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ダサいって結構ショック

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 「レオは……どう思う? 私はどうすれば、神のお許しを乞える――」

 「許しなど、求める必要はありません! 陛下のご健勝を軽んじるようなバカ神は、あてにしなくて結構! もう絶縁してしまいましょう!」

 指先で涙を拭いながら、尋ねて来られた陛下だったが……。
 質問にそぐわない俺の返答に、またも唖然とされていて。

 「ぜ、ぜつ……でも、そんな事をしたら……ますます神の怒りを買うのでは? そうしたら、この国はどうなるか……」

 「大丈夫です! 奴が怒り任せに何をしてこようが、私が必ず、陛下を国ごと守りします!! 私はあなたの……女王陛下の、護衛騎士ですから!!」


 熱く言い切った俺の真剣な顔が、透き通った碧眼に映る。

 しばしの沈黙の後、陛下はふっと、息を吐くように笑った。

 「もう……やめてしまった人に言われても、ね」

 「あ、ええと、正確にはそうですが。たとえ何処で何をしていようとも俺は……!」

 「わかっています。ありがとう、レオ。……あなたがいてくれて……本当によかった……」

 潤んだ瞳で、まぶしい程の笑顔を向けて下さるローラ様。

  「私の方こそ……お話し下さりありがとうございます」

 何でもしよう。何でも出来る。この笑顔を守るためなら――。

 俺は改めて、陛下を強く抱きしめた。

 「今後は是非、苦楽を共にさせて下さい! 私に、考えが御座います!」

 「……というと?」

 「専門家を招集するのです。気象、農耕、畜産、社会、経済、医療、衛生……あらゆる災害を予測し得る専門知識を持った……いわば、啓示代作委員を!」

 「啓示代作委員……」

 俺が今この場で作った造語を、確かめるように繰り返す陛下。

 「あ……もう少し、実体を推定しずらい呼称の方がよろしいでしょうか? 万一部外者に聞かれてしまった時の事を考えて。それじゃあ……ええと……」

 「いえ、私は別にそういう事を言いたいわけじゃ」

 「では……陛下と祖国を、知識を武器にお守りする兵士達、という意味で……“クイーンズ・ソルジャー”というのはいかがでしょう!? まるで物語に出てくるヒーローのようではありませんか!? ちょっと慣れて来たら、ソルジャー・レオナルド、とか、そういう感じに呼び合って――」

 「代作委員にしましょう」

 「え、お気に召しませんでしたか?」

 「なんだか、聞いてる方が恥ずかしくなります。ごめんなさい、言葉を選ばずに言わせてもらうと……絶妙にダサい」

 せっかく、ハイセンスな呼名を思いついたのに。受け入れて頂けなかった事に、少なからず肩を落としてしまう。

 「というか……そもそもレオは、そんな事に時間を費やしていていいの? レノックス伯爵位を継ぐためには……紅薔薇の秘密とやらを明らかにしなければならないのでしょう? 協力してくれるのは嬉しいけれど……あなたに自己犠牲を強いるのは、本意ではありません」

 「少しでも陛下のお役に立つ事が、私の幸せです。それに……たとえ私が爵位持ちになった所で、こんなにも大きな不安を抱えたままでは、陛下は私との交際に踏み切れないのではありませんか?」

 「それは……」

 図星。
 わかりやすく目を反らすローラ様の表情が、そう語っている。

 「私は、少しでも早くあなたのお心を楽にして差し上げたいのです。そして少しでも早く……手をこう、指を絡ませるように繋いでお忍びデートをしたり、お揃いの指輪を贈り合ったり、暑い中熱い事をするとかえって気持ち良いですねとか言って、汗をかきながらベッドで」

 「いいですいいです、もう結構。あなたが良いなら、もう何も言いません。ご厚意に甘えて、遠慮なく協力を要請致します」

 心なしかわずかに頬を赤らめながら、陛下は小さな手の平で俺の口を塞いだ。
 香水なのか、体臭なのか、はたまた入浴時に使った石鹸なのか……甘い匂いが、至近距離から鼻腔を貫く。

 「それで……専門家を集めるというのは……簡単に言うけれど、あてはあるの?」

 「はい。お任せ下さい。既に数名の候補者が、頭に浮かんでおりま」

 「あたしも入れて下さい!!」

 俺と陛下。2人きりで成り立っていた会話に、突如加わった3人目の声。

 驚き、振り返る俺達の目の前にいたのは――

 赤毛の天才料理人、ジェニー・ローランだった。
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