障王

第2章『ガイ-過去編-』

第97障『待ってて欲しい…』

【3月15日、夜、猪頭邸、ガイの部屋にて…】

電気は消えている。カーテンの隙間からわずかに入る月明かりのみが、部屋をぼんやりと照らしていた。

「…」

ガイは布団の上で横になっていた。眠ってはいない。目を開け、ただ天井を見上げていた。

「（十谷…村上……）」

ガイにとって二人は家族同然の存在。どれだけ涙を流そうと、その悲しみが癒えることはない。

「マフラー…」

そう呟いたガイはおもむろに立ち上がり、誕生日に村上からもらったマフラーを手に取った。

「暖かい。」

ガイはそれを首に巻き、布団に入った。

「（暖かい…）」

目を瞑ると、先程までの悲しみは無くなり、自然と眠気が襲ってきた。

「母さん……」

ガイは眠った。

【ガイの夢の中にて…】

まだ幼い姿のガイが、母の手の中で眠っている。母は子守唄を歌っていた。しかし、母の声はガイには聞こえない。もう、母親の声を覚えていないからだ。
その時、母の子守唄が止んだ。瞬間、目の前が真っ暗になる。

「母…さん…？」

ガイの体はいつの間にか、現実のガイの年齢まで成長していた。

〈人殺し…〉

背後から声がした。

〈信じてたのに…〉

振り返るとそこには、首にアザのある村上の姿があった。

「村上…⁈」

ガイは後ずさる。すると、足に何かが当たった。

〈お前のせいだ〉

それは下半身の無い十谷だった。

「違う…俺はッ…‼︎」

その時、ガイは十谷よりも背後に立つ者達の存在に気づいた。

「お前ら…‼︎」

それは既に死んだ山口，広瀬，白マロ，チビマルの姿だった。

〈お前のせいだ〉

彼らはガイを指差し、口々にそう呟く。

〈お前のせいだ〉

永遠に。

〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉
〈お前のせいだ〉

「ガイ…起きて……」

【深夜、猪頭邸、ガイの部屋にて…】

「はッ…⁈」

ガイは現実から聞こえるその声に呼ばれるように目を覚ました。

「ハァ…！ハァ…！ハァ…！ハァ…！」

ガイの体は汗だくだった。

「有野……？」

ガイの目の前には有野の顔があった。どうやら今、有野はガイの上に馬乗りになっているようだ。

「なに…してるんだ…？」
「…」

すると次の瞬間、有野は立ち上がり、そして、ガイの手を掴んで、ガイの体を起こした。

「行こう…！」

そう発言した有野。何処へいくのか。ガイはそれが気になった。しかし、ガイは彼女の表情から並々ならぬ意志を感じ取り、それ以上は聞く事ができなかった。

【猪頭邸外、住宅街にて…】

ガイは有野に手を引っ張られ、住宅街を走っている。

「お、おい…！何処いくんだよ…！」

ガイは行き先を聞いた。さすがに猪頭邸の外に出るとは思わなかったからだ。

「ッ…！」

しかし、有野は無言で走り続ける。

【公園、遊具内にて…】

有野はガイを連れて、丸い遊具の中へと入った。

「ハァ…！ハァ…！ハァ…！」

有野は息を切らしている。一方、ガイは地獄の特訓のせいか、全く平気そうに有野に尋ねる。

「あのさ、有野……」

ガイが有野にわけを尋ねようとした。しかし、ガイは剣山土下座の一件以来、有野と話す事を避けていた。その為、会話そのものが気まずかったのだ。
しかし、ガイが言葉を発するよりも早く、有野はガイにこう言った。

「一緒に逃げようッ…！」

有野は息を整える間も無く、そう発言した。

「え…逃げるって…」

ガイは首を傾げる。そんなガイに有野は話を続けた。

「もう…ガイは戦ったらダメ…これ以上やったら、ホントに…ガイが壊れちゃう……」

すると、有野は涙を流し始めた。

「嫌なのッ…！ガイが傷つくの見るのッ…！」
「有野…」

有野はガイが狂った様を知っている。そして、記憶を消されて、また戦いに出される事も。有野はそんなガイを放ってはおけなかったのだ。そんな彼女の優しさに気づいたガイは、こう言った。

「いいんだ、有野。もうすぐだから。もうすぐで、全部…終われる…はず……」

自信がなかった。本当に、白鳥組との戦いは『もうすぐ』終わるのか。それが終わっても、障坂としての地獄も終われるのか。わからなかった。

「俺は全然大丈夫だから。気遣ってくれてありがとな。」

気丈に振る舞うガイ。しかし、それが上部だけの言葉だと、あの狂気を知る有野にはバレバレだった。

「嘘だ……！どうして…嘘つくの…！」
「嘘じゃないって。大丈夫だから。」

有野の瞳から再び、涙が溢れ出る。ガイの自分への気遣いが、とても痛々しく思えたからだ。

「私だって…大丈夫じゃない…！ガイが…大丈夫なわけない……！」
「ホント、大丈夫…だから……」

核心を突かれるごとに、ガイの瞳に涙が溜まる。

「嘘だ嘘だ嘘だ…！」
「嘘じゃ…ない…って……」

その時、有野は叫んだ。

「大丈夫じゃないッ！！！」

瞬間、ガイの両目から涙が流れる。溢れてしまったのだ。何もかも。

「ガイッ…！」

有野はガイを抱きしめた。

「つらい…私…つらいよぉ…ガイ……死にたいのに…死にたくないよぉ……」

ガイも有野を抱きしめた。

「俺…も…大丈夫じゃないッ……俺…大丈夫じゃないッ…‼︎もう…無理だ……」

抱きしめ合い、涙を流す二人。こんな事をしても、現状は何も変わらないのに。しかし、何故だか二人は、今だけは、救われた気分になれた。

「ガイ…一緒に逃げよう…？」
「逃げるって…何処に…？」
「わからない…ただ、誰も居ない…何処か遠くに……」
「二人で…？」
「うん…私とガイの二人で…」

既に、ガイの心はイエスと答えが出ていた。しかし、ガイの頭がそれを簡単に言葉にさせてくれなかった。

「俺……」

その時、首に巻いていたマフラーがガイの視界に入った。そう。村上が作ってくれたマフラーが。

「（村上…）」

その時、ガイは抱きしめるのをやめて、有野の両肩を掴んだ。

「ごめん…やっぱり……俺には出来ない……」
「どうして…⁈」
「ここでやめたら…それこそ…大丈夫じゃなくなるから…」
「そんなッ…」

有野は再び涙を流した。ガイに見捨てられたという、嘆きの涙を。そんな有野に、ガイは言った。

「だから、待ってて欲しい…」
「えっ……」

ガイは有野の目を見て話を続けた。

「全部、終わらせて戻ってくるから…いつになるかわからない…けど…！待ってて欲しい…！俺、戦ってくるから…！キミも、逃げずに待ってて欲しい…！」
「ホント…？」
「うん。約束する。全部終わらせて、帰ってくるって。」

二人は見つめ合い、数秒の後にキスをする。誰も居ない夜の公園、暗く狭い遊具の中で。ここはもう、二人だけの空間だった。

「私…待ってるから…！ずっと…！」
「うん！約束な！」
「うん…！約束…！」

二人が交わしたこの約束。いや、もはや呪いだ。少年は永遠に戦い続ける。少女はずっと、それを待ち続けるだろう。やがて老人になり、死が二人を分つまで、呪いが解ける事はない。

【公園にて…】

ガイと有野は遊具から出てきた。

「今何時だろう…？」
「明日朝起きれるかな…」

次の瞬間、ガイは背後から何者かに首を殴られた。

「かはッ…‼︎」

ガイは地面に倒れる。

「ガイッ…！」

そして、その何者かは有野も同様に攻撃した。

「ゔッ…‼︎」

有野は意識を失い、地面に倒れた。

「有…野…ッ‼︎」

起きあがろうとするガイに、何者かは再びガイを殴った。

「がッ…‼︎」

ガイは薄れゆく意識の中、その人物を見た。

「なん…で……」

ガイは意識を失った。