死ぬほど愛しているけれど、妻/夫に悟られるわけにはいかないんです

杏 みん

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79.頑張れ通勤ラッシュ!

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 「はぁ……」

 つり革につかまり、高速で移り変わる窓からの景色を眺めながら……史上最悪のやらかしに、ため息を吐く。

 あれはない。明らかにダメなやつ。

 セクハラだしパワハラだし。唯が被害届を出せば一発アウトの犯罪行為。
 
 俺としたことが……小馬鹿にしていたドラマチック・ハプニングを、さらりと受け流す事が出来なかった。
 それどころか、めちゃめちゃドラマっぽい対応をしてしまった。

 『次の停車駅は、○○です。お出口は右側――』

 後ろから押し出されるようにして、下車する。
 大勢の人々が作る流れに乗って、能動的かつ受動的に歩いて……スマートウォッチをかざし、改札を出た所で、ようやく少し、解放されたような安堵を感じて。

 朝の通勤ラッシュ時に電車を使うのは、本当に久しぶりだ。
 車内もホームも改札も、相変わらず、酔いそうな程の混雑ぶり。温室育ちの俺を唯が心配するのも頷けるな。

 「唯……いつも通りにしてくれてたな……」

 俺を送りだしてくれた、唯の笑顔を想い出す。
 
 そりゃそうだ。そうするしかなっただろう。だって俺が何事もなかったように振舞ってるんだから。
 
 「マジで悪い事した……」

 唯が好きで、好きで、好きで。でも、唯の気持ちはあいつに向いている。
 それを知って、切なさマックスの中、あんな体勢になってしまったから……色んなものが、溢れ出てしまった。理性や自制心も、一緒に。

 「やっぱ謝ろう、ちゃんと」

 電話やメッセージ……じゃ軽いよな。顔を顔を合わせて、きちんと頭を下げないと。
 ああでも、今日帰ったら謝りたい事がある、とだけ伝えとくか。そうすれば、唯的にも心の準備が出来るだろうし。

 なんて思って、スマホを手に取ろうとした所で……気付いた。

 「………………え」

 無い。
 スマホが無い。
 というか、鞄が無い。
 そもそも、何も無い。

 「えーーーー!!」

 人目をはばかることもなく、大声を上げてしまった。

 ネットにもSNSにもスマホにも依存していない。
 そう自負していたのに……困った時、スマホがなけりゃ何も出来ない。
 そんな無力感に打ちのめされながら、俺は自宅に向かって駆け出した。
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