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229.ナポリタンは甘めが好き
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「防衛にでも、異動させてもらうかな……」
「ええ?」
我が家で飲んだくれた翌日。
社内食堂で遅い昼食を取りながらボソっと言うと、向かいに座る一輝は目を丸くした。
「社長のご厚意ってやつに、やっぱり甘えてみようかと」
「どうした仁?」
「後継者への道、と思ってスカウトマンやってきたけどさ。スカウト課で出世となったら次は課長じゃん? でも、世話になってきた今の課長をどかすようなマネは、やっぱしたくねぇし。もうチーフにはなったから、他の……戦闘力活かす系の部署に異動して、ガンガン仕事こなせばいい感じにステップアップして行けるんじゃねぇかな……」
「……なるほど。唯ちゃんを忘れる為ね」
シャツを汚さないよう、ナポリタンを慎重に口運んでいた手を、止める。
「社長の申し出を断ったのは、唯ちゃんを愛するプライドゆえ。ならそれを捨てて社長にすがってみれば、今度こそ唯ちゃんを忘れられる……。どう? ピンポン?」
「……ピンポン」
赤くなった唇を紙ナフキンで拭いながらそう答えると、一輝は『いぇ~い』と、大して嬉しそうじゃないガッツポーズをみせた。
「よくわかるよな」
「何年一緒にいると思ってんの。ま、いいんじゃない? SSSのスサノオなら防衛もウェルカムだろうし。仁パパも喜ぶっしょ」
「……うん。美琴との結婚も、真面目に考えてみようと思う」
「自分を制し縛る為の結婚、ね。いいんじゃない? 美琴ちゃん理解あるし、仁も気楽でしょ」
こんな不純な動機での結婚に賛成してくれるのも、こいつくらいだろうな。
「美琴ちゃんと結婚して子供でも出来ちゃえば、自然と唯ちゃんの事はどうでもよくなるだろうしね」
「子供……か」
唯との未来以外を想像した事が無さ過ぎて、ピンとこないけど。
「まぁ……授かりものだし、美琴の都合や希望もあるだろうし……それも話し合ってみるわ」
「そうしなよ。……仁が本当に、それでいいなら」
天蕎麦をすすりながら、何やら含みのある言い方をする一輝。
「いいもなにも……俺が幸せになる為には、そうするしかなくね?」
「あ、やば。俺もう戻らないと」
腕時計をチラ見した一輝は、かき込むように蕎麦を口に運び始めた。
「広報はこの時期忙しそうだよな、毎年」
「何度始めから夏くらいまでは、どこもバタバタでしょ。それでも広報はチーム戦だから、昼休憩は交代でとれるし、楽なもんだよ。その点スカウトは大変だよね。今日みたいにアシがいきなり休んじゃったりすると尚更さ。清香ちゃん、体調不良かなぁ?」
「いや、家庭の事情だと。詳しくは聞いてない。飛鳥家の事情ってことなら、俺には言いにくい事なのかもしれねぇし」
「清香ちゃんも飛鳥の嫁として、色々大変なんだろうね。来月には結婚式もあるし」
「あ……そうか、もう来月か」
「よっし、ご馳走様でした~! じゃあね仁、また!」
せわしなく立ち上がり、食器の乗ったトレーを小走りで返却口で運ぶ一輝の背中を見送ってから……俺は、スマホでスケジュールを確認した。
「結婚式……か」
斎藤達から招待状をもらったあの日が、もう何十年も前の事のよう。
宛名部分の……俺の名前の隣には、大好きなあの子の名前があった。
「唯……」
今度こそ、ちゃんと忘れるんだ。
結婚式で会った時は、何事もなかったように、笑いかけられるように。
そう自分自身に言い聞かせて、俺はナポリタンを食べ進めた。
当然ながら、唯が作ったやつの方が、断然美味かった。
「ええ?」
我が家で飲んだくれた翌日。
社内食堂で遅い昼食を取りながらボソっと言うと、向かいに座る一輝は目を丸くした。
「社長のご厚意ってやつに、やっぱり甘えてみようかと」
「どうした仁?」
「後継者への道、と思ってスカウトマンやってきたけどさ。スカウト課で出世となったら次は課長じゃん? でも、世話になってきた今の課長をどかすようなマネは、やっぱしたくねぇし。もうチーフにはなったから、他の……戦闘力活かす系の部署に異動して、ガンガン仕事こなせばいい感じにステップアップして行けるんじゃねぇかな……」
「……なるほど。唯ちゃんを忘れる為ね」
シャツを汚さないよう、ナポリタンを慎重に口運んでいた手を、止める。
「社長の申し出を断ったのは、唯ちゃんを愛するプライドゆえ。ならそれを捨てて社長にすがってみれば、今度こそ唯ちゃんを忘れられる……。どう? ピンポン?」
「……ピンポン」
赤くなった唇を紙ナフキンで拭いながらそう答えると、一輝は『いぇ~い』と、大して嬉しそうじゃないガッツポーズをみせた。
「よくわかるよな」
「何年一緒にいると思ってんの。ま、いいんじゃない? SSSのスサノオなら防衛もウェルカムだろうし。仁パパも喜ぶっしょ」
「……うん。美琴との結婚も、真面目に考えてみようと思う」
「自分を制し縛る為の結婚、ね。いいんじゃない? 美琴ちゃん理解あるし、仁も気楽でしょ」
こんな不純な動機での結婚に賛成してくれるのも、こいつくらいだろうな。
「美琴ちゃんと結婚して子供でも出来ちゃえば、自然と唯ちゃんの事はどうでもよくなるだろうしね」
「子供……か」
唯との未来以外を想像した事が無さ過ぎて、ピンとこないけど。
「まぁ……授かりものだし、美琴の都合や希望もあるだろうし……それも話し合ってみるわ」
「そうしなよ。……仁が本当に、それでいいなら」
天蕎麦をすすりながら、何やら含みのある言い方をする一輝。
「いいもなにも……俺が幸せになる為には、そうするしかなくね?」
「あ、やば。俺もう戻らないと」
腕時計をチラ見した一輝は、かき込むように蕎麦を口に運び始めた。
「広報はこの時期忙しそうだよな、毎年」
「何度始めから夏くらいまでは、どこもバタバタでしょ。それでも広報はチーム戦だから、昼休憩は交代でとれるし、楽なもんだよ。その点スカウトは大変だよね。今日みたいにアシがいきなり休んじゃったりすると尚更さ。清香ちゃん、体調不良かなぁ?」
「いや、家庭の事情だと。詳しくは聞いてない。飛鳥家の事情ってことなら、俺には言いにくい事なのかもしれねぇし」
「清香ちゃんも飛鳥の嫁として、色々大変なんだろうね。来月には結婚式もあるし」
「あ……そうか、もう来月か」
「よっし、ご馳走様でした~! じゃあね仁、また!」
せわしなく立ち上がり、食器の乗ったトレーを小走りで返却口で運ぶ一輝の背中を見送ってから……俺は、スマホでスケジュールを確認した。
「結婚式……か」
斎藤達から招待状をもらったあの日が、もう何十年も前の事のよう。
宛名部分の……俺の名前の隣には、大好きなあの子の名前があった。
「唯……」
今度こそ、ちゃんと忘れるんだ。
結婚式で会った時は、何事もなかったように、笑いかけられるように。
そう自分自身に言い聞かせて、俺はナポリタンを食べ進めた。
当然ながら、唯が作ったやつの方が、断然美味かった。
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