死ぬほど愛しているけれど、妻/夫に悟られるわけにはいかないんです

杏 みん

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122.昔、すれ違い系コントってあったよね

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 「ああ~っ、ダメだぁ~!」

 夜。
 ヨガのポーズをキープしきれず、マットの上に倒れ込む唯。

 「はぁ、はぁ……うう~。やっぱり体力も筋力も前以上に落ちてる……せっかく、運動会の特訓で少しはマシになった所だったのに……」

 「大丈夫か? 病み上がりなんだし、無理するなよ」

 悔しそうな顔を浮かべる唯を見て、リモコンの一時停止ボタンを押す。ヨガ講師が目を閉じ、絶妙な変顔になった所で、動画は止まった。

 「あ、私に構わず、仁ちゃんは続けてね」

 「いや……奥さんがはぁはぁ言いながら倒れてる横で、英雄のポーズとか出来ねえから」

 「ごめん~。これからもコツコツ続けて、せめて仁ちゃんの足でまといにならないようにするね」

 「気にしなくていいって……」

 なんて……言いながら。仰向けのままの唯を、視線でなぞってしまう。

 紅潮した頬。荒い息づかい。それに合わせて上下する胸部。
 ああいかん。いかがわしい妄想をしてしまう。

 玄関ハグを習慣にして、以前よりもスキンシップが増えたせいだろうか。
 つい、ギューの先を……想像してしまって。 

 がしかし。俺がそんな事を考えていると、唯に察せられるわけにはいかない。
 さすがの唯も、恐怖のあまり即家出をしてしまうだろう。

 「はぁ、お水……飲もうかな。仁ちゃんもいる?」

 「え、あ、いいよ俺がやる」

 呼吸が整うのを待たずに立ち上がろうとする唯を止め、リビングの隅にあるウオーターサーバーへと歩を進める。

 「ごめんね、ありがと……はぁ、頂きます」

 差し出したコップを丁寧に両手で受け取り、唯はグイッと口に運んだ。

 「ぷは……っ。仁ちゃんは、本当に優しいなあ……旦那さんが仁ちゃんみたいな人だったら、たとえ愛のない結婚でも、幸せを感じる事、沢山あると思うんだよね」

 「うん?」

 「でも……確かに好きな人とじゃないと出来ない事も、沢山あるし……」

 なんだなんだ? 俺に話しかけているようでいて、独り言のようにぼそぼそと話す、唯。

 「あ、ごめんね、ちょっと考え事……。そういえば……仁ちゃんにちょっと、相談があるんだけど。今いい?」

 「おう。何かあった?」

 「あの……実は今日、斎藤さんがうちに来てね」

 「は!?」

 思いもよらぬ報告。大声量で反応してしまう。

 「今日ってどういう……ああ! それであいつ午後出社だったのか! それで!? 大丈夫だったか!? また変な事を言われたんじゃ……」

 「ううん、改めてお詫びをしに来てくれたみたい。政略結婚とは知らず、私に色々言っちゃって、申し訳ありませんでしたって。そんなの、よかったのに……」

 「ああ、そういう……」

 らしいっちゃらしいが。安心した。
 あいつが俺に隠れて唯に会ってる時は、大抵ろくな話をしていないから。

 「ん、じゃあ相談てのは?」

 「うん、それでね……ええと、私達が政略結婚だっていう嘘あるじゃない? その細かな設定を決めておいた方が、今後バレにくいかなと思ってて」

 マジか。まさかのシンクロニシティ。
 俺は唯の隣に座った。

 「俺もちょうど、唯と話し合いたいと思ってたんだ。今日斎藤に聞かれてさ」

 「え! 斎藤さん、結局仁ちゃんにも聞いたんだ!」

 「ん? ああ。唯も聞かれてたか」

 「うん。でも、また勝手に適当な嘘をついて、話しがちぐはぐになっちゃったら困るから。適当に濁したんだけど」

 さすが唯。ナイス対応だ。

 「その設定については、もし嫌じゃ無ければ、俺に任せて貰っていいか?」

 人の生い立ちを完全に偽装する事は難しい。
 適当な経歴を並べたてても、本気で調べればあっという間に嘘だとばれてしまう。

 だが斎藤は、家庭の事情に土足で踏み込む事を躊躇する程度の良識はある。
 だから唯については『さる大企業の重役が愛人に産ませた子供で、恩を売る為に飛鳥御曹司である自分が見受けした』とでも言えば……唯を不憫に思って、深く詮索したりはしないだろう。

 「ま、任せる? っていうと?」

 「全てが嘘だとほころびが目立ちやすいと思うんだ。だから部分的に本当の事を混ぜて、さ」

 唯が一族の誰か、の不義の子供である事は、事実なわけだし。
 
 「本当の事……本当に、している事にするって意味? それとも……本当にする、って意味?」

 ん、ん?
 本当にしている? 本当にする? ちょっと意味がわからない。

 「あ、ごめん、先に具体案を説明した方が分かりやすかったな。俺が考えてるのは唯が大」

 「だ、大丈夫! 具体的にどうするかとか事前に説明されたら恥ずかしくて死んじゃう!」

 首と、顔の前に掲げた両掌を左右にブンブン振りながら、真っ赤な顔をする唯。
 なんだ? このリアクションは?

 「でも、説明しといた方がいいだろ?」

 俺が斎藤に伝えた後に、『こういう設定にしといたから』という事後報告スタイルよりは、安心だと思うけど。
 どうしてそれを拒否するんだろう?

 「だい、大丈夫……その……いつ、するつもりなのかだけ、教えて置いて貰えれば……」

 いつ? 斎藤に話すのがいつって事か?

 「別にいつでも……俺は明日にでもと思ってるけど。早い方が良ければ、今日この後電話で」

 「きょ、今日!? それは流石に急すぎて……!」

 「ごめん唯、さっきからなんか話がかみ合ってない気が」

 「あっ、で、でもせっかく仁ちゃんがそこまでしてくれようとしてるのに、急だとか言ってる場合じゃないよね! 私、あの、もう一回お風呂入って、その後コンビニで買ってくる……あ、あ、逆か! 汗かいちゃったら申し訳無いし!」

 「ちょ、待って待って唯、一旦落ち着いて話を……」

 一層意味不明な事を口にし、突然立ち上がろうとする唯。その腕を掴んで、引き留める。
 すると、俺の力が強かったのか、インフル罹患後で唯の筋力が本当に落ちていたのか……唯は俺の膝の上に、倒れ込んでしまって。

 「っと! ごめんっ、大丈夫か!?」

 「え……もしかして……今? ここで? ま、まさか電気もつけたままで!?」

 ほっぺを真っ赤にして、涙目になっている唯を、真上から見下ろす。

 「……マジで待って唯。今なんの話、してる?」

 「………………へ?」


 その後、一気に冷静さを取り戻した唯。

 きちんと話し合って、誤解は解けた。

 が……かつてない程、気まずい空気が流れて……。

 俺達はソファーに座り、変顔のヨガ講師に見守られながら……暫くの間、沈黙するしかなかったのだ。
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