障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第90障『リベンジマッチ』

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【3月10日、夜、戸楽市、廃工場屋内にて…】

右腕の無いガイと左手の無いホールドが対峙している。

「その腕、俺よりもダメージが大きい気がするが。」

ホールドはそう言った。彼の言う通り、ホールドは左手が破裂したのに対し、ガイは右腕全体にダメージを負っていた。

「そこから推測するに、俺の技はハイリスクなんじゃないか?」
「…」

ガイは何も答えない。しかし、それがYESだという事をホールドは理解した。

「やはりな。土台も無しに俺の『握殺』を使えばそうなるのも無理はない。」
「…」

【ガイの回想…】

ガイは秀頼から言われた言葉を思い出していた。

「ガイ。今後一切、『Zoo』の技はコピーするな。」
「え、でも…」
「確かに惜しいのはわかる。しかしダメだ。それはお前が一番よくわかっているだろ。」
「…」

ガイは無言のまま、俯いている。その理由が見に染みてよくわかっているからだ。
その時、それを知らないヤブ助が秀頼に尋ねた。

「何故ダメなんですか?」
「『Zoo』の技は人間ができる範疇を超えている。当然そんな技を普通の人間が使えばどうなるか。」
「ですが腕の一本や二本、氷室のタレントで治せるはずです。」
「腕の話じゃない。頭の話だ。」
「頭?」

ヤブ助は首を傾げた。

「例えばホールドの『握殺』。アレを使った途端、ガイの右腕の筋繊維が一瞬で断裂した。そうさせたのは他でもない、ガイだ。お前の神経系はアレを再現するべく、限界以上の力を引き出したんだ。おそらくそれが、『模倣コピル』の本質、『模倣コピル AGアフターグロウ』の力だ。」

その時、秀頼はガイの額に人差し指を当てた。

「奴らを模倣マネ続けると、お前はいずれ、廃人同然にまで堕ちる。間違いなく。」
「……」

その言葉を聞き、ガイは少し恐怖を覚えた。

模倣マネるのはせいぜい型までにしておけ。わかったな?」
「はい…」

【現在…】

ガイは秀頼との約束を破った。ホールドの『握殺』を使ったからだ。何故、そんな事をしたのか。それは、ガイの心の問題。ホールドに一泡吹かせたかったのだ。しかし、その代償は大きかった。

「お前にもう『握殺』が無いとわかった今、俺に怖いものはない。」

ホールドは構えた。

「だが、手を抜ける相手でない事もわかった。手加減無しでガンガン行くから、死んでも文句は言うなよ。」

次の瞬間、ホールドはガイに向かって走り出した。

「ッ…!」

ガイは秀頼の戦い方をコピーし、構えた。

「(コレが今、俺が持っている中で一番強いカードだ。けど、きっとコレじゃホールドは倒せない。何か一つ、切り札が…)」

その時、ガイは自身の無傷の左腕を見た。

「(やっぱり、『握殺』をやるしか…)」

次の瞬間、ホールドは大きく飛び上がり、足の指の握力で天井に垂直に立った。そして、ホールドは天井の巨大な鉄骨を一つ抜き取り、片手で軽々とガイに向けて振り回した。

「なッ…⁈」

ガイはそれを回避し続けている。一方、ホールドはガイの手の届かぬ天井から攻撃を続ける。
ガイは鉄骨攻撃から逃げながら、近くにあった工具をホールドに向けていくつも放った。だが、ホールドは天井を移動しながらそれらを回避する。

「そんなもの、いくら投げたって無駄だ。」

すると次の瞬間、照明が消え、辺りが暗闇に包まれる。

「なに…⁈」

そう。ガイは照明の配線を狙っていたのだ。

「『模倣コピル AGアフターグロウ』!!!」

ガイはヤブ助の猫の目を模倣した。これにより、ガイは暗闇でも当たりが鮮明に見える。
ガイはクレーンについていたチェーンを手に取り、ホールドに向けて投げた。

「ッ⁈」

ホールドの首にチェーンが絡まる。ガイはそのまま思い切り引っ張り、ホールドを床に叩きつけた。

「ぬぐッ…!」

床に落ちたホールドに向かって走り出すガイ。

「(今だッ…!)」

ガイは『握殺』を使い、トドメを刺すつもりだ。
だが次の瞬間、強烈な音波がガイの意識を麻痺させた。

「ッ!!!?!?!??!!!」

コレはホールドの指パッチンだ。

「(しまったッ………)」

一瞬だが、全身が硬直してしまったガイ。その隙に、ホールドは首の鎖を引きちぎり、ガイの顔面を殴った。

「がふッ!!!」

ガイの体は建物の壁を突き破り、屋外へと殴り飛ばされた。

【廃工場屋外にて…】

ガイは貯水池の前に倒れた。かつて無いほどの重い一撃を喰らった為、すぐさま動けずにいた。
そこへ、ホールドがやってきた。月明かりで外は屋内よりも目が効く。ホールドは貯水池の前に横たわるガイに馬乗りになった。

「哀れな男だ、障坂ガイ。いくら足掻こうとも、決してどうする事もできない。そういう星の元、生まれてきてしまった。」

ホールドはガイに右手を伸ばす。

「ココで俺が手を下した方が、お前の為なんじゃないかすら…そう思……」
「フザケルナッ‼︎」

次の瞬間、ガイは起き上がり、ホールドを自身もろとも貯水池の中へと連れ込んだ。

「ッ…⁈」

【貯水池の中にて…】

何年も使われていない濁った水の中。ガイは水中でホールドの体を押さえ、首を絞める。

「あがッ…!はッ………!」

ホールドはもがいている。上へ上へあがろうと。しかし、ガイはそれを必死に押さえつけ、より下へと向かう。

「(馬鹿な!それ以上潜れば、お前も窒息するぞ!)」

ホールドはそう思った。それは間違いない。この貯水池はかなりの深さだった。さらに、只今の時間は夜。水中で平衡感覚を失い、さらには辺りが暗闇に包まれれば、貯水池からの脱出すら危うい。にも関わらず、ガイはお構い無しに下へ下へと向かう。

「(呼吸?脱出?そんなものはどうでも良い!今はただ、コイツを殺すッ!!!)」

勝ちにこだわる執念。ガイにあったのはただそれだけ。自分が助かるか否かは二の次なのだ。

「(これ以上はまずい…!)」

その時、ホールドは右掌を丸くし、掌の中に水を蓄えた。そして次の瞬間、ホールドはその右拳を握り、掌に蓄えた水を一気に放出した。まるで水鉄砲のように。
すると、ホールドの握力から繰り出される水鉄砲により、ガイとホールドの体はその反動で陸へと急上昇した。

【貯水池前にて…】

ホールドの手式水鉄砲の反動により、ガイとホールドが陸へと打ち上げられた。

「ハァ…!ハァ…!ハァ…!」

軽く息を切らすホールド。そんなホールドに、ガイは間髪入れずに殴りかかった。

「(コイツ…!まだ息に余裕があったのか⁈)」

いや、違う。ガイは今、極度の酸欠状態に陥っている。しかし、それでも攻撃をやめないのは、ガイのただならぬ執念と、秀頼の拷問にも等しい修行の成果である。
ガイは秀頼の戦い方をコピーし、ホールドを追い詰める。

「くそッ…いい加減に…!」

その時、何処からか石川の声が聞こえてきた。

「待て!ホールド!」
「ッ⁈」

その声の正体はガイだった。ガイは『模倣コピル AGアフターグロウ』で石川の声を模倣し、ホールドに一瞬の隙を作ったのだ。

「しまっ……」
「うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!」

次の瞬間、ガイはPSIを込めて、ホールドの顔面を思い切り地面に殴りつけた。

「はがッがッ……」

ホールドの前歯は何本か折れた。それでも尚、意識はある。
ガイは地面に倒れるホールドの首を左手で掴んだ。

「ハァ…ハァ…リベンジ成功だ……」
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