死ぬほど愛しているけれど、妻/夫に悟られるわけにはいかないんです

杏 みん

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134.クリスマスは幸せ倍増、切なさ爆増

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 神奈川県某所。高層ビル群も、キラキラしたビーチも無い。緑の多い、静かな町。
 そこの小さなアパートに、私とママは住んでいた。

 「……残念だったな」

 「……うん」

 でも、一年ぶりに訪れたその場所には……新しい戸建ての住宅がいくつか建っていて。
 『絶賛分譲中』と書かれた旗が、風になびいている。それを見た蓮ちゃんは、気遣うような視線を、私に向けてくれた。

 「毎年、来てたの?」

 「ママと会えなくなってからは……出来る限り。ママと住んでた部屋、ずっと空き家になってたからさ。大家さんにお願いして、入れて貰ってたの。で、お部屋とかアパートの周りをお掃除してた」

 「そっか。大家さん、取り壊しになるなら連絡くれると良かったのにな」

 「ううん。私、連絡先伝えてなかったから。万一、仁ちゃんに知られちゃったら……いけないと思って」

 クリスマスにこの場所に来ている事は、仁ちゃんにもお父さんお母さんにも、誰にも言ってない。
 
 「でもそのお陰で蓮ちゃんにまで無駄足踏ませちゃったね。車まで出してもらったのに……ごめん……。もう帰ろっか」 

 作り笑顔で踵を返そうとする私の手を取り、止める蓮ちゃん。

 「他の場所、行ってみない? お母さんと遊んだ公園とか、スーパーとか」

 「でも……」

 ただでさえ、蓮ちゃんはお仕事を休んで私に付き合ってくれたんだもの。これ以上連れ回すのは気が引ける。どこも、私以外には何の思い入れも無い場所だし。

 そんな事を考えて、言葉を詰まらせていた私を見て、蓮ちゃんは笑った。

 「普段からそうやって、あれこれ考えては遠慮ばっかりしてるんだろう? 俺にはそういうの、いらないから。ほら、行こ」

 手をつないだまま、歩き出してくれて。

 「ありがとう……。あ、公園ね、こっち……」

 蓮ちゃんが向かっていたのとは反対の方向を指さす。蓮ちゃんは『ああ』とだけ言って、方向転換した。
 
 「クリスマス……唯は毎年お母さんと過ごしてたって言ってたもんな」

 「……ママね、毎年クリスマスになるとケーキを作ってくれたの。そこのケーキ屋さんでスポンジの切れ端を貰って、おつとめ品のホイップクリームを塗って、イチゴの代わりに缶詰のみかんをのせて……私、それが大好きだった」

 「それで、付き合ってた頃、俺がプレゼントしたケーキ食べても、微妙な顔してたんだ」

 「あっ、あれはあれですっごい美味しかったんだよ? でも」

 「うん、わかってるよ。唯にとってはいつも……一番は、お母さんだったんだよな」

 「……うん」

 公園に行く途中。商店街を通ると、聞こえてくるのはクリスマスソング。
 それを口ずさむ小さな子供も、その小さな手を引くお母さんも、幸せそう。

 「クリスマスってさ……やっぱり私にとっては特別な日なんだ。世界中の人が大切な人と、大切な時間を過ごしている日……。仁ちゃんの家に引き取ってもらってからは、お父さんお母さん達と、家族四人で過ごす新しい幸せも教えて貰ったんだけど……私はママの事を、どうしても考えちゃう」

 私の中のママは、小学生の頃までのママだ。
 いつも明るくて、優しくて、一生懸命私を喜ばせようとしてくれる、最高のママ。

 「ママ……元気かな……」

 町中が幸せオーラに満ち満ちたこの日に、ママは何をしているんだろう。
 ちゃんと温かい所で、ちゃんと温かい人と一緒に過ごせているだろうか。

 たった一人で、寂しく寒い想いをしていないだろうか。
 そう考えるだけで……。

 「茜さんに……会いたい? お母さんの事が気になるって、仁に言った事は無いの?」

 蓮ちゃんの問いかけに、首を横に振る。

 「言え無いよ。だって仁ちゃんもお父さんもお母さんも、皆、ママを嫌ってる。ママが私を不幸にしたって思ってる。でもそれは私のせいで……私が昔の事でいつまでもウジウジしてるから。この間だって……。でも違うのに。本当は、私がママを不幸にしたのに。私が亜種で、ママに苦労をかけたせいで、ママを……変えちゃって……」
 
 「唯……」

 小さな商店街を通り抜けた辺りで。耐えきれずに声を震わせてしまう私を、抱きしめてくれる蓮ちゃん。
 
 「……やっぱり……仁に任せたのは、間違いだったかもしれない」

 「え……?」

 ぼそりと呟くような、蓮ちゃんの言葉。
 意味が分からなくて、一旦体を離し、蓮ちゃんの顔を覗き込む。
 
 と……綺麗なお顔が、間近に迫って来て。

 「唯……今夜、仁の所に帰らなくても……いい?」
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