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156.人に売った恩はいずれ剣や盾や網になる
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「仁さん! 来てくれたんですね!」
ヨーロピアンな雰囲気の、おしゃれなレストラン。
10卓程並んだテーブルの上に置かれたネームプレートに視線を走らせて、自分の座席を探していたら……新婦の春野さんが声をかけてくれた。
「春野さん。本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます! お仕事でお疲れの所、すいません」
「とんでもない……お招きありがとうございます」
「斎藤さんも、ありがとうございます! 相変わらず美しい! 今日の主役は私の筈なのに、霞んじゃう~!」
「私如きがいくら着飾ろうと、花嫁さんの輝きは少しも色あせません。春野さん、本当にお綺麗です。おめでとうございます」
俺と斎藤の言葉に、満面の笑みを浮かべてくれる春野さん。
確かに、綺麗だ。Aラインのシンプルなウェディングドレスは、レストランの落ち着いた雰囲気とも良く合っている。
「あっ、こっちこっち! 紹介しますね! うちの旦那です!」
春野さんに手招きをされ、少し離れたところにいる新郎らしき男性が、こちらに小走りで近付いて来た。
「は、はじめまして! 夫の飯塚です! あっ、所属は総務部です! 妻がいつもお世話になっております!」
「こちらこそ、お世話になっております。本日はおめでとうございます」
「とんでもな……う、うわ……ホンモノ……っ」
なにやら、えらく緊張している様子の新郎は、口元に手を当て……俺をジロ見している。
「あ~、すいません! うちの旦那、今日仁さんに会えるの、めちゃくちゃ楽しみにしてたんですよ! 仁さんはスターですから!」
「もう、恥ずかしいなぁ~! 言うなよ~!」
「ふふっ、感謝しなさいよ~? 私が仁さんにスカウトされてなければ、総務のペーペーのが、SSSの仁さんに会える機会なんて、一生無かったんだからね!」
俺達の前で新郎をディスる春野さんに、どうリアクションしたものかと困惑していたけれど……新郎は怒りもせず、照れくさそうに笑っている。
うん。そうか。既に尻に敷かれている感じか。こういう夫婦の形も、ほっこりしていいよな。
「春野さんが職場内結婚されるなんて、驚きました。馴れ初めをお聞きしてもよろしいですか?」
恋愛結婚に憧れている斎藤が、探りを入れる。
「人様に話す程、ロマンティックなものじゃないんですけど……。私、アスカに転職してからいっぱいいっぱいで……総務的な手続き、滞りまくってたんですよ。ほら、入職手続きって結構面倒じゃないですか? 書かなきゃいけない書類も山ほどあるし。それを親身になって手伝ってくれたのが、旦那だったんです。でもこの人……初めから下心アリアリだったみたいで」
イタズラっぽい笑みを浮かべながら、夫を肘で小突く、春野さん。
「えへ……で、ひとしきり手続きが終わった後、食事に誘ったんですよ。これだけ恩を売っておけば、断れないだろうな思って」
「……それはある種のパワハラというかセクハラというか、ですね」
率直すぎる感想を口にする斎藤に、新郎新婦は口を開けて笑った。
「そうなんですよ~! でも俺、一目惚れだったんで! めっちゃ大好きだったんで! どんな手を使ってもモノにしたかったんですよね」
「……素敵ですねっ」
斎藤に続きまして、俺も率直な感想を述べさせて頂く。
だって、すっげー気持ちわかる。
俺も、同じような手口で愛する女性を妻にしたクチだから。
「春野さんはそんな追い込み漁のような手口に引っかかって、好きでも無い相手との結婚に応じたんですか?」
「おい……っ」
さすがにそれは、率直が過ぎる。
そう思って斎藤を睨みつけたのだが。春野さん達は変わらずに笑顔で。
「ひえ~っ! 妻から聞いてた通り、斎藤さん、辛口ですね~!」
「あははっ、それが斎藤さんの良い所なんだってば! そうなんですよ斎藤さん! 私、未だにこの人にときめいちゃう事なんてほぼ無いんです! なんていうか、恋を飛び越えって、愛になっちゃった感じ!」
「恋を飛び越えて……愛……?」
「恋人にしたい男と、結婚したい男は違うってよく言うじゃないですか。そんな感じです。旦那よりカッコよくて、一緒にいて楽しい男なんて世の中に腐る程いると思うんですよ。でも……大変な時、力を合わせて乗り越えて行けるのは……この人だなって」
「成程……」
小さく頷く斎藤の隣で……あの日の事を想い出す。
空に昇って行く、あの人の煙を見つめながら……唯と寄り添った、あの時間。
唯も……春野さんのように想ってくれたから、俺との結婚を受け入れてくれたんだろうか。
だとしたらそれは、喜ぶべき事なのかもしれない。
なのに、この胸の中のモヤ付きは、なんだ。
『これだけ恩を売っておけば、断れないだろうな思って』
同じ、じゃない。
彼はきちんと、気持ちを伝えた。恩を網にした。でも俺は……盾にした。これまでも、これからも、ずっと。
ずっと……? それでいいのか?
唯への想いを隠したまま、蓮さんと唯の一挙手一投足に感情を乱されて……?
「色んな愛の形があるんですね……。でも私は……恋人にしたい人と、結婚したいですが」
他の参列客の元へ挨拶に行った新郎新婦を見送りながら、呟く斎藤。
「……同感」
率直な感想……再び。
とても良い、ウェディングパーティーだった。
新郎新婦も、参列客も、笑顔で。
でも俺は……幸せオーラに包まれる会場の中で一人、孤独を感じていた。
ヨーロピアンな雰囲気の、おしゃれなレストラン。
10卓程並んだテーブルの上に置かれたネームプレートに視線を走らせて、自分の座席を探していたら……新婦の春野さんが声をかけてくれた。
「春野さん。本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます! お仕事でお疲れの所、すいません」
「とんでもない……お招きありがとうございます」
「斎藤さんも、ありがとうございます! 相変わらず美しい! 今日の主役は私の筈なのに、霞んじゃう~!」
「私如きがいくら着飾ろうと、花嫁さんの輝きは少しも色あせません。春野さん、本当にお綺麗です。おめでとうございます」
俺と斎藤の言葉に、満面の笑みを浮かべてくれる春野さん。
確かに、綺麗だ。Aラインのシンプルなウェディングドレスは、レストランの落ち着いた雰囲気とも良く合っている。
「あっ、こっちこっち! 紹介しますね! うちの旦那です!」
春野さんに手招きをされ、少し離れたところにいる新郎らしき男性が、こちらに小走りで近付いて来た。
「は、はじめまして! 夫の飯塚です! あっ、所属は総務部です! 妻がいつもお世話になっております!」
「こちらこそ、お世話になっております。本日はおめでとうございます」
「とんでもな……う、うわ……ホンモノ……っ」
なにやら、えらく緊張している様子の新郎は、口元に手を当て……俺をジロ見している。
「あ~、すいません! うちの旦那、今日仁さんに会えるの、めちゃくちゃ楽しみにしてたんですよ! 仁さんはスターですから!」
「もう、恥ずかしいなぁ~! 言うなよ~!」
「ふふっ、感謝しなさいよ~? 私が仁さんにスカウトされてなければ、総務のペーペーのが、SSSの仁さんに会える機会なんて、一生無かったんだからね!」
俺達の前で新郎をディスる春野さんに、どうリアクションしたものかと困惑していたけれど……新郎は怒りもせず、照れくさそうに笑っている。
うん。そうか。既に尻に敷かれている感じか。こういう夫婦の形も、ほっこりしていいよな。
「春野さんが職場内結婚されるなんて、驚きました。馴れ初めをお聞きしてもよろしいですか?」
恋愛結婚に憧れている斎藤が、探りを入れる。
「人様に話す程、ロマンティックなものじゃないんですけど……。私、アスカに転職してからいっぱいいっぱいで……総務的な手続き、滞りまくってたんですよ。ほら、入職手続きって結構面倒じゃないですか? 書かなきゃいけない書類も山ほどあるし。それを親身になって手伝ってくれたのが、旦那だったんです。でもこの人……初めから下心アリアリだったみたいで」
イタズラっぽい笑みを浮かべながら、夫を肘で小突く、春野さん。
「えへ……で、ひとしきり手続きが終わった後、食事に誘ったんですよ。これだけ恩を売っておけば、断れないだろうな思って」
「……それはある種のパワハラというかセクハラというか、ですね」
率直すぎる感想を口にする斎藤に、新郎新婦は口を開けて笑った。
「そうなんですよ~! でも俺、一目惚れだったんで! めっちゃ大好きだったんで! どんな手を使ってもモノにしたかったんですよね」
「……素敵ですねっ」
斎藤に続きまして、俺も率直な感想を述べさせて頂く。
だって、すっげー気持ちわかる。
俺も、同じような手口で愛する女性を妻にしたクチだから。
「春野さんはそんな追い込み漁のような手口に引っかかって、好きでも無い相手との結婚に応じたんですか?」
「おい……っ」
さすがにそれは、率直が過ぎる。
そう思って斎藤を睨みつけたのだが。春野さん達は変わらずに笑顔で。
「ひえ~っ! 妻から聞いてた通り、斎藤さん、辛口ですね~!」
「あははっ、それが斎藤さんの良い所なんだってば! そうなんですよ斎藤さん! 私、未だにこの人にときめいちゃう事なんてほぼ無いんです! なんていうか、恋を飛び越えって、愛になっちゃった感じ!」
「恋を飛び越えて……愛……?」
「恋人にしたい男と、結婚したい男は違うってよく言うじゃないですか。そんな感じです。旦那よりカッコよくて、一緒にいて楽しい男なんて世の中に腐る程いると思うんですよ。でも……大変な時、力を合わせて乗り越えて行けるのは……この人だなって」
「成程……」
小さく頷く斎藤の隣で……あの日の事を想い出す。
空に昇って行く、あの人の煙を見つめながら……唯と寄り添った、あの時間。
唯も……春野さんのように想ってくれたから、俺との結婚を受け入れてくれたんだろうか。
だとしたらそれは、喜ぶべき事なのかもしれない。
なのに、この胸の中のモヤ付きは、なんだ。
『これだけ恩を売っておけば、断れないだろうな思って』
同じ、じゃない。
彼はきちんと、気持ちを伝えた。恩を網にした。でも俺は……盾にした。これまでも、これからも、ずっと。
ずっと……? それでいいのか?
唯への想いを隠したまま、蓮さんと唯の一挙手一投足に感情を乱されて……?
「色んな愛の形があるんですね……。でも私は……恋人にしたい人と、結婚したいですが」
他の参列客の元へ挨拶に行った新郎新婦を見送りながら、呟く斎藤。
「……同感」
率直な感想……再び。
とても良い、ウェディングパーティーだった。
新郎新婦も、参列客も、笑顔で。
でも俺は……幸せオーラに包まれる会場の中で一人、孤独を感じていた。
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