障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第76障『完璧な落とし穴』

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【12月13日、18:47、住宅街にて…】

広瀬,有野,堺,友田,白マロ(人間),チビマル(猫)は出口邸へ向かう途中、いかにも怪しげな長髪男が行手を塞いでいた。

「PSI…」

広瀬達はその男からPSIを感じた。彼も海王同様、桜田に雇われた刺客だ。そして、我々はその男に見覚えがある。
その時、男は話し始めた。

「まさか、またお主らと戦うことになるとはな。白マロ。チビマル。」

その時、男は爪を伸ばした。

「『斬鉄爪ゴエモンファング』!!!」

それを見た白マロとチビマルは彼を思い出した。

「お前、ケンケンか⁈」

そう。その男の正体は、かつて白マロ,ヤブ助,チビマルと共に戸楽市猫四天王の一角として君臨していた、人間化したケンケンだったのだ。
男の正体がケンケンである事を知った白マロとチビマルは、事情を説明した。

「なるほど。障坂ガイを助ける為に、か。」
「あぁ。だから頼む。そこを退いてくれ。手伝えとまでは言わないから。」

白マロの説得にケンケンは無言のまま首を振り、後にこう答えた。

「それは出来ない。拙者は、人間として生きると決めた。拙者はもう、ケンケンではない。」

ケンケンは爪を構えた。

「コレは拙者の…天王寺てんのうじ時雨しぐれの初仕事なのだッ…!」

ケンケン改め、天王寺はやる気だ。それと同時に、白マロとチビマルは困窮した。白マロのタレントは植物を、チビマルのタレントは靴を操る能力。一方、天王寺のタレント『斬鉄爪ゴエモンファング』は何でも切れる爪を生やす能力。あまりにも相性が悪い。以前の戦いではガイの策や山口の介入で何とかなったものの、今回はそれがない。時間もない。早くしなければ出口邸へ桜田が戻ってきてしまうからだ。

「俺がやる。」

その時、広瀬が皆の前に出た。

「奴のタレントを教えてくれ。」

それを見たチビマルは広瀬に言う。

「でもアイツは…」
「大丈夫。キミらの知り合いなんでしょ。殺さない程度にやるから。」
「そうじゃねぇ。アイツはあの爪で何でも切り裂く事ができる攻撃特化のタレントだ。一対一じゃ危険すぎる。」
「かと言って、全員で足止めを食らう訳にもいかない。」

広瀬は振り返り、皆に言った。

「大丈夫。汎用性でなら、俺のタレントは誰にも負けない。」

自信に満ちた発言。いや、自らを奮い立たせているのか。しかし、どちらにせよ広瀬のこの善意を無碍にはできない。

「…わかった。」

チビマル達は了承した。

「気をつけてね、広瀬くん。」
「死ぬんじゃないわよ!」
「頑張って…」

堺,友田,有野は広瀬を鼓舞した。そして、彼らは別の方向から出口邸へと向かった。

「待てッ…!」

それを阻止しようと天王寺は堺達を追おうとした。しかし、広瀬は彼の前に立ちはだかり、『詭弁ビライブ』の筆を創造して、それを天王寺に見せつけた。

「貴方の相手は俺です。」

筆を見せつけたのは天王寺の注意を自分に向ける為。それが功を奏し、天王寺は広瀬の筆を警戒してその場に立ち止まり、堺達を追う事はなかった。

「(筆…何もない所から現れた…コレが奴のタレントか…)」

筆に注意を取られている天王寺。しかし、彼も何もしないという訳にはいかない。天王寺は様子見程度で自身の伸ばした爪の一本を広瀬に向けて放った。

「ッ…⁈」

広瀬は姿勢を反らし、寸前でその爪を回避した。そして、それを見た天王寺は間髪入れずに、広瀬に襲いかかった。

「(回避ッ!反射でも防御でもなく回避ッ!間違いない…奴のタレント、あの筆には直接的攻撃手段は無いッ!)」

広瀬のタレントに攻撃性がない事を知った天王寺。故に、彼は躊躇いなく広瀬に襲いかかったのだ。

「ッ…!」

広瀬は踵を返し、走り出した。天王寺はそれを追う。

「(ココじゃダメだ!何処か、俺のタレントを活かせるような…死角と物が多く、入り組んだ場所が…!)」

【ショッピングモール付近にて…】

広瀬は天王寺から逃げ惑う内に、近くの大型ショッピングモールの前へとやってきた。

「(デパート内…ダメだ。能力的には最適だが、人が多過ぎる…)」

ショッピングモールは死角や物が多く入り組んでいる。広瀬のタレントを最大限発揮できる場所の一つであろう。しかし、人も多い。戦いの中で巻き添えを喰らうかもしれない。広瀬はそれを考慮し、ショッピングモールを諦めた。

「(何処か…何処かないか…⁈)」

その時、広瀬はとある建造物を発見した。

「(アレだ!)」

広瀬はそこへと駆け込んだ。

【立体駐車場、一階にて…】

広瀬はショッピングモール併設の立体駐車場へと入ってきた。ココならものが多く死角も多い。そして、ショッピングモールに比べて人は少ない。さらに一階から六階まであり、十分に空間を活用できる。

「(奴はまだ来ていない。今のうちに、罠を張る…!)」

【数十秒後…】

広瀬を追ってきた天王寺が立体駐車場一階へとやってきた。

「(何処へ行った…)」

天王寺は感覚を研ぎ澄ませた。

「(隠れても無駄だ。貴様の居場所などすぐにわかる。PSIでな。)」

天王寺は広瀬のPSIを頼りに、一台の車の前へと辿り着いた。

「(この裏か…)」

天王寺が車の背後に回ろうとした次の瞬間、なんと車の中から広瀬が飛び出してきた。それも、ドアなどからではなく車体をすり抜けて。
PSI感知で居場所がバレるのは広瀬も承知。広瀬は『詭弁ビライブ』で小石を車に錯覚させ、天王寺の不意をついたのだ。

「ッ!!!」

広瀬は天王寺に向けて鉄パイプを振り下ろした。しかし、元猫の天王寺の瞬発力と動体視力は凄まじく、それを寸前の所で回避した。

「(くそッ…!)」

広瀬は次の罠へと誘導する為、立体駐車場三階へと向かった。

「(すり抜け…透過系のタレントか…?)」

天王寺は広瀬のタレントを推測しながら、広瀬を追った。

【立体駐車場、三階にて…】

天王寺は広瀬を追い、立体駐車場三階へとやってきた。

「(ヒットアンドアウェイ。いかにも人間らしい狡猾な戦術よ。しかし、卑怯だとは思わぬ。地形とタレントを存分に活かした戦法、落ち度があるのはココに誘い込まれた拙者自身。そうだ。勝たなければ意味がない。猫も人間も同じだ。)」

天王寺が角を曲がったその時、足場に大きな穴が空いている事に気づいた。

「(穴⁈)」

天王寺は落下を回避する為、咄嗟に大きく上に飛んだ。
すると次の瞬間、壁だと思われた所から広瀬が現れ、空中にいる天王寺に向けて鉄パイプを振った。

「んなッ…⁈」

天王寺は空中にいる為、回避できない。しかし、回避など不要。

「『斬鉄爪ゴエモンファング』!!!」

天王寺は爪を伸ばし、まるで紙を切るかのように鉄パイプを切り裂いた。

「いッ……」

その際、天王寺の爪が広瀬の右腕に擦った。
広瀬はまたもやその場から逃げ出し、上の階へと向かった。

「小癪な…」

その時、天王寺は広瀬の右腕から垂れた血が地面の穴に付着したのを見た。

「コレは……」

天王寺は地面の穴に手を触れた。しかし、穴など空いてはいなかった。そう。コレは広瀬のタレントで作った偽の穴だったのだ。

「……」

次に、天王寺は広瀬が現れた壁を触れた。しかし、そこに壁など無く、腕はそれをすり抜けた。

「(なるほど。読めたぞ、奴のタレント。)」

天王寺は広瀬のタレントの正体に気づいた。

「ふふふ…コレで貴様はもう、ネタの割れた手品師と同義。もう騙されぬッ…!」

【立体駐車場、五階にて…】

広瀬は罠を張り、天王寺を待っていた。

「(遅い…)」

しかし、天王寺は来なかった。

「(まさか、出口邸へ向かったんじゃ…⁈)」

そう考える広瀬。しかし、その思考に自ら待ったをかけた。

「(いや、自ら敵の前に現れるような武士道精神の持ち主だ。途中で標的を変えるなんて思えない。もしかして…)」

広瀬はとある事に気づいた。そして、土狛江のセリフを思い出す。

「念の為…か。」

【約二分後…】

天王寺が立体駐車場五階へとやってきた。

「ん…?」

その時、天王寺は地面に血を発見した。その血はとある方向に向かって付着している。おそらく、広瀬の血だ。この血垂れが広瀬の軌跡を表しているのだ。
しかし、天王寺は血の目印とは逆方向へと歩き始めた。

「貴様のタレントはもう割れている。こんな血如きで拙者は騙されん。それに、貴様の位置はPSIでわかっている。PSIは嘘をつかんからな。」

そう。この血は広瀬が『詭弁ビライブ』で作った偽の軌跡。天王寺を騙す為の。しかし、天王寺はそれを見破り、逆方向へと歩いた。
天王寺が歩いた先、柱の裏には広瀬が居た。広瀬は柱を背にして座っていたのだ。

「そして、コレが貴様でない事もわかっている。」

柱を背にして座っている広瀬。しかし、コレもまた広瀬が作り出した偽物。この広瀬からはPSIを感じられないからだ。
そして、天王寺は振り返り、何も無い所に向けて爪を構えた。

「居るのだろう。そこに。」

そう。広瀬は自身を『空気』に錯覚させて、天王寺の背後に忍び寄っていたのだ。しかし、PSIだけはごまかす事ができない。

「姿を現したらどうだ?」

しかし、広瀬は応じない。

「残念だ。」

次の瞬間、天王寺は見えない広瀬に向かって走り出した。

「姿が見えん以上、峰打ちはできん!死んだらすまぬぞッ!」

今、おそらく、目の前に広瀬がいる。天王寺は爪を振り上げた。

「切り捨て御免ッ!!!」

するとその時、広瀬が姿を現した。

「なッ⁈」

唐突に姿を表す広瀬に動揺を見せる天王寺。しかし、もう爪を止める事はできない。天王寺は広瀬を殺す覚悟を決めた。
そんな天王寺に対し、広瀬はニヤリと笑い、こう言った。

「逆は考えなかったみたいですね。」

その時、天王寺の足元の地面が崩れた。

「ぬあわッ…!!!」

なんと、本当に地面に穴が空いていたのだ。
広瀬は予め、地面に穴を空けておき、その上に『コンクリートの床』と書かれた布を覆った。そうする事で、穴の空いた地面が塞がっているかのように錯覚する完璧な落とし穴ができるのだ。
偽の血垂れ、偽の広瀬、透明化、それら全てがこの完璧な落とし穴の伏線。より罠を撒く事で、この落とし穴の存在に気づかせないようにする為。でないと、天王寺の身体能力ならば、この穴を直前で回避されてしまうからだ。

「能力がバレたって構わない。いくらでも応用が効く。それが僕の『詭弁ビライブ』です。」

天王寺は四階へと落下した。

【立体駐車場、四階にて…】

一階分の落下。こんなもの、PSIで守備力を上げられるハンディーキャッパーにとって、何のダメージにはならない。しかし、広瀬の目的は落下ダメージを与える事ではない。

「鉄パイプッ…⁈」

天王寺の落下ポイントには鉄パイプが鉛直上向に設置されていたのだ。
次の瞬間、鉄パイプは天王寺の肛門にズポッといった。

「びえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?!?!??!!!」

天王寺は激痛により気絶した。
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