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まっとうなキレ方でも後でキレた方は逆ギレと言われ何だか不利になる

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 「陛下? ご気分でも?」

 『禁断の関係疑惑』が晴れたというのに、表情に全く陽のささない陛下のご様子が気になって……庭へと戻る途中の長廊下で、声を掛けてみた。

 「いえ、そういうわけではないの。ただ……兄妹では無いと聞いてホッとした半面……本来の問題の存在を、思い出してしまって」

 本来の問題――。
 陛下がひた隠しにしていらした、俺達の間に立ちふさがる壁。陛下を苦しめている、元凶。

 「……お話し頂けませんか。それが、何なのか」

 「いいえ。やっぱりダメ。言えないわ。あなたにはこの家を継ぐという大切な使命がある。その為に、リナルドおじ様のいう“秘密”を探求しなくてはならない……。きっと簡単な事ではないでしょう? だから、あなたを私の問題に巻き込むなんて……やっぱり出来ないわ。ごめんなさい……私の事はもう……忘れて下さい」

 思いつめた表情で、首を左右に振る陛下。

 両耳のピアスがペチペチと頬にあたる。

 ――デジャヴ。
 陛下に『自分は男だ』と、嘘の告白をされた時の事を思い出す。
 
 しかし、その様が愛らしいだなんて呑気な感想を抱く余裕は……今の俺には無かった。
 
 「もおぉぉぉぉぉぉぉ!! いい加減にしてくださいよ!!」

 湧き上がって来たのは、愛おしさ故の怒り。

 突然キレた俺に、肩をびくつかせて驚かれる陛下。

 「ここまで来て、それはないでしょう!? 男でも妹でも構わないって言った俺の愛の深さ、いい加減わかって下さいよ!! こんな俺ならどんな事態も受け入れられるって、信じて下さいよ!! ここ数か月、壁が出来ては乗り越え、出来ては乗り越えしてきた俺の頑張りは一体何だったんですか!? さっきまで手を握り合って、2人なら何でも乗り越えて行ける……みたいなポジティブラブモードになってたのに!! あれも無かった事にされるんですか!? ウジウジ一人で悩むくせに、時々思わせぶりな事言って、だけど最後は結局蚊帳の外に放り出す、みたいなめんどいプレイはもう勘弁してほしいです!! 俺はもう、結構疲れてきましたよぉぉ!!!」

 呼吸すら忘れる程の勢いで、一気に不満を吐き出した。

 息を乱す俺を前に、陛下は茫然と立ち尽くす。

 「はぁ……っ。でも……はぁ……いくら疲れても、イライラしても……はっ……、もうやだ、もういーやなんて……思えないんです……はぁ、はぁ……」

 前かがみになって両手を膝につく。苦しい。
 日課のランニングでも、こんなに呼吸が乱れた事は無い。

 こんなにも胸が痛むのは……息継ぎ無しにわめいたせいで、酸素の需要量が供給量を上回ったから……だけではなくて……。

 「……俺も、苦しいんです。あなたと苦しみを共に出来ない事も……苦しみを共に出来ないと、あなたに思われている事も。俺は何があっても、受け止める覚悟でいます。秘密だろうが苦しみだろうが、あなたをとりまく負の要素ごと、あなたを愛してみせますから……!!」

 未だツンと痛む胸のあたりを手で抑えながら、顔を上げ、ローラ様を見つめる。

 我が愛しの女王陛下は……目にたくさんの涙を浮かべ、肩を震わせていた。

 「……ローラさ」

 「いい加減にしてほしいのはこっちの方よ!!!」

 え。

 『ありがとう』と号泣しながら、俺の胸に飛び込んでくる。
 みたいな展開が……陛下の涙を見た瞬間、頭に浮かんだのだが。

 待っていたのは、まさかの逆ギレ。

 空気の振動を体感できる程の大声で、陛下は俺を怒鳴りつけた。
 
 「一体何年あなたにストーカーされてると思ってるの!? あなたの愛の深さなんてとっくにわかってる!! あなたなら、全てを知っても私を愛し、尽くしてくれるに決まってるわよ! たとえ自分を犠牲にしてでも! 
 だから私はあなたを突き放したの! 好きだから! あなたを不幸にしたくなかった! 平凡な幸せを手に入れてほしかった! その為なら、他の女にとられても耐えようって決めたの!! わかる!? これ結構な苦行よ!? あなたがソレリといる所を想像するだけで、嫉妬で狂いそうになったわ!! だってソレリは巨乳だもの! あの豊満な胸に、あなたはさぞ興奮しているだろうと……それこそ、禊ぎの間で私の貧乳を見て噴き出した鼻血とは非にならない量の血を、ブーブーブーブー出してるのだと思うと、たまらなく胸が痛んだ!! いっそ出血多量で死んでしまえと呪ったりもした!! 
 あなたの幸せを願っておきながら、そんな感情を抱くなんて矛盾してるって……随分苦しんだわ!! 迷いもした!! だからその場その場で言動がブレちゃったの! でも仕方ないじゃない人間だもの!! こんな私の気持ち、あなたは考えた事がある!?」


 静まり返る、廊下――。


 陛下の、乱れた吐息の音だけが、繰り返し響く。

 「あ……あ、ありませんでした……すいません…………」

 目の前の美しい方とは、かれこれ10年以上のお付き合いになるが……これ程までに感情をあらわにされた所は見た事が無い。
 
 俺の知っているローラ様は、いつも穏やかで寛大で忍耐強くて……男女のいさかいで声を荒げるようなお方では、決してなかったから。

 でも……

 「あの……陛下、ありがとうございます。こんなにもお心の内をさらけ出して下さって……俺は、嬉しいです……隠されたり、庇われたりするよりも、よっぽど……」

 「はぁ、はぁ……はっ……はぁ……」

 お言葉は……まだ返して頂ける状態にないようだ。
 息づかいがモールス信号になっているのではと一瞬勘繰りはしたけれど……真っ赤な顔で、息も絶え絶えな今のローラ様に、そんな余裕があるとは思えない。

 「陛下……その、お辛そうな所、大変申し訳ないのですが……」

 「な……はぁ……っなによ……っはぁ……」
 
 「抱きしめても、よろしいですか?」

 「はぁ……っ、ダメって言っても……はっ……するのがあなたでしょう!?」

 陛下は俺を睨みつけながらそうおっしゃったけれど……それはきっと『ノー』の意思表示では無い。
 そう判断した俺は、そのお体を強引に抱き寄せた。

 「も……はぁっ……あなたはいつも自分の事ばかりよ……自分は愛している、自分は受け入れられる……私の気持ちなんて、全部無視……!」

 「申し訳ありません……。ですが、自分の幸せは自分で決めます。俺の幸せを願って下さるなら、俺を不幸にするかもしれないという苦しみに、耐えて下さいませんか? あなたと共にありたいというこの想いを叶える為に……俺を巻き込む勇気を出して頂けませんか?」

 「また自分の事……! はぁ……、もぉ……ほんとに、あなたなんて鼻血の出し過ぎで倒れちゃえばよかったのよ……!」

 「悔しいなら、ローラ様もご自分の事だけを考えればいいんです。あなたはどうしたいのですか? 余計な不安や、配慮を取り覗いた後に残る、心からの願いは、一体何なのですか?」

 売り言葉に買い言葉、的な俺の返しに、嗚咽しながらも息を整え、返答の準備をなさる、陛下。

 「……あなたと……ずっと一緒にいたい……!」

 俺の恋する女王陛下は、絞り出すようにそれだけを言うと、子供のように泣きじゃくった。

 そんな陛下を抱いていると、愛おしさが胸いっぱいに広がって……なぜだか俺まで泣き出しそうになってしまう。

 「愛しています。こんなにも……こんなにも誰かを愛する事が出来るなんて……あなたに出会わなければ、到底知り得なかった事です」

 陛下の頬を濡らす涙を、指先で拭う。

 少しずつ呼吸の整ってきたローラ様は、真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。
 
 「……今夜12時、恵みの間にきてちょうだい。あの日、あなたを逃がした隠し通路から入って。裏門に続く出口の鍵を開けておくから……そこで、全てを話します」
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