死ぬほど愛しているけれど、妻/夫に悟られるわけにはいかないんです

杏 みん

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139.最後だろうが何だろうが許せない事はある

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 「仁ちゃん!?」

 ベッドの横にある椅子に座ったまま、こちらを振り返る唯。

 「仁!? どうしてここが――」

 蓮さんは立ち上がり、俺の方に歩いてくる。
 その胸ぐらを、俺は乱暴につかんだ。

 「どういうつもりですか!? どうして唯をこの女に……!」

 「仁ちゃんやめて!」

 「落ち着け仁、病室だぞ」

 蓮さんは俺の手首、唯は俺のジャケットの裾を、それぞれに掴んで止めようとするけれど、止まらない。
 
 「仁ちゃん、ママは病気なの! もう今夜が峠かもしれなくて、だから蓮ちゃんは」

 「だから!? だから何だよ!? 最後位娘に会わせてやろうって!? あんな酷い事をした母親に!? 帰ろう唯! 唯がそこまでしてやる事は無い! こんなとこさっさと出」

 「仁……っ!」

 綺麗な蓮さんの顔が一瞬、怒りに歪んだ。その直後、俺は足を払われ、床に転がされてしまった。
 唯は小さな悲鳴を上げたけれど。蓮さんはうつ伏せに倒れる俺を、力づくで抑え込んで。
 
 「唯! いいから! 茜さんと話して! これが最後になるかもしれない!」

 「で、でも……」

 躊躇いながら、ベッドと俺達との間で視線を泳がせる唯。
 
 すると……あの女の手が、力なく挙げられた。ユラユラ、フラフラ……まるで、唯を探しているように。

 「ゆ……い……」

 「ママ! 唯だよ! 私はここにいるよ!」

 唯は慌てて駆け寄り、その手を握りしめた。

 「唯ちゃん……お腹、すいてない……?」

 「え? あ、ううん! 大丈夫!」

 「ごめん、ね、ママ……ほんとはもっと……美味しいもの……お金が……」

 「ううん! 私はママの料理全部大好きだもん!」

 「唯ちゃんは、やさしいね……ママ、唯ちゃんさえいてくれたら……」

 「私も! 私もママがいてくれるだけで幸せだよ! なのに……苦労ばっかりかけてごめんね! 私のせいで……本当にごめんね!」

 「大好きよ、唯ちゃん……あぁ……一緒に植えた、スイカの種……もう……芽が…………」


 ピーーーーーーーーー。


 無機質な機械音が、広い部屋に響く。


 唯は泣きながら、母親を繰り返し呼んで。

 蓮さんはすぐに俺から離れ、枕元のナースコールを連打して。

 でも俺は……もう動く事も話す事も出来なくなった憎い相手から、目を離す事が出来なかった。

 「ふざけんなよ……」

 フラフラと、おぼつかない足取りでベッドに近付く。

 「仁ちゃん?」

 「今更何なんだよ!? 大好きじゃねえよ、どの口が言うんだよ、じゃあなんであんな事したんだよ!?」

 「よせ、仁っ」

 止める蓮さんの手を振り払い、横たわるその女につかみかかる。

 「あんたのせいでどれだけ唯が傷ついたと思ってんだ! 昔だけじゃない今もこの先もずっと苦しんで行くんだ!! 謝れよ! 土下座しろよ!! 唯の全部を、返してくれよーー!!!」

 「仁ちゃん……っ!」

 泣きながら、俺にしがみつく唯。

 気が付くと、俺自身も泣いていた。

 世界一大切な女の子を、どん底に突き落とした張本人。その命が目の前で尽きた。

 でも……さぁ悪者はいなくなりました、めでたしめでたし。なんて気分には、なれなくて。

 俺は泣いた。

 唯と一緒に、そのまま暫く……泣いていた。
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