障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第102障『私の為に死んでくれ』

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【3月19日、23:55時、猪頭邸にて…】

ガイが死亡する前日、ガイが布団の上で横になっている。どうやら、眠れないようだ。

「喉乾いたな…」

ガイは立ち上がった。どうやら、食堂へ水を飲みに行くようだ。

「寒い…」

冬は終わったとはいえまだ3月。夜は当然冷える。ガイが身震いをしたその時、首元に温もりを感じた。いや、思い出したと言った方が正しい。

「あれ……」

ガイは自身の喉に手を触れた。

「マフラー……」

その時、ガイの頭に鋭い痛みが走る。

「ゔッ…‼︎」

それと共にあの光景がフラッシュバックする。十谷と村上を殺したあの時の。そう。ガイはこの時、思い出していたのだ。

「ハァ…‼︎ハァ…‼︎ハァ…‼︎ハァ…‼︎」

ガイの呼吸が荒くなる。桜田の洗脳が解けかかっているのだ。これはまずい。また、ガイが狂ってしまう。
しかし、そうはならなかった。何故なら、もう一つ思い出したからだ。それは、4日前にガイが公園で襲われた時の記憶。そう。秀頼に気絶させられた時の記憶だ。その記憶が、狂わせるよりも先にガイに衝撃を与えたからだ。

【ガイの記憶にて…】

4日前のあの公園。ガイと有野が遊具から出てきた。

「今何時だろう…?」
「明日朝起きれるかな…」

次の瞬間、ガイは背後から秀頼に首を殴られた。

「かはッ…‼︎」

ガイは地面に倒れる。

「ガイッ…!」

そして、秀頼は有野も同様に攻撃した。

「ゔッ…‼︎」

有野は意識を失い、地面に倒れた。

「有…野…ッ‼︎」

起きあがろうとするガイに、秀頼は再びガイを殴った。

「がッ…‼︎」

ガイは薄れゆく意識の中、秀頼の姿を見た。

「なん…で……」

ガイは意識を失った。いや、この時、まだ微かに意識はあったのだ。ガイの耳には秀頼の声ともう一人、別の声が入ってきた。

「コレでよかったのか…?」
「あぁ。あとは俺に任せろ。」

それはガイの同級生、兼、白鳥組幹部の石川の声だった。石川が有野を担ぐと、秀頼は疑問を問いかけた。

「何故、ガイを連れて行かないんだ…?」

そんな秀頼に対し、石川はこう言った。

「首を突っ込むな。お前にはわからんさ。陽道なんぞに恐れおののく、お前ごときにはな。」
「すまない……」

秀頼は何も言えずこの場から去っていった。それを見た石川は有野を担いだまま、倒れたガイに話しかける。

「お前か?ガイを外へ連れ出したのは。」

いや、ガイではない。石川は話しかけているのは雷世だ。すると、ガイの体は起き上がった。

「決めつけは良くないなぁ~。犯人はお前が背負ってるその子だよ。」

ガイの体は今、雷世が操作している。ガイはそれを聞いていた。

「雷世。この後は…」
「わかってるわかってる。お前の考えてる事ぐらいわかってるって。アレ、使うんだろ?それと、ガイに気づかれたらまずいから、3日ほど眠らせとくって。」
「ならいい。」

石川は雷世に背を向けた。

「ごめん…ガイ…」

そう言うと、石川は有野を担いだままその場から去っていった。

【現在…】

記憶を取り戻したガイは、秀頼の部屋へ向かい、彼女を問いただしていた。

「私は陽道の妻だ。つまり、私は白鳥組の一員。お前達の敵だ。」

月明かりが差し込むくらい部屋。ガイと秀頼は対峙する。

「どうする?今ココで私と殺し合うか?その場合、勝つのはお前だ。騒ぎを聞きつけた桜田達がお前に加勢するだろうからな。状況的には圧倒的にお前が有利な状況だが、結論は?」
「殺し合わない。」
「それは何故だ?」
「アンタが陽道なんかに恐れおののく、小物だからだ。」

それを聞いた時、秀頼は下を向いた。

「あぁ。お前の言う通りだ。私は陽道が怖い…怖くて怖くて堪らない…だから、私は奴には逆らえない…」

秀頼は両手で自身の肩を抱きしめた。

「陽道は私の全てを奪った…猪頭家の財産も、権力も…私自身も…そして、私の息子も…」

秀頼は震えている。

「憎い…‼︎だが、それ以上に怖いんだ…‼︎奴の顔を見ると、殴られた時の事を思い出す…‼︎首を絞められ、犯され続けたあの頃を…思い出してしまうんだ…‼︎」

秀頼はガイに近づき、畳に膝をつく。

「私は陽道に逆らえない……私じゃ…あの子たちを守れないッ…」

あの子たち。それは猪頭愛児園の子どもたちの事。

「すまない…ガイ……」

秀頼はガイの脚に縋りつき、頭を下げた。

「あの子たちの為に…私の為に死んでくれッ…‼︎弱い私を…許してくれ……」

涙を流し、許しを乞う秀頼。そんな姿を見たガイはため息をついた。

「なんで…俺ばっかりこんな目に遭うんだよ…」

すると、ガイも涙を流し始めた。

「もっと早くに…殺してくれればよかったのに……そしたら…こんな……」
「すまないッ…‼︎すまないッ…ガイッ…‼︎」

【数時間後、障坂家専属の病院にて…】

ガイとヤブ助がとある病室にやってきた。

「ココは、佐藤武夫の…」

そう。ココは以前、ガイが本田との戦いの際に『魂移住計画ゴーンボーン』で乗り移ったいじめられっ子の少年、佐藤武夫が眠っている病室。何故、ガイはヤブ助を連れてココへきたのか。

「ヤブ助。」

ガイがヤブ助の名前を呼んだ次の瞬間、ガイは手の平のPSIを火に変質させた。

「そ、それ…不知火の『火炎PSIフレイム』か…⁈」

不知火はこの場に居ない。その為、『模倣コピル』では使用できないはず。

「全部、思い出したんだ。ホールドと戦った後の事。俺はフリートとの戦いで、第二のタレントが発現した。名前は『理解アスタ』。タレントを保存するタレントだ。」
「タレントを…保存…⁈」

ヤブ助は驚いた。タレントを保存、それはつまり、今までガイが目にしたタレントを使用できるという事だからだ。

「保存できるタレントは俺の最大PSI容量に依存する。だから、今は最大5つしか保存できない。タレントの更新は出来るが、更新すれば、一番古い保存のタレントから消えていく。」

今、ガイの『理解アスタ』の中には『靴操ブッシュ』『???』『飛翼フライド』『火炎PSIフレイム』『現代のオーパーツバイオクラフト』の順で保存されている。例えば、今『人間化猫化キャットマン』を保存した場合、『靴操ブッシュ』が消え、『人間化猫化キャットマン』が保存される。

「保存方法は対象のPSIに触れる事。だから、山口とかチビマルのタレントはもう二度と保存できないだろうから、大事にしないとな。」

ガイの第二のタレントは分かった。しかし、ヤブ助の疑問は消えていない。

「その第二のタレント、ココへ来た理由に何か関係があるのか…?」
「うん。」

すると、ガイは『現代のオーパーツバイオクラフト』で右手から針のような肉を創造した。そして次の瞬間、ガイは佐藤武夫の背中、脊髄にその肉針を差し込んだ。

「な、なにを…⁈」

ヤブ助は驚いた。そんなヤブ助にガイは説明する。

「『支配プログラム挿入モンスターマスター』。伊従村で戦った高田って奴のタレントだ。対象の脊髄に自身のPSIを流し込む事で、対象を操作する事ができる。おそらく、操作性能は桜田の比じゃない。コレなら十分に、武夫は俺として活動できるはずだ。」
「一体…何の事だ…?」

ガイは佐藤武夫から肉針を抜き、ヤブ助の方を振り返った。

「明日、俺は死ぬ。」
「なッ…⁈」
「館林の研究所へ行けば、俺は確実に殺される。でも、それでいい。それでみんなが助かるなら…」

ヤブ助は声を荒げた。

「良い訳ないだろ!有野を取り戻す為、明日俺たちは戦うんだ!作戦も考えたじゃないか!」
「あぁ、アレな。アレ意味ないから。」
「なんだと…?」
「どうせ、秀頼せんせいが裏切るから。それに氷室から聞いたけど、桜田も何やかんや俺を助ける為に裏工作してるみたいだし。もはやみんなで決めた作戦なんて意味が無いんだ。」

ヤブ助は困惑している。

「う、裏工作…?それに、先生が裏切るって…一体どういう…」

ガイはヤブ助に説明した。秀頼が皆を助ける為にガイに犠牲になれと言った事を。それを聞いたヤブ助は激怒した。

「あの女…!ふざけた事を…!」
「いや、それで良いんだ。」
「良い訳ないだろ!ガイを死なせる訳にはいかん!」
「大丈夫。俺は死なない。」
「なに…?」
「あ、いや、一回は死ぬなぁ…」

首を傾げるヤブ助に、ガイは言った。

「さっき言っただろ。俺のPSIを武夫の体に送ったって。つまり、俺は武夫にタレントをかけたんだよ。そして今から、そのタレントを発動させる鍵をお前に託す。」

それを聞いたヤブ助はガイの意図を理解した。

「まさか、佐藤武夫コイツの体に乗り移るのか…⁈」
「まぁ、そんな感じ。」

そう。ガイは『支配プログラム挿入モンスターマスター』で武夫に自身の記憶と意識を送り込んだのだ。かつての高田がそうしたように。

「俺が武夫に送った操作内容は『次の障坂ガイになれ。』だ。そして、ヤブ助が合言葉を言えば、武夫は俺として目を覚ます。そうプログラムした。」

ガイはこの時、既に死を覚悟していたのだ。全てを、次の自分佐藤武夫に託して。
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