障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第81障『Zoo』

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【12月17日、白鳥組本部、モニター室にて…】

とある男が毒ガスが蔓延する部屋に閉じ込められている。一善と前田と石川は、それをモニター越しに監視している。

「これは一体何をしている?」
「拷問っすか?処刑っすか?」

一善と前田の質問に、石川は答える。

「試しているんだ。伝説の暗殺組織、『Zoo』の殺し屋の実力をな。」

次の瞬間、毒ガスの部屋に閉じ込められた男に、謎の液体がかけられた。前田はその液体を尋ねる。

「水?」
「濃硫酸だ。」
「硫酸⁈」

前田は驚いた。それを聞いた一善も、石川に問いただす。

「せっかく雇った殺し屋を死なせるつもりか?」
「まぁ見てみろ。」

一善と前田は再びモニターを見た。そして、二人は驚愕した。

「「んなッ⁈」」

なんと、男は無傷だ。そしてあろう事か、その濃硫酸で髪を洗っているではないか。

コードネーム:フリート
身長176cm。毒術師。自身の体液と摂取した食物によって、体内でそれらを毒に変えることができる。故に、毒無効。また、ウイルスや細菌、強酸や強アルカリの物質にも抵抗力がある。

その時、前田は石川に尋ねた。

「毒を操るタレントって事っすか?」
「いや、奴はハンディーキャッパーではない。」
「え…?」
「Zooに所属する殺し屋は全員ノーマルだ。」

ノーマル。つまり、ハンディーキャッパーではないただの人間だという事。

「化け物か…⁈」

一善は思わずそう口走った。
その時、前田は別のモニターを指差した。

「コッチは何してんすか?」

モニターには、巨大な水槽の水中で横になっている男が映っていた。

「水の中に閉じ込めた。閉じ込めてからもう100時間以上は経つ。」

コードネーム:ブレス
身長220cm。特技は超肺活量。体全身に肺のような組織を結成している。約30時間の無呼吸運動が可能。動かなければ10日は息を吸わなくても問題がない。酒瓶内の空気を吸って、瓶を割る事は勿論、本気を出せば、息を吐くだけでトラックをひっくり返せるらしい。

そして再度、前田は石川に尋ねる。

「ハンディーキャッパー…?」
「ではない。」
「コイツらヤバ過ぎっしょ!!!」

すると、前田はまたもや別のモニターを指差した。

「ココは⁈ココ!ココ何してんの⁈」

前田の指差したモニターには誰も移っておらず、人一人が入れるほどの巨大な金属箱が置いてあるだけだった。

「まぁ見てろ。」

するとその時、トロトロした何かが金属箱の隙間からニュルニュルと現れた。

「うっわ!ナニコレ⁈タコ?」

次の瞬間、そのトロトロの何かは徐々に人の姿に変わっていく。

コードネーム:ソフト
身長195cm。全身関節化。全身の骨が関節になっている。数mmの隙間さえあればどんな部屋でも侵入可能。

「奴は今、ネジ穴の隙間を通って、あの箱から脱出したんだ。」

その時、ソフトは監視カメラに向かって喋った。

〈もう終わりにしろ。俺は閉所恐怖症なんだ。〉

ソフトの発言を聞いた一人の黒服が石川に尋ねる。

「どうします?石川さん。」
「放っておけ。自分で脱出できるだろ。」

その時、前田はまたもや別のモニターを指差した。

「コッチコッチ!次コッチ!」

モニターには、目隠しをつけられた女が椅子に座らせられ、その前には機関銃が設置してある。次の瞬間、機関銃は誰もいない壁に向けて乱射された。数十秒後、機関銃は全ての弾を撃ち終えた。そのすぐ後、女は発言した。

〈574,741,121,542〉

その時、『ピンポーン』という正解音が響いた。どういう事かわからない2人に対して、石川は説明を始める。

「放たれた弾丸には10桁の数字が書かれている。」

それを聞いた一善は察しがついた。

「まさか、足し算したのか⁈」
「その通りだ。」

一善は彼女が行っている事を理解した。しかし、前田はまだわかっていない。

「え…?どういう事っすか?」

要領を得ない前田に、石川は説明する。

「奴は目隠しされた状態で、弾丸に書かれた10桁の数字を読み取り、足し合わせていたんだ。」
「え…目隠し…弾丸…10桁…⁈」

コードネーム:ロイ
身長162cm。推定視力40.0以上。弾丸の回転をも見ることが出来る動体視力。スコープ無しで5km先の標的をも正確に狙える(限定条件あり)。多色型色覚ゆえ、赤外線や紫外線、X線が見える。細菌やウイルスも見える。暗い所も昼と同じぐらいにはっきり見える。見えまくる。

「いやもうそれハンディーキャッパーより凄いじゃねーっすか!」
「だから奴等は伝説の殺し屋なんだ。」

その時、監視室の扉が破壊された。そして、巨漢の男が監視室に入って来た。

「やり方が好かんな。」

巨漢はややご機嫌斜めのようだ。

「誰だ…?」

一善は石川に、巨漢の正体を聞いた。

「コードネーム、ホールド。Zooの殺し屋だ。」

石川は前に出た。

「金は充分過ぎるくらい払ってます。文句言わない試されて欲しいですね。」

石川はその巨漢、ホールドに全く臆せずにそう言った。しかし、ホールドは首を振る。

「その事ではない。仕事内容についてだ。年端もいかんガキ共を殺すだと?」
「はい。嫌ですか?」
「あぁ。俺は、殺す相手は自分で決める。他の連中は知らんが。金がもらえれば何でもすると思うなよ。」

そこへ、またもや何者かがやって来た。

「何でもれよ。ホールド。」

それは若い女だった。

「変なプライドは捨てろ。アタシらのやってる事は所詮、殺人。血に塗れた綺麗事なんて、そんなもんはねぇんだよ。」
「…」

すると、ホールドはモニター室から出ていった。

「すまなかったね。だが、奴らも気が立ってるんだ。こんな試される事ばっかやらされて。そろそろ終わりにしないと、アンタら全員、殺されちまうぜ?」

女はそう言った。一切殺気は感じられない。しかし、何故だか重みがある。

「あぁ。心得た。」

石川がそう答えると、女は部屋を出た。それを見て、一善は石川に女の素性を尋ねる。

「アイツは?」

「元『Zoo』の殺し屋で、今回雇った五人の師匠だ。コードネームはカフ。彼女を通して、『Zoo』に依頼をした。」
「…」

その時、一善は床に落ちた、ホールドが破壊した扉を見た。扉はなんと、金属製のドアノブがまるで紙切れの様にクシャクシャになっていた。

「『Zoo』の殺し屋…あのガキ共には同情する。」

【翌日(12月18日)、昼、有野の家の前にて…】

山口の葬儀を終えた後、ガイと友田は有野の家へとやってきた。インターホンを鳴らすと、有野の母親が出迎えてくれた。

「梨子ちゃん…それに、障坂くんも…」
「どうも…」

【有野の家、リビングにて…】

ガイと友田は椅子に座り、有野母と話をしている。

「事情は梨子ちゃんから聞いたわ。みんな、大変だったのね。障坂くん、怪我はもういいの?」
「はい。父に治してもらったので。」
「そう…すごいのね、タレントって…私、全然知らなかった…」

数秒の間の後、有野母はガイに言った。

「障坂くん。もう、京香とは関わらないでください。」
「ッ……」

覚悟はしていた。自分は障坂家。望まなくても危険に巻き込まれてしまう。そういう家系に生まれてしまったから。当然、我が子がそんな危ない奴と関係を持つ事を、親は許さない。

「貴方は悪くないわ。でも、ごめんなさい。これ以上、娘を危険に晒せないの。」
「はい…わかってます…」

そう。覚悟はしていた。しかし、やはり面と向かって言われるのは、ガイには堪えた。

「あ、あの…最後に何か、有野と…京香さんと話がしたくて…」

泣きそうな声でそう伝えるガイ。しかし、有野の母親は首を横に振る。

【有野の家の前にて…】

ガイと友田が有野の家から出てきた。

「障坂。ごめん。」
「え…何が…?」
「私ももう、アンタと居られそうにない。」
「……」
「バイバイ…」

そう言うと、友田は自分の家の方向へと走り去っていった。

「バイバイ…か。」

山口、白マロ、チビマルだけではない。失ったものは、ガイが思っていた以上に大きかった。

【夜、障坂邸、ガイの部屋にて…】

ガイはベッドの上に横になり、布団にくるまっている。部屋にはガイ一人だけ。ヤブ助も居ない。執事の仕事だろうか。
その時、村上がガイの部屋の扉をノックした。

「ガイ様、夕食の支度ができました。」
「…」

しかし、ガイは返事をしない。返事をするのが億劫なのだ。

「ガイ様?入りますよ?」

村上はガイの部屋に入った。

「具合悪いんですか?」
「…」

ガイは黙ったままだ。そんなガイに、村上は優しく接する。

「夕飯、食べたくなったらいつでも言ってください。何時でも待ってますから。」

村上が部屋を出ようとしたその時、ガイは言葉を発した。

「村上は…」

それを聞いた村上は、足を止めてガイの方を振り返った。

「…」

村上は無言のまま、ガイの発言を待つ。

「村上は…何処へも行かないよな…?」

弱々しい声で、すがるように問いかけるガイ。村上はガイの元へ近づき、こう言った。

「はい。私は生涯ずっと、ガイ様のお側にお仕えしますよ。何があっても。」
「……」

それを聞いたガイの瞳から涙が溢れた。大切なものを失い続けたガイにとって、この言葉は何よりの救済。心に響かない訳が無かったのだ。

「ホント、ガイ様は私のこと大好きですね~!おねショタの概念、理解しちゃいましたか~?」
「なんじゃそりゃ。」

冗談を言ってガイを元気付けようとしている村上。ガイをそれを察していた。そして、彼女にこれ以上、気を遣わせてはいけないと思う。

「夕飯、もうちょっとしたら食べに行くから。」
「了解です。」

村上はガイの部屋から出た。それと同時に、下の階から大きな物音が聞こえてきた。

「……」

嫌な予感がした。しかし、PSIを感じられない為、侵入者ではない。それは確実。だから自分は行く必要はない。ガイはそう思った。
いや、そう思いたかっただけかもしれない。ガイは、全てに対して無気力になりたかったのだ。このまま死んでも、構わないとまで。そして、ガイは布団をかぶった。

「(深く考えるなよ…)」

その時、ガイの部屋の扉が開いた。

「障坂ガイ、だな。」

部屋に入ってきたのは、なんと『Zoo』の殺し屋、ホールドであった。彼はハンディーキャッパーではない。つまり、PSIを感知できなかったのはその為である。

「……」

ガイは布団をかぶったまま動かない。そんなガイに向かって、ホールドはゆっくりと歩き出す。

「すまない。死んでもらうぞ。」
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