死ぬほど愛しているけれど、妻/夫に悟られるわけにはいかないんです

杏 みん

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78.スマホ忘れてるよ!ってスマホに電話しちゃってワタワタ

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 「じゃ、行ってくる」

 「うん、気を付けて……電車の乗り換え、わからなかったら連絡してね」
 
 「子供か」

 「あ、普通の電車は座席指定制じゃないから、誰がどこに座るとか決まってないからね? 空いてる所に座っていいんだからね? 逆に言えば、ちゃんとお金を払っても、立たされる事も多いからね?」

 「あのな、昨日だって自力で帰って来ただろ。それに俺だって外回りの時は普通に電車使ってるし。そもそも、高校時代の途中からは一緒に電車通学してたの、忘れたか?」

 「あ、そか。ごめんね、今日から本当の電車通勤が始まると思ったら……なんか緊張しちゃって」

 「なんで唯が緊張するんだよ、じゃあ行ってきま……あ、こまめに熱測れよ。少しでも体調悪いなと思ったら、すぐ連絡して」

 「うんわかった。ありがとう、仁ちゃん」

 お礼を言って送り出す私に、キラースマイルを残して……仁ちゃんは玄関ドアの向こう側へと旅立った。
 いつも通りの、朝。だけど……

 「どうして……いつも通り?」

 昨日のアレは夢だったのか? そう思えて来る程に、何事もなかったかのような、仁ちゃんの態度。

 「……された、よね?」

 そっと自分の唇に、手を当てる。

 うん、された。
 私の部屋で、お姫様抱っこの練習をしてる時に……まるでドラマのようなハプニングの後に……確かに、仁ちゃんの唇が、私の……。

 「うぉああああああああっ……!」

 たまらず、変な声を出してしまう。
 
 だってだってだって。あまりにも突然で。
 万年片思いの身としては、まさか仁ちゃんがあんな事をしてくるとは想像もしてなくて。
 爆発的に湧き出す感情は『嬉し~!』では無く、『なぜ!?』で……。


 『あ……大丈夫か? 今日の練習はこれ位にしとくか』

 
 その後の、仁ちゃんの言葉。これに対しても『なぜ!?』しかない。
 
 なぜ、あんな事をしたの?
 なぜ、何事もなかったように振舞ってるの?

 「あ、あれかな? 仁ちゃん的にはあれはキスっていう分類じゃないのかな? 倒れた拍子に口元がぶつかっちゃった、的な?」
 
 いやいやいや。
 私達、倒れた後に静止して、ちょっとの間見つめ合ってたもん。不可抗力のせいにするのは不自然なタイムラグ。

 「だったらどうして……っは! まさか……私の能力ちからをあてにして……!?」

 キスをした相手に、勝利、繁栄、栄光をもたらす。
 それが、勝利の女神・ニケの血統種である、私の能力。

 「ううん、無い! それは無い! 仁ちゃんはそのせいで私が大変な思いした事、知ってるし」

 だからこそ、私に能力を使う事を禁止したり、その約束を破るよう私に求めてきた一輝さんに怒ったわけだもんね。
 だとすると……ああ、わからない。一体仁ちゃんが何を考えているのか。
 
 誰もいなくなった玄関で一人、へなへなと座り込んでしまう。

 「考えてもわからないなら……考えなきゃいいんだよね」

 仁ちゃんが何事も無かったように振舞っているのは、何事も無かった事にしたい。そういう可能性が高いわけだし。
 それなら私も昨日の事は忘れて、いつも通り家事に邁進しよう!
 
 と、思って立ち上がろうとした時。足元に何かが倒れてきた。

 「…………え……っ」

 思わず、息を飲む。

 何か、の正体は、鞄。
 仁ちゃんが通勤用に使っている、PCも紙資料もスマホもお財布もお弁当も入った……大事なお仕事鞄。
 が、玄関に置きっぱなしになっている。

 「嘘……身、ひとつで行ったってこと……!?」

 私は全身の血の気が引くのを感じながら……スマホで仁ちゃんに電話をかけまくり。
 『いやだから、スマホ忘れてるんだってば!』と一人ツッコミをしてから、家を飛び出すのだった。
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