障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第96障『ハゲない秘訣』

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【翌日(3月15日)、朝、猪頭邸、ガイの居る部屋にて…】

ガイは布団の上で目を覚ました。

「……」

ガイは得も言えぬモヤモヤを抱えていた。記憶を消された事による影響であろう。

「ガイ…」

ガイの枕元には、猫の姿のヤブ助が居た。

「ヤブ助…」

ガイは体を起こした。

「今日って、いつだっけ…?」

ガイは、このモヤモヤが時間感覚にある事を理解していた。

「3月15日だ。」
「15…?11じゃなくて…?」

ヤブ助はガイに説明を始めた。ホールドとの一対一にガイが勝利した事。ロイとフリートを始末した事。桜田達と手を組み、ガイの記憶を消した事。そして、十谷と村上が死亡した事。

「そうか…死んだのか……」
「ガイ…?」

ガイは悲しみというより納得の表情をしていた。

「なんか、そんな気はしてた。起きた時に…そう…わかってた…」

ガイはヤブ助に尋ねる。

「なぁ、ヤブ助。二人は誰に殺されたんだ…?」
「わからん。廃病院にはガイ一人で乗り込んだから。おそらくは、フリートが残虐な方法で二人を殺害し、ガイはそれを見てしまった為、ああなってしまった。俺の推測だがな。」

誰に殺されたか。それを真っ先に聞いたガイ。おそらく、記憶は無くとも何となく感じていたのだろう。二人を殺した人物こそが、ガイの精神を崩壊させた原因だと。しかし、まさかそれがガイ自身だとは誰も思わない。本人すらも。

「フリートは、ヤブ助達が倒したのか?」
「いや、多分ガイだ。ガイが倒れている側に、奴の死体があった。下半身だけの焼死体がな。」

そう。ガイは、自身があの場で発現した新たなタレントについての記憶も消えていた。だから、新たなタレントが発現した事も、そのタレントの効果や詳細すらも、ガイにはわからないのだ。

「ホールドは?」
「それもわからん。ガイが何処かに移動させたのか、他の『Zoo』に死体を回収されたのか。ホールドが自ら逃走したとも考えられなくはない。」

そして、ヤブ助はこう言った。

「しかし、今回の件でよくわかった。相手はホールドを餌に俺たちを逆に狩るつもりだった。ロイの加入がいい証拠だ。相手は俺たちが思っている倍は上手うわてだ。ガイはどう思う?」
「そうだな。俺に呼び出されたホールドの位置を知らない限り、万が一の狩場まで用意していたロイを送る事はできない。プライドの高い『Zoo』が発信器なんか持ち歩いてくれる訳ない点を踏まえるに、相手の中に対象の位置を知る事ができるハンディーキャッパーが居るのか、それとも、俺達が一番最初に狙う相手がホールドだと気づいていたのか。」
「前者であれ後者であれ、厄介極まりないな。」
「あぁ。間違いなく向こうには参謀がいる。それも、先生の言い方を借りると、作戦型の参謀がな。」

ガイは顎に手を当て、思案する。

「一度、先生や氷室達とも話し合う必要があるか…」

すると、ガイは布団から立ち上がった。

「みんなは何処に?」
「広間だ。皆、食事をとっている。」
「行こう。」

【猪頭邸、大広間にて…】

広間では大勢の人間が朝食をとっていた。家主である猪頭妹は勿論、氷室,堺,山尾,有野,友田。友那,勉,将利などの園の子ども達。そして、桜田とその仲間、角野,不知火,土狛江,裏日戸が居る。それと数名の猪頭家執事も。
そこへ、頭にヤブ助を乗せたガイが広間に入ってきた。

「障坂…くん……」

皆がガイを見つめるその瞳には不安の色が映っていた。その原因は十中八九、ここ数日間のガイの乱心を見てしまったから。しかし、当の本人は記憶が無い。その為、ガイは何故自身がそのような目を向けられるのか疑問だった。

「なに?」

ガイは皆に尋ねた。自分がどうかしたのかと。

「う、ううん!何でもないよ!」

堺が答える。それに続けて、氷室もこう言った。

「ガイさんもコッチ来て食べましょう!」

二人は歪んだ笑顔でそう言った。ガイはいつもとは違う皆の様子を不思議に思いながら、空いていた座布団の上にあぐらをかく。
それと同時に、桜田がガイに挨拶をした。

「おはよう。障坂くん。」
「おはよう…」

ガイは少し嫌な顔をした。当然だ。桜田は、自分を拷問した相手なのだから。
それを察したのか、桜田は真剣な声のトーンで話し始めた。

「あの時はごめん。どうかしてたんだ。妹を生き返らせる…その事で、頭がいっぱいで…」
「別に。もういいよ。済んだ事だし。」
「でも…僕のせいで…キミ達は、こんな事に…」

桜田は相当な罪悪感を感じていた。一時の感情で事を荒立てたこと。ガイ達を巻き込んだことを。
それを聞いたガイはそう呟いた。

「原因、か…」

ガイは話を続ける。

「なんかもう…よくわかんないや。お前が何もしなくても、きっと、こうなってたと思う。」

その原因は一つ。

「俺が、障坂だから…」

そう。コレは、ガイが障坂として生を受けた日から決まっていた物語だ。障坂である以上、この地獄からは抜けられない。
その時、秀頼はこう言った。

「原因よりも、今は打開策を考えるべきじゃないか?」

秀頼は桜田の方を向き、続けた。

「桜田。お前がこの三ヶ月の間、何もせず、ただ逃げ回っていただけのはずがない。そうだろ?」
「はい。白鳥組については、色々調べさせてもらいました。きっと、今後の役に立つはずです。」
「聞かせてもらおうか。」

その後、ガイ達は桜田から得た『今月中に陽道は外の世界へ旅立つ』という情報をもとに、次なる作戦を話し合った。しかし、それらが全て無駄になる事を、ガイ達はまだ知らない。

【夜、猪頭邸、桜田の部屋にて…】

桜田の部屋には、彼の仲間である角野,不知火,土狛江,裏日戸が居た。何やら真剣な話し合いの最中のようだ。

「で、何の話?」
「俺達だけ集めたって事は…まさか⁈猪頭さんを裏切る計画とか⁈」

桜田は首を横に振る。

「そうじゃない。今日みんなに集まってもらったのは、お願いがあったからだ。」
「土狛江…?」

土狛江は首を傾げる。

「秋様のお願いなら何でもしますぅ!」

一方、桜田信者の不知火はそう答えた。
その時、角野は桜田にそのお願いの内容を尋ねた。

「ねぇ、秋。そのお願いって何?」

すると、桜田は少し話すのを躊躇するかのように、こう言った。

「もう…僕についてこないで欲しい…」

それを聞いた角野達は困惑した。

「ど、どういう事…?」
「キミ達を、危険な目に遭わせたくない。」
「何を今さら…」

土狛江はそう言った。彼らは危険を承知で、今まで桜田についてきたのだ。そう思うのは当然。

「そう。今更だ。もっと早くに気づくべきだったんだ。僕がやるべき事は、ハルを生き返らせる事じゃない。後悔が無いよう、みんなと生きる事だったんだ。障坂くんや他の子供達を見てわかった。幸せが地獄に変わる、そんな彼らの表情を…」

桜田は下を向き、話を続けた。

「僕は、キミ達に…ああなって欲しくない…そんなキミ達を、見たくないんだ…!」

桜田は恐怖していた。ガイのような不幸に陥る事を。仲間が絶望を味わう様を。

「秋…」

角野や他の仲間たちは、そんな桜田の恐怖を感じ取っていた。

「ごめん、秋。」

だからこそ、角野はこう言った。

「私達、もう覚悟はできてるから。」

恐怖する仲間を一人で戦地へは向かわせられない。それが角野達の想い。

「みんな……ごめん……」

桜田はこの時初めて、後悔を知った。大切なものを巻き込んでしまった事を。

【夜、猪頭邸、通路にて…】

人間姿のヤブ助が通路を歩いていると、縁側から足を出して座る山尾の姿があった。

「…」

山尾は物憂げな表情で夜空を見上げていた。ヤブ助はそんな山尾に近づく。

「ヤブ助か。」
「何してるんだ?」
「見りゃわかんだろ。星見てんだよ。」
「お前にそんな趣味があったとは意外だな。」
「別に…」

そう答えた山尾は、夜空に一番輝く星を指差した。

「父ちゃんが言ってたんだ。人は死ぬと星になるって。星は人の魂なんだとよ。」

山尾は手を下ろし、下を向いた。

「そん時の俺は『そんな訳ないだろ』って言ってたなぁ。夢の無いガキだぜ、まったくよぉ。」

すると、山尾は再び、夜空の星を見上げた。

「けど、何でだろうな。今は…本当に、そう思っちまう…」

山尾は星に向かって手を伸ばす。

「なぁ、ヤブ助。俺の『我と彼方の代入法セルチョイス』で、あの星まで行ったら…また、父ちゃんと弟に逢えるかな……」

山尾の瞳から一滴、涙がこぼれ落ちるのをヤブ助は見た。そして、ヤブ助はこう答えた。

「お前まで星になる気か。」
「それも悪くねぇかもなぁ!」

冗談っぽく笑う山尾。しかし、ヤブ助にはそれが冗談だとはとても思えなかった。

「すまない…山尾…」

ヤブ助の唐突な謝罪。山尾はそれに戸惑い、ヤブ助の方を向いた。

「ヤブ助…?」

「俺は、お前の弟を守れなかった…お前まで、見殺しにするところだった…すまない…」
「…」

ヤブ助の心からの謝罪。罪悪感に苛まれるヤブ助に、山尾は呟いた。

「…ったく、猫は冗談も通じねーのかよ。」

山尾は立ち上がり、ヤブ助に背を向けた。

「俺は誰も恨んじゃいねぇ。」

そして、山尾はヤブ助の方を振り返り、こう言った。

「恨みなんて、疲れるだけだろ。」

すると、山尾は歩き出した。

「俺ぁ将来ハゲたくねーからよ。ノンストレスで生きていくぜー。」

山尾のこの言葉。コレは本心であり、ヤブ助への気遣いでもあった。ヤブ助もそれを察していた。

「ハゲたくない、か。大変だな。人間の雄は。」

ヤブ助は少し、笑っていた。
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