148 / 273
148.段ボールは詰めるより開ける方がめんどい
しおりを挟む
「これは……すごい量だね……」
来月から蓮ちゃんのオフィス……になる予定のお部屋。
まだ、2セットの机と椅子、そして本棚しか無い筈なのに……足の踏み場もない程、段ボールで埋め尽くされている。
「全部、スカウト候補者関連の資料なんだ。しょっちゅう異動があったから、幸い人脈には恵まれて」
「紙の資料、って事かな?」
なんだか、意外。
若くて仕事が出来る人って、何事もデジタルで管理しているイメージがあったから。
「うん。かさばりはするけど、やっぱり確実だから。前に地方の支社にいたころ、大規模なシステム障害が起きて、大変な目にあってさ」
「システム障害! ニュースで時々大騒ぎしてるやつだね」
「それで、トラウマって言ったら大袈裟だけど……そういうものに左右されない、アナログだけど確実な物が手元に無いと、不安で」
「そうだったんだね」
さすが蓮ちゃん。慎重で堅実。
この段ボールの中身も、それはそれはきちんとまとめてあるんだろうな。血統種の始祖神や、能力のジャンルごとに細かく分類して、ファイリングして、ラベリングして、一目でどこに誰の資料があるかわかるように――
なんて期待しながら封を開け……たまげてしまった。
「え……」
それらはなんていうか……資料というよりは、雑紙の山。
メモ用紙、名刺、A4、A3サイズの書類……大小様々な紙がぐちゃぐちゃに詰め込まれている。
「れ、蓮ちゃん、これは……?」
目の前にいる、清潔感しかない美男子からは想像も出来ない惨状。思わず、唖然とした顔を向けてしまう。
すると蓮ちゃんは、暗い表情で俯いて。
「……ごめん。俺……そういうのの整理が、どうしても苦手で」
「え、え、じゃあ、今までどうしてたの? だってこの状態じゃどっちにしろ、システム障害の時にも役に立たないよね?」
「俺は一度見た内容はすぐに記憶出来るから、システムがどうなろうと、情報を引き出すっていう面では困らないんだ。だから、扱った書類とかメモを、つい箱の中につっこんじゃって」
え、すご……っ。さすがは東京第零校の首席入学・主席卒業者。だけど――
「じゃ、じゃあなんの為に紙資料……」
「俺はいいけど、同僚とか、一緒に働いている仲間が困るだろう? 非常時は俺から全部の情報を伝える時間なんて、無いかもしれないし、そもそも、異動や外回りで俺がその場にいるかもわからない。いつでも誰でも参照出来る状態にしておいた方がいいから」
いつでも? 誰でも? 残念ながら、この雑紙の山が、その状態だとは思えないのだけれど。
「あ、前に困った時は……資料室の上から2番目左から5番目の段ボールの中の、182枚目にその書類があります。って同僚に伝えて、何とかなったんだけど」
なんだかもう、すごいのかすごくないのか分からなくなって来るけど。
間違いなく、素敵だなと思うのは――
「じゃあこの段ボールの山は、蓮ちゃんが仲間の事を考えた結果なんだね」
「……と同時に、俺のだらしなさの結晶だけどな」
苦笑いを浮かべる蓮ちゃんに、渾身のガッツポーズを見せる。
「大丈夫! 私、こういう面倒コツコツ系得意だから! 任せて!」
「ありがとう。頼りにしてるよ。でもごめんな、アシ修行の途中だったのに」
「ううん、斎藤さんもああ言ってくれてたし。後でまた、声掛けてみるよ」
そうして、雑紙の山を資料へと進化させるコツコツ作業が始まった。
「名刺は全部名刺ファイルに入れちゃっていい?」
「うん、頼む」
「年末調整における添付書類のご案内・再通知……っていう書類は?」
「ポイで。総務にいた頃、毎年手続きの不備が多すぎて配付した書類だから」
「レジャー山村さん、スライダー……っていうメモは?」
「ああ、プールリゾートの山村さんだ。福島の営業部時代、水系の血統種に新しいスライダー設営の相談をしたいっていう依頼があって……でもそれは後任にしっかり引き継いできたから、ポイで大丈夫」
「わかった。それにしても……蓮ちゃん、すごいね。本当にあちこちで色んな仕事してたんだ。社長さんのご意向? 後継者修業っていうやつかな?」
掘る度に出て来る、複数ジャンルの書類。関心のため息を吐いてしまう。
「……まぁ、そんな所だね」
「昔は、社長さんにはなりたくないって言ってたけど……実際に働いみて、気持ちが変わったの?」
「……どうかな。でも学生時代に想像してたよりは、仕事って面白いな、とは感じた。肩書きにこだわらずに、頑張って行きたいと思ってる」
「……そうなんだ」
少し、含みのある言い方。蓮ちゃんも、色々あるんだろうな。
「社長さん……お母さんとは、その後、大丈夫だった? ずっと気になってたんだ。あの時蓮ちゃん、親子の縁を切ってでも私と別れないって言って……社長さん、ものすごく怒っていたから。だから驚いたの。賀詞交歓会で、私に声をかけてくれた時」
「大丈夫。唯が心配するような事にはなってないよ。アシスタントの件も、ちゃんと説明して納得してくれてる。……あの時と違って、俺には唯が必要なんだってわかってくれてるんだ。だから家の人間に知られる云々、気にしなくていいって言っただろ?」
「よかった。……じゃあ本当に、これからは好きなだけ蓮ちゃんと会えるんだね」
「少なくとも週に3回は、ここで会うわけだしな」
「ふふ、そうだね。嬉しい……」
ニヤニヤする私を見て、蓮ちゃんもにっこり笑ってくれる。
幸せだ。大好きな人のお嫁さんになれて(偽物だけど)大切な人のアシスタントになれて(まだ見習いレベルだけど)。身に余る幸福。
「蓮ちゃん。改めまして、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
私達はがっしりと握手を交わしてから、山積み段ボールとの格闘を、再開するのだった。
来月から蓮ちゃんのオフィス……になる予定のお部屋。
まだ、2セットの机と椅子、そして本棚しか無い筈なのに……足の踏み場もない程、段ボールで埋め尽くされている。
「全部、スカウト候補者関連の資料なんだ。しょっちゅう異動があったから、幸い人脈には恵まれて」
「紙の資料、って事かな?」
なんだか、意外。
若くて仕事が出来る人って、何事もデジタルで管理しているイメージがあったから。
「うん。かさばりはするけど、やっぱり確実だから。前に地方の支社にいたころ、大規模なシステム障害が起きて、大変な目にあってさ」
「システム障害! ニュースで時々大騒ぎしてるやつだね」
「それで、トラウマって言ったら大袈裟だけど……そういうものに左右されない、アナログだけど確実な物が手元に無いと、不安で」
「そうだったんだね」
さすが蓮ちゃん。慎重で堅実。
この段ボールの中身も、それはそれはきちんとまとめてあるんだろうな。血統種の始祖神や、能力のジャンルごとに細かく分類して、ファイリングして、ラベリングして、一目でどこに誰の資料があるかわかるように――
なんて期待しながら封を開け……たまげてしまった。
「え……」
それらはなんていうか……資料というよりは、雑紙の山。
メモ用紙、名刺、A4、A3サイズの書類……大小様々な紙がぐちゃぐちゃに詰め込まれている。
「れ、蓮ちゃん、これは……?」
目の前にいる、清潔感しかない美男子からは想像も出来ない惨状。思わず、唖然とした顔を向けてしまう。
すると蓮ちゃんは、暗い表情で俯いて。
「……ごめん。俺……そういうのの整理が、どうしても苦手で」
「え、え、じゃあ、今までどうしてたの? だってこの状態じゃどっちにしろ、システム障害の時にも役に立たないよね?」
「俺は一度見た内容はすぐに記憶出来るから、システムがどうなろうと、情報を引き出すっていう面では困らないんだ。だから、扱った書類とかメモを、つい箱の中につっこんじゃって」
え、すご……っ。さすがは東京第零校の首席入学・主席卒業者。だけど――
「じゃ、じゃあなんの為に紙資料……」
「俺はいいけど、同僚とか、一緒に働いている仲間が困るだろう? 非常時は俺から全部の情報を伝える時間なんて、無いかもしれないし、そもそも、異動や外回りで俺がその場にいるかもわからない。いつでも誰でも参照出来る状態にしておいた方がいいから」
いつでも? 誰でも? 残念ながら、この雑紙の山が、その状態だとは思えないのだけれど。
「あ、前に困った時は……資料室の上から2番目左から5番目の段ボールの中の、182枚目にその書類があります。って同僚に伝えて、何とかなったんだけど」
なんだかもう、すごいのかすごくないのか分からなくなって来るけど。
間違いなく、素敵だなと思うのは――
「じゃあこの段ボールの山は、蓮ちゃんが仲間の事を考えた結果なんだね」
「……と同時に、俺のだらしなさの結晶だけどな」
苦笑いを浮かべる蓮ちゃんに、渾身のガッツポーズを見せる。
「大丈夫! 私、こういう面倒コツコツ系得意だから! 任せて!」
「ありがとう。頼りにしてるよ。でもごめんな、アシ修行の途中だったのに」
「ううん、斎藤さんもああ言ってくれてたし。後でまた、声掛けてみるよ」
そうして、雑紙の山を資料へと進化させるコツコツ作業が始まった。
「名刺は全部名刺ファイルに入れちゃっていい?」
「うん、頼む」
「年末調整における添付書類のご案内・再通知……っていう書類は?」
「ポイで。総務にいた頃、毎年手続きの不備が多すぎて配付した書類だから」
「レジャー山村さん、スライダー……っていうメモは?」
「ああ、プールリゾートの山村さんだ。福島の営業部時代、水系の血統種に新しいスライダー設営の相談をしたいっていう依頼があって……でもそれは後任にしっかり引き継いできたから、ポイで大丈夫」
「わかった。それにしても……蓮ちゃん、すごいね。本当にあちこちで色んな仕事してたんだ。社長さんのご意向? 後継者修業っていうやつかな?」
掘る度に出て来る、複数ジャンルの書類。関心のため息を吐いてしまう。
「……まぁ、そんな所だね」
「昔は、社長さんにはなりたくないって言ってたけど……実際に働いみて、気持ちが変わったの?」
「……どうかな。でも学生時代に想像してたよりは、仕事って面白いな、とは感じた。肩書きにこだわらずに、頑張って行きたいと思ってる」
「……そうなんだ」
少し、含みのある言い方。蓮ちゃんも、色々あるんだろうな。
「社長さん……お母さんとは、その後、大丈夫だった? ずっと気になってたんだ。あの時蓮ちゃん、親子の縁を切ってでも私と別れないって言って……社長さん、ものすごく怒っていたから。だから驚いたの。賀詞交歓会で、私に声をかけてくれた時」
「大丈夫。唯が心配するような事にはなってないよ。アシスタントの件も、ちゃんと説明して納得してくれてる。……あの時と違って、俺には唯が必要なんだってわかってくれてるんだ。だから家の人間に知られる云々、気にしなくていいって言っただろ?」
「よかった。……じゃあ本当に、これからは好きなだけ蓮ちゃんと会えるんだね」
「少なくとも週に3回は、ここで会うわけだしな」
「ふふ、そうだね。嬉しい……」
ニヤニヤする私を見て、蓮ちゃんもにっこり笑ってくれる。
幸せだ。大好きな人のお嫁さんになれて(偽物だけど)大切な人のアシスタントになれて(まだ見習いレベルだけど)。身に余る幸福。
「蓮ちゃん。改めまして、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
私達はがっしりと握手を交わしてから、山積み段ボールとの格闘を、再開するのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる