障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第137障『さらなる絶望へ』

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【4月2日、19:15、リズの家前にて…】

「それでいい…ガイ、お前は…雷世にはなるな…」

ガイの足を止めたものは、名策でも合理性でも無い。ただ、父に対する反抗心。雷世になりたくないというガイの意思が、父の願いと一致してしまった。

「どういう意味だ。」

ガイはその理由を聞く他ない。聞いた上で、彼を否定し、さらには雷世を否定する。父と同じ想いで進み続ける事はできないからだ。

「アンタ言ったよな。俺の成長の為なら何も惜しむ事はないって。アンタは俺を雷世にしたかったんだろ。」
「俺は…お前を雷世にしたくなかった…」

そして、障坂巌は信じられない事を口に出した。

「お前だけは…救いたかった…」

唖然とするガイ。とても信じられなかったのだ。あの障坂家当主がこんな事を言うなんて、天地がひっくり返っても有り得ないからだ。

「障坂の因縁は…俺で終わりにするつもりだった……あの日…雷世を克服した時に…」

障坂巌は弱々しく言葉を発する。会合で言っていた寿命による影響であろう。もうすぐ彼は死ぬ。そんな巌に代わり、石川が説明を続けた。

「この男は『雷世ライセ』を制御するタレントを発現させた。いや、手に入れたというべきか。ガイ、この男がお前の成長を望んでいたのは、そのタレントを受け継がせる器にする為。」

ガイの成長を望む理由はわかった。全てはガイを雷世から救う為。障坂の因縁から逃す為。しかし、やはりガイには信じられなかった。

「嘘だッ…‼︎コイツはクズなんだッ‼︎俺たち家族の事を何とも思ってないッ‼︎母さんが死んだ時だってコイツは…」

石川はガイの発言を遮り、こう呟いた。

「『完璧エルメア』。見たもの全ての本質を理解し、合理性を求め、自らをも支配する支配型のタレント。簡単に言うと、タレントを含め、見たもの全てを記憶・理解・模倣できる能力だ。デメリットは短命と自我の損失。」

石川は地面に転がる障坂巌を見て言った。

「この男はそのデメリットを利用し、『雷世ライセ』による支配を逃れた。しかし、同時にそれは本来の障坂巌を殺す事になる。」

合理性を求め、自らをも支配する支配型のタレント。今の話で、石川の言っていたこの言葉の意味が理解できる。そう。障坂巌は『完璧エルメア』に支配されていたのだ。

「『完璧エルメア』を手に入れてから、おそらくこの男は障坂の因縁を断つ事しか考えていない。その結果、本来の目的だったであろう『ガイの幸福』すらも犠牲にしてな。」

障坂巌は『ガイの幸福』を望んでいた。しかし、自身が『雷世ライセ』になってしまっては、きっとガイは次の雷世になる為だけに利用される。それを阻止すべく『完璧エルメア』を手に入れた。
そして、別の悲劇が生まれてしまった。感情を失い、合理的にしか行動できなくなった彼は、あろう事か最愛の妻と息子に対して、非道とも取れる扱いをした。全ては障坂の因縁を断ち切る為に。その果ての目的である『ガイの幸福』など忘れて。

「バカな男だ。『完璧エルメア』を継げば、その結果ガイが自分と同じ結末になる事ぐらい、少し考えればわかったはずだ。まぁ、感情論で語れないところが『雷世ライセ』とは別の厄介さ、か。仕方なかったというワケだな。」

ガイはこの時初めて知った。父が自分の為に戦っていた事。家族に対して冷酷であった理由も、タレントによるもの。全て、仕方がなかった。

「何が…仕方ないだ…‼︎」

ガイは地面に転がる父親に近づき、言い放った。

「タレントのせいにするなッ‼︎お前が俺達にした事は事実だッ‼︎母さんを…‼︎お前は母さんにどれだけ酷い事をしたと思ってんだッ‼︎」
「すまない……‼︎」

巌は弱々しくそう呟いた。おそらく、死期が近い事でPSIが減少し、もはやタレントを使用できる状態ではなかった。つまり『完璧エルメア』の支配下では無いのだ。コレが純粋な、本来の障坂巌。ガイの父親の言葉だ。

「本当に…すまなかったッ……‼︎」

涙を流す巌。本来の自分に戻り、今まで自分がしてきた事を悔いているのだ。そんな父にガイは蹴りを入れようとした。

「被害者面してんじゃねえッ‼︎このクズッ‼︎」

しかし、ガイは『リアムの無限戒アクトバン』により、攻撃は禁じられていた為、蹴りは直前で静止した。しかし、ガイの罵倒は止まらなかった。

「悪いって思ってんなら死ね‼︎喋ってないでさっさと死にやがれッ‼︎目障りなんだよ‼︎クソがッ‼︎」
「すまない……」

ガイは雪を蹴った。雪は巌の顔にかかる。しかし、その雪すら退かす事が出来ないほど、巌は衰弱している。

「うるさい‼︎早く死ねって言ってんだろッ‼︎全部お前のせいだッ‼︎お前のせいで俺は死んだんだッ‼︎何が俺の為だ‼︎ふざけんなッ‼︎」
「すまない……」
「ッ…‼︎」

瞬間、ガイは骨刀を取り出す。それを見た石川は慌てて二人の間に入った。

「邪魔だ…‼︎お前も殺すぞッ…‼︎」
「まだ殺すな。この男を殺していいのは、お前がコイツの『雷世ライセ』を保存した後だ。」
「言っただろ…‼︎雷世にはならない…‼︎」

緊迫した状況下。さすがの石川にも焦りが見える。

「魔王復活と再封印、それが出来るのは雷世だけだ!人類を救うのは雷世にしか出来ない!死んだ仲間を生き返らせても、雷世の居ない世界じゃ地獄だぞ!そんな世界に死者を生存させたいと思うのか!それに…」

その時、巌が声を振り絞った。

「騙され…る…な……ガイ…ッ‼︎」

衰弱し切った体に鞭打つように、声を張り上げた巌。二人は彼の方を向いた。

「魔王に…そんな力は無い……死んだ者は…生き返らない…ッ‼︎」
「は…?」

その発言を聞いたガイは一瞬、頭の中が真っ白になった。当然だ。この旅の目的の一つは、死んだ仲間達の復活でもあったのだから。

「な、なに…適当な事言ってんじゃ…」

動揺するガイに巌は話を続けた。

「この世界は魔王が作った…生物以外は……雷世に聞いた…はず…だ……この世界は…人類救世の…避難所だと……」
「ッ……」

この時、ガイは父の言葉を理解した。この世界は魔王が作った世界。その背景にあるものは、元の世界の崩壊が原因。つまり、魔王は人類に次なる居住区を提供しただけ。人を含め、生物の創造は魔王リアムの能力の範疇外だったのだ。

「で、でも!まだ出来ないって決まったわけじゃないだろ!」
「……」

巌は何も言わない。その意味をガイは察した。

「そんな……」

ガイは絶望した。今までやってきた事が全て無駄に思えたのだ。ガイは地面に膝をつく。

「じゃあ俺は…一体何の為にこんな……」

絶望したガイに巌は言った。

「お前にもう…魔王を復活させる…メリットは無い……好きに…生きるんだ……」

そんな巌に対し、石川はガイにこう言った。

「投げ出すのか?今までやってきた事、全て。」

石川はガイを煽った。石川にとっては、ガイに諦めてもらっては困るからだ。しかし、今の石川から焦りは無くなっていた。確信していたのだ。ガイは魔王を復活させると。

「勝手な父親だな。お前を危険に巻き込み、成長させ、挙げ句の果てには好きに生きろだと。こんな男の命令を聞くつもりか?」

普段のガイなら反論するところ。しかし、覇気の無い今のガイに、そんな言葉は出てこなかった。

「知らない…もう全部知らない…どうにでもなれ……」

ガイは地獄を見てきた。それは、死して尚ガイを戦いへと赴かせる程に。しかし、それら全てが無駄だとわかったガイの絶望は大き過ぎた。

「俺はもういい……この体は佐藤武夫に返す…」

もはや陽道への復讐心すらも無くなっている。

「いいや、まだダメだ。」

石川は跪くガイにこう言った。

「お前、何か忘れてないか?」
「何が……」
「お前の旅の目的は何だ?」
「俺の……」

ガイは旅の目的を思い出す。死んだ仲間の復活。そして、白鳥組への復讐。そして。

「ッ……‼︎」

ガイは思い出した。人で無くなってしまった彼女の事を。
「そうだ。そうだよ、ガイ。有野京香を元に戻すんだろ。魔物に変えられた彼女を。」
「石川……」

ガイは石川の顔を見上げる。石川はいつもの調子で話を続けていた。

「魔物はリアムが作ったこの世界特有の生物。人間の反乱を抑える為のこの世界の抗体だ。つまり、有野の還元は魔王の能力範疇内。出来るはずだ。」

ガイは立ち上がり、無気力ながらも殺意の籠った瞳で石川を見ている。

「お前まさか…こうなる事を見越して…あの時、俺じゃなくて有野の方を連れ去ったのか…?」
「あぁ。」

石川は、ガイを雷世にする為に有野を利用したのだ。そして、彼はそんな非道な回答を平然と答えた。

「お前………殺すぞ………?」

ガイの目は血走っていた。しかし、石川は全く動揺していない。それどころか、石川はため息を吐き、こう言った。

「その言葉、お前たち障坂に何万回言われた事か…」

ガイは骨刀を振り上げた。

「殺されるのも…もう慣れた…」

ガイは石川の首を切断した。

「もう…疲れた……」

石川いしかわ寛人ひろと。13歳。肉体的に死亡。
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