死ぬほど愛しているけれど、妻/夫に悟られるわけにはいかないんです

杏 みん

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107.頭が良い人は説明が上手い

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 「ちょちょちょちょ、蓮ちゃん! なんか、説明の順番が違う気がする!」

 予想外に説明が下手くそな蓮ちゃんに、大慌てしてしまう。
 ううん、諸悪の根源である私が下手くそとか……失礼極まりない話なんだけど。

 「結論から伝えた方が早いだろ?」

 ああ、そうか。男の人って経緯より結論、てよく言うよね。
 でもそれでも……今回の場合は、経緯をきちんと説明しないと、誤解を招くというか、意味不明というか。

 「ご、ごめんね仁ちゃん、びっくりさせて……実は……」

 謝りながら正面に座る仁ちゃんを見て……驚いてしまった。驚きすぎている仁ちゃんの顔に、私が驚いてしまったんだ。

 「こ……恋人……」

 「ええと、はじめからきちんと説明するね。ここに来る途中斎藤さんに」

 「だ、大丈夫っ、わかってる! わかってた! 唯と蓮さんがそういう事になってたのは……っ」

 「え?」

 あ、そっか。蓮ちゃんが病院に送ってくれた所を、仁ちゃんも見てたって斎藤さんが言ってたっけ。
 でもこの口ぶりだと……やっぱり誤解されちゃってそう。

 「違うの仁ちゃん、そういう事じゃなくて」

 「ごめんな、俺に気を遣って、堂々と会えなかったんだろ?」

 「仁ちゃん聞いて? 誤解なの」

 「心配しなくていいからっ! ちょうど、そういうの解禁してもいいんじゃないかって言おうとしてた所で……」

 「ん? 解禁? え? どういう事……?」

 きちんと説明をしなきゃという義務感が、気になる言葉を前に、引っ込んでしまった。

 「ずっと思ってたんだ。世間体を気にして、お互いに本物のパートナーは作らないようにしようって決めてたけど……唯の人生からそういう幸せまで奪いたくないって。だから……」

 「今後は唯が誰と付き合おうが、構わないってことか」

 最後まで聞かずに、そう結論付ける蓮ちゃん。
 仁ちゃんは……静かに頷いた。

 「唯には……幸せになってほしいので」

 嫌だ。こんなの嫌だ。
 私が誰とお付き合いしようが、仁ちゃんにはどうでもいい。そんな事わかってるけど。でも、それでも――。

 「仁ちゃ」

 「……お前はいつもそうやって、唯の話をろくに聞いてもやらないのか?」

 蓮ちゃんの言葉に、仁ちゃんの肩がピクリと動く。

 「同じ車に乗っている所を、清香に見られた。そして、俺達が不倫関係にあると誤解された。清香は仁を裏切っている唯を許せないと……俺達の事を公にして、唯を糾弾すると言い出した。そんな事をされたんじゃ、仁に迷惑がかかると考えた唯は、自分達は政略結婚で結ばれた愛の無い夫婦で、俺と自分の関係も容認されている。だから仁は傷付かない……と説明した」

 落ち着いた、でも少し冷ややかで端的な口調で、事のあらましを説明する、蓮ちゃん。
 
 要点が簡潔にまとまっていて、さすがだな。と思う反面……最初から、そう言ってくれればこんな事にはならなかったのに。と、心の中でため息を吐いてしまう。ごめん……蓮ちゃん。

 「そ……う、だったのか……?」

 仁ちゃんはまたも驚いたような表情で、私の顔を見た。

 「うん、そうなの。政略結婚、って感じで、私の血筋とか極秘事項は隠したつもりなんだけど……勝手にごめんね?」

 「それはいいけど……え? じゃあ蓮さんとは……? 政略結婚て事にするなら、あえて蓮さんと唯が恋人同士なんて嘘をつく必要ないよな? やっぱり二人はそういう……」

 「だから、さっきから唯が言ってるだろう。誤解だ。俺達は何でもない」

 「でもね、斎藤さんはそもそも、ソコを信じてくれなくて興奮状態だったから……もう認めちゃった方が、他の嘘をすんなり信じてくれるかなって……」

 私と蓮ちゃんとで、代わる代わる、説明する。
 仁ちゃんは話し手が変わる度に、視線を移して、真剣な顔で聞いてくれた。

 「そ、か。わかった。ごめん俺……はやとちりして……」

 「ううん、私こそ勝手な事してごめんね。本当はもっと上手なやり方があったと思うんだけど……なにぶん、残念な脳みそで」

 「いや、そんな……」

 ガチガチに固かった仁ちゃんの表情から、力が抜けた。よかった。とりあえず誤解は解けたみたい。


 と。ほっとしたのも束の間。


 「あれ……?」

 突如襲ってきた、猛烈な倦怠感。
 甲羅でも背負っているように、重い。思わず、前かがみになってしまう。

 「唯?」

 「唯? どうした?」

 仁ちゃんと蓮ちゃんが私に声をかけてくれたのはわかった。ちゃんと聞こえた。
 でも……遠い。透明な膜の向こうから、名前を呼ばれているみたい。

 「唯!?」

 貧しい育ちで、見た目にそぐわず体が丈夫な事が、唯一といってもいい位の取柄だったのに。

 二人の声と、花火の音。両方が突然途絶える。
 私はそのまま、意識を失ってしまった。
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