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102.咄嗟の嘘は低品質
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「それでは、私は一足先に会場に向かわせて頂きます。蓮さんはお車を停め次第、いらしてください。本当なら私が運転を代わるべき所ですが……お二人の時間を邪魔するのは心苦しいので……。あの、事情を知らず騒ぎ立ててしまい、本当に申し訳ありませんでした!」
打ち上げ会場であるホテルの、地下駐車場に続く車の列。
そこで順番待ちの為に止まっている蓮ちゃんの車から降りて、深々と頭を下げる斎藤さん。
切腹前の武士のような……厳しい顔をなさっていた。
「……唯」
斎藤さんの背中がホテルのロビーに消えて行ったのを確認してから、私の顔を覗き込む、蓮ちゃん。
「ごめんなさい! 勝手に蓮ちゃんまで巻き込んで……本当にごめんなさい!!」
対する私は、全力で頭を下げた。運転席と助手席の間に置かれたペットボトルに、額がぶつかる程、勢いよく。
「いや俺はいいんだけど……よかったのか、あんな嘘ついて。……自分と仁は政略結婚で結ばれた愛の無い夫婦で……俺とは仁公認の元、付き合ってる。だなんて」
自分のついた稚拙な嘘を改めて復唱されると……猛烈な恥ずかしさと申し訳なさが襲ってくる。
そう。私は、そう言って斎藤さんを丸め込んでしまった。
私と仁ちゃんの間に愛は無い。お互いに、外で恋人を作る事も容認し合っている。
だから私と蓮ちゃんがお付き合いをしても、仁ちゃんは傷付かない……と。
「蓮ちゃんとしては全然よくはないよね……。本当にごめんなさい! 私が不倫してるなんて触れ回られたら、仁ちゃんの未来が終わっちゃうと思って、慌てちゃって」
「だから俺はいいって。まぁ……そうでも言わないと、清香の暴走は止められなかった……かも、な。昔から、こうと思い込んだら、まわりの声が聞こえなくなる所があるから」
何かを想い返すように、遠くを見つめる蓮ちゃん。
「斎藤さん……蓮ちゃんの学生時代の後輩さんだって言ってたよね? 私が運動会について相談を……斎藤さんが凜さんの婚約者でって話をした時」
「ああ。正確に言うと直接の先輩後輩じゃないんだ。うちの凜、中学生の頃、弓道部に入ってたんだけど。清香は凜の1つ上の先輩で。俺は大会とか、時々応援に行ってたから、清香とも話すようになって」
弓道袴を着た凛々しい少女の斎藤さん……想像するだけで、ポーっとしてしまう。
「そっか。斎藤さん、綺麗だったんだろうなぁ……」
「うん。でも当時から真っ直ぐ過ぎる子で……不正や怠慢を許せないから、凛なんかしょっちゅう練習をサボって、怒られてたよ」
「あ……っ、蓮ちゃんが昔言ってた、弟の先輩が日曜日に自宅に乗り込んで来たっていう……あれが斎藤さん?」
「ふ……そう。よく覚えてたな。大した子だと思ったよ。部活に来ないからって……飛鳥邸の門を素手で叩き続けて……。ああ、話しはそれたけど。そんな清香だからな。納得してもらうには、大胆な嘘の一つや二つ、やむを得なかったんじゃないか」
美しい斎藤さんの、なんともらしい青春エピソードから一転、現実に引き戻されてしまう。
「うん……でも……仁ちゃんに無断であんな嘘言っちゃったのは、やっぱりまずかったよね……」
もっとうまい回避方法があったかもしれないのに。
つくづく自分のツルツル脳みそが嫌になって、頭を抱えてしまう。
「……ごめんな。既成事実の為だなんて言って……清香に見られるリスクを考えるべきだった。唯も、不自然だからって嫌がってたのに。」
「え!?」
申し訳なさそうに俯く蓮ちゃんにハッとする。だって、どう考えても蓮ちゃんが謝る所じゃないのに。
「私が嫌がったのは、蓮ちゃんに迷惑をかけちゃうのが心配だっただけで……! それに、人だらけの東京で共通の知り合いに遭遇するなんて……誰にも予測できないよ」
「いや。同じ場所を目指して移動してるんだから、低い可能性じゃなかっただろう?」
ああもう、蓮ちゃんらしい。責任感が強いがゆえに、何でも自分のせいだと抱え込んでしまって。
「仁には、俺が責任もって説明するから」
「いいってば。嘘ついちゃったのは私なんだし、仁ちゃんには自分で」
「俺がっ。説明する――っ」
同じ事を二度、言われてしまった。
一度目よりも、かなり強めの語気で。
「う……うん、わかった。じゃあ、お願いします」
私は、大人しく頷いた。
『説明してあげる』という気遣いじゃなく、『説明したい』という強い意志を……蓮ちゃんから、感じたから。
打ち上げ会場であるホテルの、地下駐車場に続く車の列。
そこで順番待ちの為に止まっている蓮ちゃんの車から降りて、深々と頭を下げる斎藤さん。
切腹前の武士のような……厳しい顔をなさっていた。
「……唯」
斎藤さんの背中がホテルのロビーに消えて行ったのを確認してから、私の顔を覗き込む、蓮ちゃん。
「ごめんなさい! 勝手に蓮ちゃんまで巻き込んで……本当にごめんなさい!!」
対する私は、全力で頭を下げた。運転席と助手席の間に置かれたペットボトルに、額がぶつかる程、勢いよく。
「いや俺はいいんだけど……よかったのか、あんな嘘ついて。……自分と仁は政略結婚で結ばれた愛の無い夫婦で……俺とは仁公認の元、付き合ってる。だなんて」
自分のついた稚拙な嘘を改めて復唱されると……猛烈な恥ずかしさと申し訳なさが襲ってくる。
そう。私は、そう言って斎藤さんを丸め込んでしまった。
私と仁ちゃんの間に愛は無い。お互いに、外で恋人を作る事も容認し合っている。
だから私と蓮ちゃんがお付き合いをしても、仁ちゃんは傷付かない……と。
「蓮ちゃんとしては全然よくはないよね……。本当にごめんなさい! 私が不倫してるなんて触れ回られたら、仁ちゃんの未来が終わっちゃうと思って、慌てちゃって」
「だから俺はいいって。まぁ……そうでも言わないと、清香の暴走は止められなかった……かも、な。昔から、こうと思い込んだら、まわりの声が聞こえなくなる所があるから」
何かを想い返すように、遠くを見つめる蓮ちゃん。
「斎藤さん……蓮ちゃんの学生時代の後輩さんだって言ってたよね? 私が運動会について相談を……斎藤さんが凜さんの婚約者でって話をした時」
「ああ。正確に言うと直接の先輩後輩じゃないんだ。うちの凜、中学生の頃、弓道部に入ってたんだけど。清香は凜の1つ上の先輩で。俺は大会とか、時々応援に行ってたから、清香とも話すようになって」
弓道袴を着た凛々しい少女の斎藤さん……想像するだけで、ポーっとしてしまう。
「そっか。斎藤さん、綺麗だったんだろうなぁ……」
「うん。でも当時から真っ直ぐ過ぎる子で……不正や怠慢を許せないから、凛なんかしょっちゅう練習をサボって、怒られてたよ」
「あ……っ、蓮ちゃんが昔言ってた、弟の先輩が日曜日に自宅に乗り込んで来たっていう……あれが斎藤さん?」
「ふ……そう。よく覚えてたな。大した子だと思ったよ。部活に来ないからって……飛鳥邸の門を素手で叩き続けて……。ああ、話しはそれたけど。そんな清香だからな。納得してもらうには、大胆な嘘の一つや二つ、やむを得なかったんじゃないか」
美しい斎藤さんの、なんともらしい青春エピソードから一転、現実に引き戻されてしまう。
「うん……でも……仁ちゃんに無断であんな嘘言っちゃったのは、やっぱりまずかったよね……」
もっとうまい回避方法があったかもしれないのに。
つくづく自分のツルツル脳みそが嫌になって、頭を抱えてしまう。
「……ごめんな。既成事実の為だなんて言って……清香に見られるリスクを考えるべきだった。唯も、不自然だからって嫌がってたのに。」
「え!?」
申し訳なさそうに俯く蓮ちゃんにハッとする。だって、どう考えても蓮ちゃんが謝る所じゃないのに。
「私が嫌がったのは、蓮ちゃんに迷惑をかけちゃうのが心配だっただけで……! それに、人だらけの東京で共通の知り合いに遭遇するなんて……誰にも予測できないよ」
「いや。同じ場所を目指して移動してるんだから、低い可能性じゃなかっただろう?」
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「仁には、俺が責任もって説明するから」
「いいってば。嘘ついちゃったのは私なんだし、仁ちゃんには自分で」
「俺がっ。説明する――っ」
同じ事を二度、言われてしまった。
一度目よりも、かなり強めの語気で。
「う……うん、わかった。じゃあ、お願いします」
私は、大人しく頷いた。
『説明してあげる』という気遣いじゃなく、『説明したい』という強い意志を……蓮ちゃんから、感じたから。
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