死ぬほど愛しているけれど、妻/夫に悟られるわけにはいかないんです

杏 みん

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153.ガチ善人

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 「以上が、ヘケトの血統種・水原さんに関するご報告です」

 「……蓮さん……相変わらず、ため息が出る程男前だねぇ……」

 蓮さんの報告を聞き終えて……実際にため息を吐きながら、呆ける課長。

 梅雨が明け、いよいよ本格的な夏が始まる。という時期の、人事部スカウト課・定例報告会。
 会議室に集まった全スカウトマンのうち、半数が控えめに笑い、半数が賛同して頷いている。
 
 だが俺は……若干のジェラシーを隠し得ない。

 「課長。申し訳ないんですが、俺この後社外でアポがあるんで……」

 いらん事をくっちゃべったりせず、定例報告会をマキで進めて欲しい。と、最後までは流石に言えなかったけれど。課長は当然のごとく俺の要望を察した様子で。

 「ああはいはい! わかったよっ。新旧エースの間に挟まれて、俺も辛いぜ……」

 課長はそう言って苦笑いした。が、それだよその言葉。
 
 『新旧』って……俺はいつの間に『旧』の人になったんだ。
 そりゃあ、異動してからの蓮さんの活躍はすごいけど……唯を奪われ(アシとしてだけど)、スカウト課のエースの座まで奪われたんじゃ、嫉妬の炎が燃えっぱなしになるじゃないか。

 「いやしかし、夏夏ランドの社長も絶賛してたよ。ヘケトの血統種……大丈夫なのかよって状態だったのに、いざプール開きを迎えたら、スライダーは大盛況だって」

 「唯一無二のスライダーって、SNSで動画が拡散されまくって、連日大繁盛らしいじゃないですか。うちの子供も連れて行けってうるさくて」

 「しかも水原さん、向こう10年の雇用契約を結んでくれたんでしょう? さすが蓮さんですね」

 口々に賛辞を送る、課長や、同僚スカウトマン達。
 それに対し、蓮さんはドヤ顔なんてするわけもなく、控えめに微笑んで、四方に会釈をした。

 「ありがとうございます。優秀なアシスタントあっての、結果です。……あ、うちの弟じゃない方の、ですが」

 蓮さんのコメントに、クスクスと笑い声が起きると同時に……全員の視線が、俺へと向く。

 「……恐縮です」

 「ははっ! いいねぇ! 正直、うちの課に御曹司ツートップを詰め込まれたんじゃ、ギスギスしてかなわないなーと思ってたんだが。奥さんのお陰で、いい感じになってるじゃない」

 「……課長、唯子です。妻もうちの社員なんで。奥さん呼ばわりはアウトです」

 「あぁもう、うるせぇな~愛妻家は!」

 上機嫌で笑う課長を横目に……蓮さんは、何やら不敵な笑みを浮かべ――俺を見つめた。




 「ねえ、実際さ、蓮さんとはどうなの?」

 全員が会議室を出て行ったのを見計らって……俺の元へトコトコと近付いて来た、岡崎さん。

 「どうって……ドラマみたいな泥沼争いがあるかって意味なら……無いですよ。見りゃわかるでしょ。あの人、ガチの善人なんで。そんなつまらねぇ事にエネルギー使わないです」

 「そうじゃなくて! 仁君の大好きな奥さんが、あれほどの素敵男子を四六時中サポートしてんのよ? ジェラシー感じちゃったりしないわけ? 後継者云々というより、ジェラ故にギスギスしちゃったり、しないわけ?」

 図星過ぎる質問。思わず、机を消毒していた手を止めてしまう。

 「そんな事あるわけ――」

 「仁、悪い、遅くなった」

 バレバレ過ぎる嘘で、岡崎さんをやり過ごそうとしていたら――会議室の扉が開き、蓮さんが戻ってきた。

 「あ、あれー? 蓮さん、忘れ物ですか?」

 突然のご本人登場に、少々焦っている様子の岡崎さん。

 「いえ、除菌ティッシュが残りわずかだったので……取りに行ってました」

 「えっ……いいですよ、蓮さん。跡片付けは下っ端の俺が」

 「スカウトマンとしては、仁の方が先輩だろ?」

 俺の言葉を最後まで聞かず、シュッとスマートな音を立てて除菌ティッシュを取り出し……デスクを丁寧に拭き始めた、蓮さん。

 「マジで、ガチ善人……」

 その姿を見た岡崎さんが、稀少な宝石を見つけた鉱山の男のような顔で、呟く。

 「仁、ありがとう。後は俺がやるから、戻ってて」

 「いえ……俺も残ります」

 ここで『じゃあヨロシク』なんて言ったら、俺がガチの残念な奴になってしまう。

 そんな事態を防ぐ為に……俺はシュシュシュッと、除菌ティッシュを多めに取り出すのだった。
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