ちゃん、咄嗟だったから殴っちゃった…」

交次郎は後ろめたそうに謝る。そんな交次郎を山尾は抱きしめた。

「何言ってんだ!さすがだぜ!弟ぉ~!俺の弟ぉ~!!!」

山尾は交次郎の頭をなでなでしている。交次郎はそんな兄の手を振り払い、上空を指差した。

「兄ちゃん!アイツがいない!」
「なに…⁈」

山尾は交次郎の指差すはるか上空を見上げた。交次郎の言う通り、そこには先程まであった海王の巨大肉塊は無かった。

「どこに…」

その時、山尾達の背後から海王の声がした。

「ココだ…!」

山尾達は振り返った。そこにはガリガリの長身男が山尾達と共に落下している。おそらく、コレが海王の本来の姿。海王は山尾達に近づく為、増幅させた筋肉を消したのだ。
そして、海王は二人の腕を掴んだ。

「瞬間移動で逃げるか?無理だろうな!お前のタレントは触れている者も同時に転送される!そうだろ!」

海王は山尾のタレントを見抜いていた。いや、山尾だけではない。おそらくは、交次郎のタレントも。

「位置を変えても無駄だ!この距離なら貴様ら如き、捕らえるのは簡た……」

次の瞬間、山尾達は腕にPSIを込めて海王の顔面を殴った。

「はっがッ!!!」

海王の真の姿はこのガリガリ。そして、PSIもほとんど使い果たした。こんな相手に策など無用。山尾兄弟はそれを理解し、海王の顔面を殴ったのだ。

「このニセ筋やろぉがッ!」

海王は殴られた拍子に山尾達の腕を離した。

「(そうだ…俺…タレント使えるほどのPSIは、もう残って無かったんだった…)」

二人を捕まえたは良いものの、PSIが無ければタレントは使えない。つまり、二人を抑えるほどの力がない。その事に海王は気付けなかった。普段頭を使わない性格が、ココで大きな失態を招いてしまったのだ。
海王は気絶した。
その後、山尾達は気絶した海王を抱え、地上に瞬間移動で降りた。そして、海王を地面に下ろした後、山尾兄弟は堺たちを追った。
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