障王

泉出康一

文字の大きさ
179 / 211
第2章『ガイ-過去編-』

第115障『正義を始メようカ』

しおりを挟む
【4月1日、18:50、フリージア王国、城下町、港、倉庫街にて…】

巨大倉庫が立ち並ぶ港。そこには四肢を切断された桜田、そんな彼を背負う不知火、隣には角野。そのすぐ前には大勢のフリージア市民と木森の死体、身体中に剣を突き刺され倒れた出口。そして、それらを挟んで桜田達と対峙するのは、白鳥組幹部の一人、一善。
羽根が生え、中性的な体つきへと変貌した一善の姿はまるで天使。いや、不知火の火炎による火傷により、皮膚は爛れ、片翼の羽毛は剥がれたその姿は堕天使と呼ぶに相応しい。

「さァ…正義を始メようカ…‼︎」

一善はゆっくりと桜田達に近づく。その距離約20メートル。PSIも残り少なく、満身創痍の桜田達に対して、一善は魔物化の影響で身体能力や最大PSI容量が強化されている。圧倒的不利な状況。

「引くんだ…アイツはダメだ…!」

桜田は不知火の背中でそう呟く。その声を聞き、不知火は動揺した。何故なら、桜田の声は震えていたからだ。まるで、親に叱れる前の子供のように。
そして、すぐにその理由が不知火達にも理解できた。それは一善のPSIの量だ。その量は桜田達のPSIを合計しても、今の一善の1割にも満たない。つまり、一善がひとたびPSIを纏ってしまえば、桜田達の攻撃は毛ほども通用しないのだ。おそらく、不知火の火炎も今の一善を黒焦げにする事はできないだろう。あの強大すぎるPSIの前では。

「『角箱ボックス』!!!」

角野は鉄箱を創造し、向かってくる一善を閉じ込めた。と同時に、不知火と角野は必死の形相でその場から走り出した。鉄箱を被せたのは逃げる時間を稼ぐ為。
しかし、そんなささやかな妨害すら、今の一善には無意味だった。一善は素手で分厚い鉄箱を破壊したのだ。

「逃げラレルと思うナよ。」

次の瞬間、一善は空を飛んだ。魔物化により生えた羽根を達者に扱い、逃げる不知火と角野を上空から追う。

「クソ女ッ‼︎」

突如そう叫ぶ不知火。角野は振り返った。すると、不知火は角野の方に何かを投げつけた。

「えっ…」

それは桜田だった。不知火は背負っていた桜田を角野に託したのだ。何故、そんな事をしたのか、角野はすぐに理解した。不知火は二人を逃す為、時間稼ぎをするつもりだ。自分の命を賭して。

「桜田くん…」

不知火は桜田の名を呼んだ。いつもの『秋様』ではなく、出会った頃の呼び方で。

「ありがとう…本当のおれを教えてくれて…」

不知火は微笑んだ。脆く儚く、消え入りそうなほど、優しく、哀しそうに。

「やめろッ…!不知火ッ…!」

桜田は切断された左腕を伸ばす。しかし、届くはずがない。彼を止める足も、もう無い。

「ごめんッ…!」

角野は謝罪の言葉を発すると同時に、桜田を抱えてその場から走り出す。角野は決して振り返る事はなかった。涙を流し、必死に前だけ見て走る。

「ごめんッ…ごめんなさいッ…!」

背後では血の吹き出す音、肉が抉れる音、不知火の断末魔が響く。しかし、それでも決して、角野は足を止めなかった。
不知火萌。19歳。死亡。

【数分後、フリージア城下町、広場にて…】

私たちは逃走に成功した。萌ちゃんのおかげで。私たちだけ逃げきれた。

「秋…どうしよう…」

わからない。どうしたら良いかわからない。

「私…もう嫌だ…こんな……哲也を殺して…仲間を…萌ちゃんが…死ん……」

頭がうまく回らない。秋、助けてよ。秋ならきっと、こういう時、良い作戦を思いつくはずでしょ。

「もう無理だ…」
「えっ…」

秋の口から出た言葉は意外すぎた。その言葉のおかげで、私は少し冷静さを取り戻せた。

「無理って……え…?」
「やめよう。春を生き返らせる事も…白鳥組を止める事も…」

全てを諦めた秋の顔。でも、私も反論できなかった。だって、その方がきっと幸せになれるから。

「二人で逃げよう。誰もいない。何処か遠くへ…」
「秋…」

少し残念だった。まさか、あの秋からこんな弱音を聞く事になるなんて。でも、ほんの少しだけ嬉しかった。秋の弱い部分を見れた気がしたから。

「秋はそれで…後悔しない…?」
「うん…きっとココで逃げない方が、後悔すると思うから…」
「そう…」

私は秋と一緒ならそれで良い。秋が良いならそれで良い。

「うん。逃げよう。私と秋で…!二人で…!」






















          逃
          げ
          ラ
          レ
          ル
          と
          思
          う
          ナ
          よ











【現在…】

逃走は成功した。かのように思えた。しかし、全ては角野の幻想。角野の腹には直径10cm程のパイプが貫通していた。一善が投げたのだ。

「がはッ…‼︎」

角野は抱えていた桜田を地面に落とし、自身も地面に倒れた。

「あ"……が……ッ…ぁ……‼︎」

角野は口から大量の血を吐きながら、声にならない声で苦痛の叫びを上げる。

「葉湖ッ…‼︎」

四肢の無い桜田は芋虫のように体を這わせ、角野に近寄る。すると次の瞬間、一善が桜田の背中の上に着地した。

「ぐあ"あ"あぁぁあッ!!!!!」

肋骨が折れる音と同時に、桜田は叫んだ。桜田の口からは聞いた事のないような、荒げた声を。

「言っタだろ。逃げラレなイと。」

二人は死を覚悟した。それを理解したのか、一善は話を始めた。

「安心シろ。お前達ノ目的、白鳥組の壊滅は俺が果たス。」

一善から放たれた衝撃的な言葉。白鳥組幹部の一善が何故。その理由を一善は話していく。

「コの世の悪は全て俺が取り締マる。陽道も魔王も、全テの犯罪者共を皆殺しニしテヤる。」

【一善の過去…】

一善は幸せな環境で育った。優しい両親に優しい祖父母、良くしてくれる隣人、気兼ねなく話せる友人。そんな素晴らしい環境もあり、一善は真っ直ぐな心を持った青年に育った。そんな一善青年が不正や犯罪を嫌うようになり、警察官になったのも必然的だと言えるだろう。
警察官になった一善。正義のヒーローになった気分だった。しかし、そこで経験したのは正義とは程遠い、薄汚い人間組織という悪だった。不正や汚職は勿論の事、武器の横流しや職権濫用でのセクハラ、拷問紛いの尋問など。そして、それら全ては権力という悪によって揉み消されている事も。
一善は正義というものがわからなくなり、警察を辞めようとしていた。しかし、それを踏み留めてくれた人が居た。彼の上司、勝呂すぐろ警部だ。彼は腐った組織の中でも正義を貫いていた。一善は尋ねた。どうして、そこまで正義に徹する事ができるのかを。すると彼は当然の事のように、笑って答えた。

「正義がどうこうなんざ考えた事ねぇなぁ…ただ、体が勝手に動くというか…んまぁ、困ってる人が居たら助けてやりたい。それだけだ。」

その時、一善はこう思った。本当の正義は無自覚。自分はただの偽善者だと。そして、いつか自分も勝呂かれのようになりたいと。その想いはいつしか、憧れというよりは崇拝と呼べる代物になった。
そしてその数ヶ月後、事件が起こった。勝呂警部がパトカーで子供を轢き殺したのだ。当然、それは逃走する犯人を追う過程で偶発的に発生したもの。故意ではない。しかし、そのせいで犯人には逃げられ、勝呂警部は世間から非難を浴びせられた。また、警察は全ての責任を勝呂警部になすりつけ、勝呂警部は警察を辞める選択を強いられてしまった。
その数週間後、勝呂警部が自殺した。部屋で首を吊って死んでいたそうだ。第一発見者は一善。彼は勝呂警部の信者。警部が警察を辞めた後も彼のアパートには何度も足を運んでいたからだ。

「勝呂警部……」

一善は首を吊った勝呂に向かってそう呟く。もう警部では無いにも関わらず。そして、一善はその側に落ちていた彼の遺書を見つけた。いや、見つけてしまったのだ。そこにはこう書かれていた。

〈すみませんでした。〉

乱雑な字で、ややクシャクシャになった遺書には、それだけが書かれていた。彼は根っからの善人だ。きっと子供を轢き殺した事を思い悩んでいたのであろう。自ら命を絶つほどに。

「間違ってる…」

それを見た一善は怒りを覚えた。何故、勝呂警部が謝る必要があるのか。悪いのは彼を追わせた犯人の方だ。責任を押し付けた警察組織だ。何も知らないで非難するマスコミや世間だ。

「いや…この世界そのものだ…」

その事件を機に、一善の正義は歪んでしまった。翌日、一善は警察を辞め、何処で知ったか白鳥組の魔王復活の計画を知り、更なる力を求めて組織に入団。勝呂警部という神の名の下、悪に裁きを下すという計画、悪殲滅計画を思いつき、今に至る。

【現在…】

一善は桜田の頭を鷲掴みし、力を込め始めた。

「悪が滅ビル事は無イ。俺は永遠ノ命を手に入レ、悪を浄化コロシ続ける。」

一善はさらに握る力を強めた。しかし、桜田は喚く事なく、怒りの眼差しで一善にこう発言した。

「ふざ…けるな…ッ‼︎」

頭蓋骨にヒビが入る程の握力で握られても尚、桜田は痛みを堪え、一善に歯向かう。

「お前が正義を語るなッ…‼︎この人殺しがッ…‼︎」

人殺し。その言葉を聞いた一善は怒り、叫んだ。

「黙レッ!!!!!」

一善は桜田を地面に投げつけた。桜田は両手両足がない為、受け身を取れずに頭から地面に叩きつけられた。

「ぬがッ…‼︎」

頭部から出血し、地面にうつ伏せに倒れる桜田。一善はそんな桜田の頭を再び鷲掴みにし、地面に何度も何度も叩きつける。

「俺ハ正義ノ執行人だッ‼︎勝呂警部ノ意思ヲ継グ者だッ‼︎犯罪者呼ばわりスルなッ‼︎」

勝呂警部の意志を継ぐ、一善は今そう言った。しかし、勝呂警部は実際、一善に何も託してはいない。それに、彼がこんな事を望むなど到底思えない。冷静に考えればわかる事。しかし、それすら考えられない程、一善は狂ってしまったのだ。

「しゅ…う……」

角野が弱々しく桜田の名を呼ぶ。しかし、腹を貫かれた角野は何もする事ができない。このまま、最愛の人が目の前で無惨に殺されるのを眺めながら、自分も死ぬ。それしか道はなかった。

「死ねッ‼︎死ネッ‼︎オ前は悪だッ‼︎俺に倒サレル者は全テ悪ナんだッ‼︎」

桜田の意識が遠のく。次の一撃できっと、桜田は死ぬ。しかし、どうする事もできない。

「(ごめん…みんな……ごめん…春……)」

桜田は死を覚悟した。すると次の瞬間、一善に向かって大砲の球が飛んできた。

「ガフッ…‼︎」

一善はその大砲の球に飛ばされ、海に落とされた。いや、大砲の球じゃない。アレはPSI弾。そう。出口が『殺輪眼機関銃ピストルアイ』で桜田を助けたのだ。

「やめてクレよ…秋…」

出口は全身に剣を刺された状態で立ち上がっていた。

「1位は…お前……だカラ……俺…を……!」

次の瞬間、出口は痛みを堪え、こう叫んだ。

「お前がトップで死ナせテクレよッ!!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

おいでよ!死にゲーの森~異世界転生したら地獄のような死にゲーファンタジー世界だったが俺のステータスとスキルだけがスローライフゲーム仕様

あけちともあき
ファンタジー
上澄タマルは過労死した。 死に際にスローライフを夢見た彼が目覚めた時、そこはファンタジー世界だった。 「異世界転生……!? 俺のスローライフの夢が叶うのか!」 だが、その世界はダークファンタジーばりばり。 人々が争い、魔が跳梁跋扈し、天はかき曇り地は荒れ果て、死と滅びがすぐ隣りにあるような地獄だった。 こんな世界でタマルが手にしたスキルは、スローライフ。 あらゆる環境でスローライフを敢行するためのスキルである。 ダンジョンを採掘して素材を得、毒沼を干拓して畑にし、モンスターを捕獲して飼いならす。 死にゲー世界よ、これがほんわかスローライフの力だ! タマルを異世界に呼び込んだ謎の神ヌキチータ。 様々な道具を売ってくれ、何でも買い取ってくれる怪しい双子の魔人が経営する店。 世界の異形をコレクションし、タマルのゲットしたモンスターやアイテムたちを寄付できる博物館。 地獄のような世界をスローライフで侵食しながら、タマルのドキドキワクワクの日常が始まる。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...