死ぬほど愛しているけれど、妻/夫に悟られるわけにはいかないんです

杏 みん

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171.温泉大好き

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 「あれ? 蓮ちゃん? 皆とお風呂入らないの?」

 トップバッターの斎藤さんが出て来て、男性陣は皆仲良く入浴中だと思っていたら。
 蓮ちゃんは、リビングのソファーに座っていて。

 「うん。大勢で入るのが苦手で」

 「……そうなんだ」

 「あれ? 清香は?」

 「ベッドメイキングしてくれてる。自分がやるから、休んでてくださいって、言ってくれて」

 「そっか。……ルイボスティー飲む? 中から温めた方がいいんじゃない?」

 「……あ……ありがとう」

 お礼を言って、ソファーに座る。入れ替わりに立ち上がり、キッチンへ向かう蓮ちゃん。
 さすがだ。私が薬飲んだり、ちょこちょこお腹をさすっていたの、気付いていたんだろうか。
 
 「運が悪かったな。旅行と重なるなんて」

 「ううん、私も楽しみにしてたから……来れて良かった」

 「仁ともようやく、くっついたし?」

 蓮ちゃんはケトルからカップをお湯を注ぎながら、にっと笑った。

 「なんか……まだ信じられなくて、ふわふわしちゃう」

 「ふふ。はたから見てると、すでに幸せオーラが出てるよ」

 「えっ、そうかな?」

 なんだか、照れくさくて、顔が熱くなってしまう。

 「蓮ちゃん、ありがとうね。色々……蓮ちゃんのお陰で私、本当に……」

 「唯の幸せが俺の幸せだから。……あ、こんな事言うと、また私の幸せを勝手に決めるなって、怒られちゃうかな」

 「あっ、あれは……その……ごめんね……?」

 「冗談だよ」

 慌てて俯く私に、いたずらっぽい笑顔を返してくれる。本当に、泣けちゃう位優しい人。

 「蓮ちゃん……私も、蓮ちゃんには幸せになって欲しい。だからこれから先、何かあったら頼ってね。蓮ちゃんの周りには、助けてくれるすごい人が大勢いると思うけど……私は蓮ちゃんの幸せの為ならなんだってするからね」

 「うん。ありがとう」

 「……だから、聞いてもいい? 背中の、傷の事」

 だからという接続詞でつなげるには、不自然な質問。
 蓮ちゃんの表情が、一瞬、固まる。

 「皆とお風呂入らないの、傷を見られたくないからなのかなって」

 蓮ちゃんは皆とワイワイお風呂、とか、嫌いじゃない筈。
 傷を見られて、心配かけたり、詮索されるのが嫌なのかな。なんて思ったんだ。

 「……小さい頃の怪我の跡なんだけどな。人が見て、気持ちのいいものじゃないから」

 「嘘。高校生の頃は、そんなのなかったじゃない」

 「あ、逆セクハラ」

 「蓮ちゃんっ」

 はぐらかそうとする蓮ちゃんに、抗議の声をあげる。

 「はは、ごめんごめん。……事故に、あってさ。唯と別れた後」

 「ええ!? 事故って、交通事故って事!?」

 「うん。でも大した怪我じゃなかったし心配しないで。傷跡だけ見ると痛々しいんだけど」

 「そうだったんだ……ごめん、私何も知らずに……」

 「謝るなよ。俺の方から音信不通になったんだから、知りようがない」

 「……なんか、怖いね」

 知らないうちに、知らない所で、大切な人が傷を負っている。
 大した事無かったなら、よかったけれど。

 「人間て、いつ何があるかわからないよね。今日こうして話してても、明日も同じように出来る保証なんて無い」

 「……そうだな。怪我した時に、それは痛感したかも」

 「私、何があっても後悔しないように、毎日を大事にしたいな」

 「唯なら大丈夫だよ。今日、その大きな一歩を踏み出せたわけだし」

 そう言いながら、私の頭をポンポンしてくれる蓮ちゃん。

 「仁と……幸せにな」

 「うん。ありがとう。蓮ちゃん」


 その手の温かさが、とても心地よくて……。

 私はその裏に隠された冷たい悲しみに、気付けずにいたんだ。
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