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大抵の愚行の始まりは、何かしらへの愛情

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 「エレナ嬢。よろしければ、お送りいたしますよ」

 「……なぜ私の名前を?」

 晩餐会を終え、城門へと続く通路を歩くエレナ嬢に声を掛けると、彼女は不信感丸出しの目で、俺を睨んだ。

 「というか……女王様の護衛騎士様が、お仕事をさぼってナンパとは。いいご身分ですわね」

 「おや。よく私の事をご存知で。私の記憶が正しければ、お話しするのはこれが初めてでは?」

 「いつも公の場で、陛下の傍らに控えていらっしゃるでしょう。嫌でも目に入るわ」

 「刺々しいお言葉ですね。まあ無理もないでしょうか。なにせ私は……」

 あなたの計画を邪魔した憎い男ですからね。
 そう耳元で囁くと、エレナ嬢はたちまち青ざめた。

 「門の所に馬車を用意しています。ご自宅までの道中、色々と……お聞かせ頂けますね?」

 震えながらうなずく女王暗殺犯。
 やはり、間近で見ると、中々可愛い。

 もったいない……。
 
 キャンベル子爵家は決して裕福ではないが、古い家柄だ。王族からの信任も厚い。それに、この器量ならばきっと婚約を申し込んでくる男は数多いるだろうに。
 あのチャラ男に熱を上げたせいで、愚かな謀反人に成り下がるとは。

 でも、それが愛だ。

 人間をどこまでも愚かに、凶悪にさせる、猛毒。

 城の方へ視線を向ける。
 謁見の間のバルコニーから、こちらを見下ろす人影。 

 遠目でも、夜の暗がりの中でも、今あの方がどんな表情をしているのか、わかる。
 子供の頃からずっと、みてきたから。

 俺も毒されているのだ。あの美しいひとに。

 王族殺しの逆賊をかばうなど、騎士にあるまじき愚行。

 それでも俺はやる。陛下の為に。そして――うりふたつな従妹いとことやらを、紹介してもらう為に――。 
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