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4章 「魔物の王」

163話 「新しい仲間と」

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 しん、と静まり返る小屋の中。メルトの発言にユリアは慌てふためいてメルトに駆け寄る。

「メ、メルトちゃん……話聞いてた? 使うと危ないっていう感じだったはずなんだけど~」

「私なら、上手く扱えると思います。ちょっと練習は必要になるかと思いますけど……」

「本当に~? ユリアちゃんはやめておいた方が良いと思うけどな~」

 食い下がるユリア。彼女もこの杖の被害を目にしてきたからこそメルトに使わせたくないのだろうが、それでもメルトは意見を変えなかった。

「大丈夫です。きっと使いこなしてみせます」

「メルト、お前は……」

「なに? 文句はないわよね」

 メルトを引き留めようと口を開いたファルベを言葉を発する前に牽制する。メルトに負い目があるファルベはたったその一言で口を噤むしかなくなった。

「ルナも危ないなら推奨したくないですけど……そこはメルトさんを信じてます!」

「ルナちゃん、ありがとね。とっても嬉しい」

 澄んだ目で信じると言われれば、それ以上の反論はできない。ユリアも自分の先生と慕うルナが認めたことで否定する気も失せたようだ。

「先生がそう言うならユリアちゃんも信じますよ~! メルトちゃんならできるできる~」

「急に適当になったな」

 いつものテンションで適当な発言を繰り出すユリア。さっきまでの真面目な雰囲気はどこに行ってしまったのか。

「で、メルトはなんでそんなに魔道具に興味持ち始めたんだ? どういう心境の変化なんだよ」

「ファルベとルナちゃんはこれから魔界遠征に行くでしょ? それについていきたいと思って」

「――魔界、遠征……っ!」

 その単語にユリアが目を見開いて歯噛みする。メルトが魔界遠征に参加するということと、ユリアがなにやら魔界遠征に憎しみらしい感情が生まれたのとで情報量の板挟みを食らったファルベは脳内を整理しつつ、

「とりあえず、メルトが魔界遠征に参加するのは俺は反対だ。危なすぎるし、俺はお前にも死んでほしくないから」

「そうやって気を使われるのが嫌なの。私はいつまでも守られる側でいたくない」

 メルトの意志は固いようで、ファルベに怯みもせず言葉を返す。

「分かった。すぐ認める気はないけど、一旦置いておこう」

 恐らく、このままメルトに危ないなどと説得しても平行線だ。そう思ってメルトの言い分を受け入れる。
 そして、なにやら感傷に浸っているユリアの方に目を向ける。

「それで、お前もお前でどうしたんだ? 魔界遠征って単語にやたら反応してたけど」

 明らかにユリアの態度はおかしかった。「魔界遠征」と聞いたと途端に目の色が変わったし、のんびりとした口調が崩れ始めた。

「この国がかつて魔界へ侵攻する作戦を立ててたってことは知ってますか?」

「ああ、ラルフから聞いたよ」

 魔物を生み出しているらしい土地へ踏み込み、滅ぼす予定だった第一回目の魔界遠征。その時は主力である上級冒険者を失って作戦は失敗に終わったらしいが。ユリアが言いたいのはその時のことだろう。

「当時、ユリアちゃんの先生も参加してたんです。先生は本当に強くてカッコよくて……絶対に負けるはずないと思ってたんですけど、結果は知っての通りです」

「もしかして、お前の言ってる先生ってのは上級冒険者だったのか?」

「ですね~先生はその中でも第一席でした」

 上級冒険者の第一席。十年前の冒険者たちの中で一番強いとされている人間が、ユリアの先生もしていたようだ。

「部隊が全滅したって話を聞いて、先生も帰ってこなくて。っていう状況だったので魔界遠征に良い印象がないんですよね~」

「なるほどな。お前が魔界遠征に異常な反応を見せてたのはそういうことだったんだな」

「まあ今は先生が目の前にいるのでどうでも良いんですけどね~! 先生大好きです~!」

 珍しくシリアスな雰囲気を醸し出していたユリアは元のテンションに戻るとルナに抱き着く。いい加減ルナもユリアの情緒の激しさに慣れてきたのか、抱き着かれても大きな反応を示さない。

「本当にルナが先生かってのは怪しいところだけどな。見た目も性格も違うんだろ?」

「違いますけど……なんか先生な気がするんです~」

「そう思いたいだけじゃねえの」

「うーん、なんですかね~なんか魂? みたいな本質のようなものが似てる感じがするんですよね」

「なに言ってるのかよく分かんねえな」

 あまりにも曖昧な表現が多くて理解しづらい。だけど、ユリアには確信のようなものを得ているのは確かだ。でなければ初対面の相手を先生だと言ってべたべたと接しないだろう。

「先生の師匠さんには分からなくても結構です! ユリアちゃんは先生を先生と信じて疑わないという事実があるだけでいいんです~!」

 なんかもうこのハイテンションに付き合うのも疲れてきた。

「もうそれでいいよ。ていうか、その呼び方はなんだ」

「先生の師匠ですか? 他の呼び方が分からなかったので~。なんかありますかね」

「知らねえよ。普通に名前で呼べばいいんじゃねえの?」

「いやほら、名前聞いてないじゃないですか~」

 そういえば名乗っていなかった。最近はやたら名乗る機会があるなと思いつつ、口を開く。

「俺の名前は……」

「ファルベさんですよね~。メルトちゃんが呼んでたので知ってますよ~」

「……すぞ」

 危なかった。危うく直接的な言葉を投げかけるところだった。知ってるなら聞く必要なかっただろ。と文句を言いたい気持ちを抑える。

「さっきは先生の師匠がどうとか言って慌ててたのに、からかってくるとかお前の情緒はどうなってるんだよ」

「よく考えればユリアちゃんがお慕いしてるのは先生一人だけですし~! 別に先生の師匠を持ち上げる必要もないかなって~」

「……そうか」

 もはや付き合う体力をなくなってきたのでとりあえずそういうものだと納得しておく。

「で、ファルベさんと先生は魔界遠征に行くんですか~? っていうか、魔界遠征するんですか!?」

「驚くの遅せえよ!?」

 今更大口を開けて驚くユリア。遅すぎる反応に逆にファルベの方がビックリする。

「ならばユリアちゃんもその力になりましょう! 前回はユリアちゃんは参加しませんでしたからね~そのせいで先生をお助けできなかったていう悔しさもあるので、先生が魔界遠征に参加するならユリアちゃんも頑張りますよ~!」

「それはいいけど、お前戦えるのか?」

「今はほぼ活動してないですけど~元々中級冒険者になるぐらいには強い子ですよ~! 先生にも認められてましたから! どやあ」

「いやだからどやあでは……今回はどや顔しても良いかもしれない」

 中級になれるってだけで実力は確かだ。それに、魔道具を作ってその場に対応した戦い方をできるという点では優秀なサポート役にもなれるし、便利かもしれない。

「……実は魔界遠征を知らなくても先生の後をついていく予定だったのでどちらにせよ付きまといますけどね~」

「とんでもない事実が聞こえたな」

 まさかストーカーが爆誕する可能性があったとは。知りたくなかったような、知っておいた方が良かったような真実をスルーしながらファルベはユリアを見つめる。

「こんだけ魔道具を作れる奴が一緒に戦ってくれるなら心強いよ。ありがとな」

「ユリアちゃんが助けるのは先生だけですけどね~」

「そこは嘘でもみんなのためにって言ってほしかったけどな」

 良くも悪くも嘘がつけない性格なのだろう。とはいえ、自分の信念があるのは好ましい部分でもある。

「そうと決まれば魔界遠征が始まる前に先生の住んでる場所に行ってみたいです~!」

「お前が離れたらこの家はどうするんだよ」

 家と言うには狭すぎる場所だが、家は家だ。空き巣に遭う不安もある。そんなファルベとは正反対にユリアは、

「へ? どうもしませんよ~? 特に盗むものなんてないですし~。欲しいなら勝手にとっていっても良いですし~」

「愛着とかはないんだな」

「先生以外にはないですね~というか、愛着があっても先生がいる時点で優先順位は決まっちゃってるので~!」

 ルナのためなら数々の魔道具を棄てる覚悟があるとは、ファルベの予想を完全に超えていた。

「ルナに対する執着がすげえな。もはや尊敬できるよ」

「やった~!」

 素直なことは良い事だと思う。皮肉でもなんでもなく。ファルベの言葉にはねて喜ぶユリアを見て、そう思った。

「速く行きましょう~! 先生が今どんなところに住んでるのか、私気になります!」

「そういえばルナたちってお部屋片付けてましたっけ?」

「覚えてねえけど、そもそも汚してんのか?」

 他愛のない会話をしながら家を出る。盛り上がる三人の後を神妙な面持ちでついていくメルトが、思いついたように声を上げる。

「……ファルベ」

「ん、どうした?」

「ファルベが私を連れて行きたくない理由って、私に力がないからでしょ?」

「……そう、だな」

「なら、私が魔界遠征に行けるくらいの実力を示せば、ファルベも文句ないでしょ」

 メルトはこちらに人差し指を突きつけて、宣言する。

「期限は魔界遠征が始まるまで。それまでに魔道具を使いこなしてあんたたちに守られなくても戦えるってことを示すわ」

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