女王様に恋する騎士は身分違いに悩むが、問題はそこではなかった

杏 みん

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世界は広いけど世間は狭い

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 カッペリーニ。「髪の毛」の意味を持つ、ロングパスタの中でも最も細いもの。

 「いやぁ~しかし驚いたわ。まさか領主様が王族だったなんて。式典から一日経つのに、町の皆も基地の人間も、みーんな未だに興奮状態よ」

 その細さゆえに火が通りやすく、通常のパスタのように茹でた後にオイルと炒めるとベトベトになって、食べれたものじゃない。だからもっぱら冷製用のパスタとして用いられている。
 
 「しかも女王様とうり二つだし! 領主様がここにいらした時、あんたが驚いてた意味がわかったわ」

 トマトのカッペリーニは俺の夏の定番ランチだ。
 汗ばむ時期になると、軽いその食感と、さっぱりとした後味を、体が欲する。

 「まぁ確かに綺麗な人だったわよ。あんたが熱を上げるのも納得できる位。ロングドレスだったから、美脚ぶりは拝めなかったけど」

 バジルが入っていると、尚良い。トマトの赤に緑が加わって見た目も鮮やかになるし、あのフレッシュな芳香は、暑さで減退しつつある食欲を蘇らせてくれる。

 「うん、うまい。君の料理にはハズレがないなジェニー。このトマトのカッペリーニも最高だ」

 「……あんたと話してるとさ、度々会話が一方通行になるよね。まあ、少しは慣れてきたけど」

 式典の翌日。非番の俺は、起きてすぐに日課であるランニングと筋トレを済ませてから、食堂にやってきた。
 目的は2つ。一つはジェニーに、好物であるトマトのカッペリーニを作ってもらう事。そしてもう一つは……

 「ところで、君に頼みがあるんだが」

 「なによ……? おだてられた後の頼み事とか、嫌な予感しかしないんだけど」

 「来月、一緒に俺の実家に来て欲しいんだ。君の事を皆に紹介したい」

 「は!?」

 朝食には遅く、昼食には早い時間帯。俺以外に誰も利用者のいない食堂に、ジェニーの声が響く。

 「ちょ、ちょ、何言ってんの!? それ、色々順番すっ飛ばしてない!? ていうか、あんたは女王様一筋だって言ってたじゃない!」

 「ああ、だから陛下にも紹介できればと思っている」

 「意味わかんない! いやよそんな修羅場!」

 「修羅場……? 大丈夫、いくら陛下がトマト嫌いでも、君がトマト料理を作った位で感情的になるお方ではないさ」

 「へ……?」

 ジェニーの口と目が、パカっと開く。
 はて。俺の発言に、そこまで彼女を驚かせる要素があったろうか。

 「来月、父の追悼記念集会があるんだ。生前父と縁のあった人々が、大勢実家にやってくる。勿論女王陛下も。その茶話会で出す小料理を、君にふるまってほしいんだ」

 「あ……あ~料理? ……なんだ、そういう……あたしはてっきり……」

 なぜだか顔を赤らめ、バンダナの上から頭をガシガシとかくジェニー。

 「わかった。そういう事ならオーケーよ。後で日程教えて? 休みが取れるか確認してみる」

 「ありがとう。うちの実家にも料理人はいるから、彼らと協力して貰うようになるけれど……君には主にトマト料理を担当してほしいんだ。さっきも話した通り、陛下はトマトが苦手でいらっしゃるのだが……君の料理はどれも美味しいから、これを期に克服して頂きたくて」

 「へ~、女王様のトマト嫌い、まだ直ってないんだ?」

 「?」

 ジェニーの言葉を繰り返してしまう。事情を知った風な言い方が、ひっかかって。

 「あたしのママがね、前の女王様に相談されてたのよ。王女様でも食べられるような、中身がどぴゅっと出ないトマトを作れないかって」

 「前の女王って……アリシア様が、君の母君に。という事か?」

 「ママは農耕・畜産研究家ってやつでさ。その道では結構有名な、すごい人だったのよ。紅薔薇の勲章だって貰った事あるんだから」

 「紅薔薇……! 薔薇の勲章の最高位じゃないか! それはすごいな!」

 驚く俺に、ジェニーは誇らしげに胸を張った。

 「ママはね、アリシア女王様の命を受けて、あちこちの土地に行っては、農業の知識や技術を広めてたのよ。お城にも度々出入りしてて……その時に、トマトの相談受けたんだって。
 あ、ちなみにここの領主様に、最初に農業のノウハウを教えたのも、うちのママだからね」

 「どうしてそんなすごい事、黙ってたんだ」

 「肉と野菜のプロの娘なら、料理がうまくて当然。なんつー高いハードルを設置したくなかったのよ。それに……もうこの世にいない人の自慢話するのも、ね……」

 いつもの気取らない彼女の笑顔に、影が落ちる。

 「あんたのパパさんと同じ。うちのママも事故で死んだの。何年も前にね」

 「そうか……。すまない、悲しい事を思い出させて。予期せぬ突然の別れは……辛いものだよな」

 父が亡くなった時の事が脳裏に浮かび、俺の心にも薄暗い悲しみが蘇ってくる。

 「そうね。本人たちも、言い残した事あったでしょうしね」

 「言い残した事……か……」

 そんな風に、考えた事はなかった。

 父にもあるんだろうか。俺に伝えたかったけれど、伝えられなかった事が。

 それが、アリシア様との関係? 俺と陛下が兄妹だという事実なのか?

 それとも……

 もし父の幽霊に会えるのなら、尋ねてみたい。
 俺と陛下の関係について。

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