華と光と恋心

かじゅ

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第4話 好きなヒト

オーディション

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 和誠から新メンバー候補の情報を受けた翌日、輝は早速オーナーと直接連絡を取り、それから数日後の今日、夕方。
海斗たちの姿は馴染みのライブハウスにあった。
「よぅ、わざわざ悪かったな。」
いかちぃ髭の似合う長身の男性。
この人がこのライブハウスのオーナー。
ちなみに名前も年齢も、何もかもが謎に包まれており、みんなからはオーナーと呼ばれている。
あらゆる業界に顔が広いというのは周知の事実だが、それ以外は謎。
「いえこちらこそ、俺たちの生でプレイを見てみたいって我が儘聞いてもらえて助かりました、なのでこれはお礼です。」
輝が手渡してきた紙袋は某有名和菓子店の物。
ちなみにオーナーは和菓子好きというのは、輝のリサーチにより分かったもの。
「相変わらず侮れないねお前は。」
「お褒めに預り光栄です。」
この年でこの行き届いた振る舞い、末恐ろしい奴だな。
「それでぇ、あの子はもう来てるのかなぁ?」
「待ってろ。」
オーナーが奥に引っ込んですぐ、先日見た画像の女性がスティックとタオルを持って現れた。
「よ、よろしくお願いします。」
緊張しているようで、か細い声で言うとオドオドと頭を下げた。
着古したTシャツにパンツスタイル。スニーカーも普段から履き慣れたような、年季の入った物。
う~ん、桔梗と近い匂いがする。
スティックもだいぶ使い古した感じ、手入れはされてるから道具を大事に使うタイプかな?
「緊張しているトコ悪いけど、とりあえず好きなように叩いてみてもらえるかな?」
輝が言うと、
「分かりました、お願いします。」
ドラムセットに座った瞬間、さっきまでオドオドしていた女性と同一人物とは思えない程、気迫がかんじられ、一気に空気が変わった。
「すげぇな、ドラムバカってのはホントかも。」
祐翔が和誠の耳元で言うと、和誠はニヤリと笑う。
「楽しませてくれそう。」

少し乱れた呼吸を落ち着かせるように深呼吸をしてから、あらかじめ置いておいたミネラルウォーターで喉を潤す。
大丈夫だったろうか…。
不安な気持ちを抑えつつ汗を拭く。
彼女の名前は浪川若葉なみかわわかば
年の離れた兄の影響でドラムに興味を持ち、メキメキと実力を伸ばしていった。
とは言えバンド仲間には恵まれず、最初に入ったバンドではメンバーに手を出されそうになり、ガールズバンドに入ってみれば、メンバーの意識が低過ぎて上手く行かず…。
その後色々なバンドのオーディションを受けるも、酷い場合は
女はいらない。
と、女性である、という理由でプレイすら見てもらえなかった。
そんな中、知り合いのつてでオーナーと知り合い、
このバンドは女だから、何てくだらねぇ理由で突っぱねたりしねぇから、受けてみろよ。
と言われ、今日に至るのだが…。
そのバンドがインディーズ界でも他の追従を許さない実力派。
いくら自分の腕にプライドを持っている若葉でも、緊張しないわけがない。
自分の演奏が終わってすぐ、メンバーは輪になって何か相談しているようだったが、持ち込んだ楽器を手にステージに上がってきた。
「え…!」
どういうことだ?
半ばパニックに陥っていると、
「若葉。」
落ち着いた声で呼ばれる。
「は、はいっ。」
「課題曲、オーナーから渡されたよね?」
「はいっ。」
実は数日前、オーナーからの連絡で、海斗たちのバンドの曲でも1番人気の曲を練習しておくように伝えられた。
とは言え若葉は元々海斗たちのファンで、よく練習でこのバンドの曲を叩いていたので、一応通しで演奏は出来るのだが…。
まさか本人たちと演奏する何て思ってもみなかったし、上手く出来るか自信がない。
「充分な時間をあげられなかったから、ミスは当然だと思うけど、例えミスしても止まらないで、俺が引っ張るから。」
和誠の言葉で、少しだけ無駄な力が抜けていく。
「はい、ありがとうございます、精一杯やります!」
「うん、楽しみ。」
ニッコリ笑う和誠を見て思わずホッとする。
受かる受からないは別として、悔いのないように叩いてみせる!








 ミミは社長室に入るなり
「どういうことですかっ!」
社長を怒鳴りつけた。
ここはミミが所属する事務所の社長室。
この事務所は設立して間もなく10年と、業界ではまだまだ小規模。
とは言え元々業界人だったこの女社長がなかなかやり手ではあるため、モデル、歌手、俳優など幅広く展開している。
「少し落ち着きなさい、話はそれからよ。」
溜め息混じりに言われ、ミミはふてくされながらボスン!とソファに座り、社長が向かい側に座ると秘書がコーヒーを出した。
「桃也との仕事全キャンてどういうことですかっ?」
多少落ち着いたのか、語尾は強いものの怒鳴らなくなった。
「例の物を…。」
「こちらです。」
秘書が社長に手渡したのはA4サイズの封筒。
「どういうことかはこっちが聞きたいわね。」
言いながら封筒から1枚の紙をテーブルの上に出す。
そこにプリントされていたのは、あの日海斗が画像に収めていた桃也のスマホ画面。
「これ、貴女が勝手に黒岸桃也のスマホにダウンロードしたらしいわね。」
「そっ、そんなの知りません。」
桃也はスマホに無頓着だから絶対バレないと思ったのに!
「向こうの事務所の社長が直々に持ってきたのよ、数々の証拠と一緒にね…。」
「え…っ!」
嘘よ!証拠何てあるハズない!
みんな作業に夢中で見てなかったもの!
「そんな証拠捏造ですよ絶対!」
「瀬奈社長は業界でも一目置かれるやり手よ、貴女の杜撰な手口じゃ簡単に証拠集められるわよ。」
と言って、封筒から誓約書を出してミミの前に置く。
「何ですかこれ。」
「今回の件、貴女を共演NGにして金輪際、黒岸桃也に近付かなければ被害届は出さないと言われたわ、これは近付かないという誓約書、読んでサインしなさい、後日あたしから瀬奈社長に渡すから。」
「ちょっと待って下さいっ。」
せっかくあのハイスペ男と付き合えるかもしれないのに!
「ハッキリ言わないと分からないのかしら?今回貴女がやったことはれっきとした犯罪よ!」
いつもは穏やかな社長が声を荒らげたため、流石にミミも体を強張らせる。
「今後貴女が黒岸桃也に近付かなければなかったことにしてやるって言ってるの!分かるっ?言うことが聞けないならあたしにも考えがあるわ、他の子たちとこの事務所を守るために貴女との契約は終了、他事務所に行くなり何なりしなさい、ただね…貴女が思う程甘くはないわよ、瀬奈社長に潰される覚悟はしなさい。」
そこまで言って大きく溜め息をつき、頭を抱える社長を前に、ミミもやっと自分の立場が相当追い込まれていると理解した。
何度か桃也と仕事をする中で、どうにかこのハイスペ男と付き合えないかと模索した。
スマホに無頓着なことに気付き、どうにかGPSアプリを仕込んで偶然を装って会っていれば、もしかしたらと思っていた。
その結果がこれだ。
ミミだって小物とは言え芸能人の端くれ。
桃也が所属する事務所の話は聞いていた。
絶対に敵に回してはいけない事務所。
それに睨まれたのだ。
これ以上桃也に近付いてこの事務所をクビになったら、恐らくもうモデルは無理だろう。
「すみませんでした、サインします…。」
「そうしてちょうだい、本音を言えば貴女を失いたくないもの、だから二度とこんな馬鹿な真似しないでちょうだい。」
「はい…。」







 セッションが終わり、輝がスマホで録った動画でチェック。
「あ、あぁ…。」
動画が終わったところで若葉は膝から崩れ落ちた。
「おい何だよどうしたっ?」
「酷い…何て酷いプレイ…。」
穴があったら入りたい…っ。
いや、むしろ埋めてくれ!
深い自己嫌悪に陥っている若葉に寄り添うようにしゃがみこみ、
「初めてはこんなもの。」
和誠が言った。
「俺が言ったことちゃんと守れた、絶対に止まらなかったし、ちゃんと付いて来た、そこを誇って。」
と頭を撫でてやる。
「あ、ありがとうございます。」
「これから頑張ろう。」
「へっ!」
これからっ?
ガバッと顔を上げると、メンバーがニコニコしながらこっちを見ていた。
「まぁまだ荒削りだし課題はあるけどぉ、それを上回る伸びしろを感じるしぃ。」
「カズとの相性も良さそうだし決まりだな。」
「じゃ、じゃあ…!」
和誠は立ち上がると若葉に手を差し伸べ、若葉もその手を掴んで立ち上がる。
「若葉ちゃん歓迎するよぉ、ようこそ我がバンド-blue-へ~。」

謎多きオーナーが経営するこのライブハウスは、メジャーデビューを狙うバンドマンからメジャーへの登竜門と言われている。
と言うのも、目が肥えたオーナー自らがオーディションをして、その実力が認められなければステージに立てないし、ステージに立てたとしても実力が伸びなければ登録は抹消となる。
そんな厳しい条件の中でも、他の追従を許さず人気、実力共にトップを走り続けているのが、海斗率いるバンド-blue-である。

「じゃあ今日は若葉ちゃんが加入ってことで歓迎会でもすっか!」
「あ、あの…出来ればちゃん付けは止めて頂けると…柄じゃないんで。」
「じゃあ若葉って呼ぶから敬語なしで。」
和誠の提案に若葉が
「そ、それは…っ。」
と悩んでいると、海斗のスマホが鳴った。
「ごめん桔梗からだ。」
少し離れた場所で海斗が電話している中、
「何処で歓迎会すっか?」
「ファミレスじゃ味気ないしな。」
「若葉は飲めるの?」
「うん。」
「じゃあ居酒屋?」
「とりあえずお前たち、今夜のライブの準備したいから外でやれ。」
オーナーのひとことで楽器を片付け、電話中の海斗と共に外に出たところで、
「え!嘘っ!あらまぁ、でもそれじゃあせっかくだしねぇ、言ってみるから、折り返していい?うん、ありがとぉ、じゃあねぇ。」
一旦電話を切ると苦笑する。
「どした?」
輝が聞くと、
「いやねぇ、今朝出際に桔梗に夕飯のこと聞かれたからさぁ、今夜もしかしたら歓迎会になるかもぉって言ったわけ、で、今電話でやっぱり歓迎会になったって言ったらぁ…。」
「真っ直ぐ帰って来てとでも言われたか?」
「それならまだ良かったんだけどぉ…、歓迎会になったって言ったら、じゃあパスタ大量に茹でる、ちなみにデザートは仕込み済み、と言われたんだよね。」
「お前それって…。」
「どうやら家で歓迎会すると思ってたみたいねぇ。」
「桔梗ちゃんのその勘違いって、これが悪いよね。」
「んだよカズ!これ扱いはねぇだろうが!」
「けどこの前泊まりのとき…。」
「確かに…ヒロが桔梗ちゃんに歓迎会やるとしたら、桔梗ちゃんの手料理みたいな素敵な飯が食えるトコがいいよなぁ、て言ってたな。」
「言ってたねぇ。」
輝、海斗がそう言って冷ややかな目で見る。
「わっ、悪かったよ!」
「若葉、何処か行きたい店あるぅ?」
「いや、オシャレな店とかまったく興味なくて…楽器屋なら行きつけあるけど…。」
予想以上のドラムバカ、これは張り合いがあるな。
「じゃあ家でいいかなぁ?何だかもう準備始めてるみたいなんだぁ。」
「ももっ、勿論っ!」
むしろありがたい!
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