華と光と恋心

かじゅ

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第3話 嵐の転校生と嵐の夜に

傷付けないよ

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 玄関に入ってすぐに、濡れたジャケットを脱いだのは桃也。
事務所から車で帰る途中、停電が発生し信号機が止まってしまった場所があり、帰宅が大幅に遅くなった挙げ句、更に勢いを増した雨のせいでガレージから玄関に来るまでに濡れてしまった。
「くそぅ…。」
まだ停電してるし…。
とりあえず玄関脇のシューズクローゼットに置いてある懐中電灯を取り、その明かりでとりあえずリビングへ…。
誰もいないのか?
一旦玄関に戻り靴をチェック。
いつも桔梗が学校に履いて行ってる靴はあるが毅流の靴はない、ダンススクール直行したか?
「あ…。」
海斗の普段履きの靴もあるな。
まずは桔梗の部屋に向かい、ドアをノックする。
返事はない。
念のためもう1度ノックするが、やはり返事はない。
ゆっくりドアを開いて
「桔梗?」
声を掛けながら室内を照らす。
が、姿がない。
「まさか…っ!」
素早く動いて海斗の部屋をノックして、返事を待たずドアを開けた。
「おい海斗っ。」
「しぃっ、静かにしてよ兄貴。」
アロマキャンドルの淡い光の中、桔梗は海斗に抱きしめられたまま眠っていた。
ドクンッ!
桃也の心臓が大きく跳ねた。
「お前…何やってんだよ…!」
「桔梗がねぇ、泣いたんだ。」
「何っ?!」
「雷が怖くて泣いたんだよ。」
「雷っ?」
「だから一緒にいてぇ、あやしてたら寝ちゃったんだ。」
「あ、あぁ、そうか…。」
「ちょっと兄貴ぃ、まさかボクが桔梗に手ぇ出したとか思ったわけぇ?」
「だってよ…。」
「しないよ、桔梗にはしない、今まではどうあれ俺は絶対桔梗だけは傷付けたりしない。」
「お前…。」
「とりあえず桔梗は兄貴に渡すよぉ、流石のボクもずっとこの体勢だったからちょっとねぇ。」
「わ、分かった…。」
桃也は懐中電灯を海斗に手渡すと桔梗を抱き上げる。
「んぅ…。」
少し唸ったものの、桃也の胸に顔を埋めすやすや寝息を立てたまま。
海斗は立ち上がりぐぅっ、と伸びをするとアロマキャンドルを消してゆく。
「リビングでも行こうかぁ、そのうち復旧するかもだし~。」









 結局…。
電気が復旧したのは20時を回った頃。
桔梗は電気復旧後に目を覚まし、そこからみんなで焼き肉の用意をした。
黒岸夫妻は停電のせいで仕事がストップしてしまい、今夜は徹夜だ!と嘆きの連絡が入った。
桃也はお風呂上がり、真っ直ぐ部屋に戻る。
ソファに座り、肩にかけたバスタオルで濡れた髪をわっしわし拭きながら
「はぁっ!」
大きく溜め息。
さっきの俺はどうしたってんだ?
桔梗が海斗とベッタリだったの見ただけで、何であんなに動揺した?
もしかしたら海斗が桔梗にまで手を出したって思ったのは事実だ。
だけどそれにしたって…。
何をそんなに動揺したってんだ。
駄目だ…考えても分からん。
「とりあえず今は…。」
近くに置いてある鞄から台本を取り出す。
社長的にはこれを手渡してきた時点でオファー受けたも当然だろうし…。
「はぁっ!」
今度は違う意味で溜め息。
俳優業はやり甲斐のある仕事だし、レベルアップしていきたいと思ってる。
思ってはいるが…!
いきなり副主人公って何だよ!

「嘆いたって仕方がないだろう、それにいつか、が今に変わっただけの話だろう?」

社長…簡単に言ってくれる。
まぁ悩んでも始まらねぇ。
桃也は観念して台本を開いた。
と、そこへノックの音。
「はいよ。」
答えるとすぐにドアが開き、桔梗が特製ジュースを持った桔梗が現れた。
「もぉにぃたん、これどう?」
「お、サンキュ。」
ジュースをテーブルに置きながら桃也の手元を見ると、
「それ、台本?」
「ん?ああ、今日渡されたんだよ。」
桃也の答えを聞きながら自然と隣に座る。
「見たらマズイやつ?」
「いやまぁ、お前なら誰にも言わなさそうだしな、いいぞ。」
「ありがとう。」
桃也が台本が開くと、桔梗は寄り添うように覗き込んできた。
「もぉにぃたんどんな役?」
「一応副主人公。」
「おぉ!凄い!」
CMから考えたら大幅レベルアップ。
「ちなみに主演は佐伯由貴仁。」
「シャインレッド!」
「詳しいな。」
と言いながら桔梗を見ると、小さな子供のようなキランキランな目をしてこっちを見てた。
「もしかして好きなのか?」
「大好きだ!」
愚問だったな。
桔梗が言ったシャインレッドとは、由貴仁が演じた子供向け特撮ヒーロードラマの役名。
由貴仁はこの作品で注目され、大出世したのだ。
「由貴仁とは事務所は違うけどデビューがほぼ一緒なんだよ、あいつも最初はモデルの仕事も少しだけしてたから、現場でちょこちょこ会ってるうちに妙に馬が合って仲良くなったんだ、同じ業界の数少ない友人だ。」
「もぉにぃたん、シャインレッドと友達…!」
「うんまぁ、由貴仁な。」
「どっちにしても凄い!」
「お、おぅ、ありがとな。」
まさかこいつがヒーロー好きだったとは…。
しかも筋金入りだなこりゃ。
思いながらジュースを飲む。
「俺からしたらお前のが凄いよ。」
「何故に?」
「このジュース、今の俺にピッタリの味だ、毎回思うんだけどよくそんときの俺が欲しい味分かるよな。」
桔梗はフフフと笑う。
「そりゃもぉにぃたんを見てるからさ。」
何て単純な言葉にドキッとしてしまう。
何だ?今の…っ。
「何かもぉにぃたん、ご飯のときもそうだったけど溜め息ついてたし何か思い込んだ感じだったから、そんなもぉにぃたんに合わせて作らせて頂きました。」
「あ、そ、そうか、ありがとう。」
「他のみんなにもそんな感じで作ってるんだ、で…。」
「な、何だ?」
「これどんな話?」
「あっ、ああ~実はまだ俺も詳しく聞いてねぇから一緒に見ようぜ。」
「うん。」
もぉにぃたんがあの由貴仁と共演とは…!
豪華だな!
2人でのんびり台本を読みながら、あーだこーだお喋りしていると、テーブルに置きっぱなしのスマホが鳴った。
「電話?」
「いや違う。」
誰からだ?
スマホを見ると由貴仁からメッセ。
-朗報だったろ?-
「由貴仁からだ…。」
「何と!」
「桔梗、どうやら俺は間違いなくこの役を演じることになったらしい。」
「そうなの?」
「ああ、由貴仁から来たメッセの内容によると、社長は間違いなく俺がオファーを受けたと連絡したようだ。」
ギブアンドテイクだから受けることになるとは思っていたが…。
「覚悟決めるか…。」
「もぉにぃたん頑張ろう、フォローする、お弁当もたくさん作るよ。」
「ありがとな、お前のおかげで頑張れそうだ。」
「じゃあ一緒に頑張ろう。」
「おぅ。」
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