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『陛下への……言葉使い、ですか?』
『ええ。正式には、もうあなたは私の護衛騎士ではないわけだから、必要以上に丁寧でなくても良いと思うの。今後は今まで以上に色々な事を話し合わなければならないでしょう? かしこまった話し方は気を遣うでしょうし、回りくどい言い方になって、真意を伝えるまでに時間がかかるのではない?』
『お気遣いありがとうございます。しかし、私の言葉使いは陛下への敬意の現れですし、それを負担に思った事はありません。私はさして遠回しな言い方もしていませんから、ソルジャーズの話し合いにも特段支障は無いかと』
『……なにも、全面的に変えて欲しいと言っているわけではないの。その……部分的に少しずつ砕けさせてみてはどうかしら』
『と、申しますと?』
『自分の事を“私”……と呼んでいる所を……“俺”……にするとか……』
『それは……些細すぎませんか? そんな事が時短に繋がるとは思えませ』
『でも、ジェニーには“俺”でしょう?』
『は……?』
『私には、取り乱した時だけ、“俺”』
『そ、それは全くの無意識でした! すいません、陛下に対して“俺”だなんて』
『……つまり、“俺”って言ってる時の方が、素のあなたという事よね?』
『そ……う、なんでしょうか? 自分ではよく……』
『だったら……私にも……“俺”って、言って欲しいのよ……』
「にゃぁあああああああ!!」
「うわぁあああ!!!! びっくりしたあああ!!! 何よレオ!! いきなり!!」
溢れる幸福感にたまらず叫んだ俺を、ジェニーは青ざめた顔で見た。
「すまない……! 何て言うかもう、ハッピーが止まらなくて!」
つい1時間程前には、この薄暗い通路をびくびくと怯えながら通ったのに。
今はまるで、太陽の光を浴びながら花畑をスキップしているような気分。
「さっきの、女王様からの相談てやつが、あんたを気持ち悪くニヤつかせてんの?」
「はぁあ~……! 陛下はどうしてああも可愛らしくていらっしゃるのだろう……! あんな、あんな事を俺にしか聞こえない声で囁かれたら……! 褒めてくれジェニー! あの場で陛下を押し倒さなかった、俺の強靭な理性を褒めてくれ!」
「わかったわかった……あんたと女王様がすごぉ~くいい感じなのは、よぉ~くわかったわよ。女王様も不思議なお方ね。至極まともな、いい人なのに……どうしてあんたみたいな男を選んだのか……」
ジェニーはそう言うと、呆れた様子でため息を吐いた。
俺は自分がけなされているにも関わらず、大きく頷いてしまう。彼女の意見には大いに賛同できるものがあって。
「そうだな、それは俺にも謎だ。あれ程のお方が俺を想って下さるなんて……幸運としか言いようが無い。だが……陛下には他に選択肢が無かっただけのかもしれない、とも……思うんだ」
「なにそれ? どういう事?」
手にしたランタンを俺の顔に向け、首をかしげるジェニー。
「陛下が物心ついた頃、傍にいる同年代の異性は俺だけだった。陛下も以前おっしゃっていたんだ。“あれだけの時間を一緒に過ごしてきたら、好きにならない方がおかしい”と……」
禊ぎの間でのやりとりを、思い出す。
嬉しかった。長年思い続けてきた女性が、自分と同じ気持ちでいてくれた事が。
けれど……気付いたんだ。『同じ』では無いと。
陛下のあの、おっしゃりようを、後から冷静に思い返した時に。
「俺はずっと陛下のお傍にいた。陛下への恋心を自覚してからは、あの方に下心を持って近付く男を、追い払ったりもした。つまり……俺が、奪ってしまったんだ。陛下が俺以外の誰かに、恋をする機会を……。
だから、陛下は俺の様に能動的に、俺を愛して下さっているわけじゃない。啓示の秘密の事だって……恐らく従妹のソレリ様には話していたご様子なのに、俺には隠していた。それが……良い証拠だと思う」
「……レオ……」
「慰めは不要だジェニー。あの方のお心がどうあれ、俺の気持ちに変わりは無い。そもそも、10年以上片思いしてきたのだから、なんとなく両思いっぽくなっている現状を夢のように幸せに感じているし……願わくば、陛下がこれが真の愛じゃないと気付く前に、コトに及べたらと」
「いや、あんたみたいにタフな変態を慰めるなんて、無駄な事はしないわよ。……でも一つだけ……。秘密を話してくれなかったから、真の愛じゃないって……それは違うんじゃないの?」
「と、言うと?」
正面を向き、変らぬ速度で歩きながら思わせぶりな事を言うジェニー。彼女の言わんとしている事がわからず……薄明りに照らされたその顔を覗き込む。
「たとえばレオ、あんたが仕事でヤバいミスやらかしたら、率先して女王様に話したいと思う? 男友達や、家族の方が話し易くはない?」
「それは……そうだが」
「人にはさ、知られたくない恥部ってもんがあるのよ。相手が好きな人なら尚更。そういうのを全部さらけ出せるのが、良い関係ってわけじゃいと思う。お互いが秘密を抱えるのを許す事で、相手の尊厳を尊重するっていう関係の方が……あたしは好きだな。
それに……多分、だけどさ。女王様、他の男が近くにいたとしても、あんたの事好きになってたと思うよ。ふふ、趣味悪いよね、ホント」
ジェニーはそう言うと、白い歯を見せて、ニカっと笑った。
嘘の無い笑顔。お世辞やお膳立てではない言葉。
心にかかっていた霞が、晴れて行くのを感じる。
「……ありがとう、ジェニー。さっきといい……君は時々、とても良い事を言うな」
「ふふ、でしょ? あんたも、小さい頃から傍にいるのが女王様じゃなくてあたしだったら、あたしの事好きになっちゃってたかもね」
「すまないがそれは無い。さっき、シースルーな陛下の美脚を拝ませて頂き、改めて思った。俺はやはり……下半身デブは受け入れられない」
その後――。
後頭部に受けた、ジェニーのランタンアタックの痛みは、屋敷に帰った後も続いていたが……
『他の男が近くにいたとしても、あんたの事好きになってたと思うよ』
俺の心は、あたたかなもので満ちているのだった。
『ええ。正式には、もうあなたは私の護衛騎士ではないわけだから、必要以上に丁寧でなくても良いと思うの。今後は今まで以上に色々な事を話し合わなければならないでしょう? かしこまった話し方は気を遣うでしょうし、回りくどい言い方になって、真意を伝えるまでに時間がかかるのではない?』
『お気遣いありがとうございます。しかし、私の言葉使いは陛下への敬意の現れですし、それを負担に思った事はありません。私はさして遠回しな言い方もしていませんから、ソルジャーズの話し合いにも特段支障は無いかと』
『……なにも、全面的に変えて欲しいと言っているわけではないの。その……部分的に少しずつ砕けさせてみてはどうかしら』
『と、申しますと?』
『自分の事を“私”……と呼んでいる所を……“俺”……にするとか……』
『それは……些細すぎませんか? そんな事が時短に繋がるとは思えませ』
『でも、ジェニーには“俺”でしょう?』
『は……?』
『私には、取り乱した時だけ、“俺”』
『そ、それは全くの無意識でした! すいません、陛下に対して“俺”だなんて』
『……つまり、“俺”って言ってる時の方が、素のあなたという事よね?』
『そ……う、なんでしょうか? 自分ではよく……』
『だったら……私にも……“俺”って、言って欲しいのよ……』
「にゃぁあああああああ!!」
「うわぁあああ!!!! びっくりしたあああ!!! 何よレオ!! いきなり!!」
溢れる幸福感にたまらず叫んだ俺を、ジェニーは青ざめた顔で見た。
「すまない……! 何て言うかもう、ハッピーが止まらなくて!」
つい1時間程前には、この薄暗い通路をびくびくと怯えながら通ったのに。
今はまるで、太陽の光を浴びながら花畑をスキップしているような気分。
「さっきの、女王様からの相談てやつが、あんたを気持ち悪くニヤつかせてんの?」
「はぁあ~……! 陛下はどうしてああも可愛らしくていらっしゃるのだろう……! あんな、あんな事を俺にしか聞こえない声で囁かれたら……! 褒めてくれジェニー! あの場で陛下を押し倒さなかった、俺の強靭な理性を褒めてくれ!」
「わかったわかった……あんたと女王様がすごぉ~くいい感じなのは、よぉ~くわかったわよ。女王様も不思議なお方ね。至極まともな、いい人なのに……どうしてあんたみたいな男を選んだのか……」
ジェニーはそう言うと、呆れた様子でため息を吐いた。
俺は自分がけなされているにも関わらず、大きく頷いてしまう。彼女の意見には大いに賛同できるものがあって。
「そうだな、それは俺にも謎だ。あれ程のお方が俺を想って下さるなんて……幸運としか言いようが無い。だが……陛下には他に選択肢が無かっただけのかもしれない、とも……思うんだ」
「なにそれ? どういう事?」
手にしたランタンを俺の顔に向け、首をかしげるジェニー。
「陛下が物心ついた頃、傍にいる同年代の異性は俺だけだった。陛下も以前おっしゃっていたんだ。“あれだけの時間を一緒に過ごしてきたら、好きにならない方がおかしい”と……」
禊ぎの間でのやりとりを、思い出す。
嬉しかった。長年思い続けてきた女性が、自分と同じ気持ちでいてくれた事が。
けれど……気付いたんだ。『同じ』では無いと。
陛下のあの、おっしゃりようを、後から冷静に思い返した時に。
「俺はずっと陛下のお傍にいた。陛下への恋心を自覚してからは、あの方に下心を持って近付く男を、追い払ったりもした。つまり……俺が、奪ってしまったんだ。陛下が俺以外の誰かに、恋をする機会を……。
だから、陛下は俺の様に能動的に、俺を愛して下さっているわけじゃない。啓示の秘密の事だって……恐らく従妹のソレリ様には話していたご様子なのに、俺には隠していた。それが……良い証拠だと思う」
「……レオ……」
「慰めは不要だジェニー。あの方のお心がどうあれ、俺の気持ちに変わりは無い。そもそも、10年以上片思いしてきたのだから、なんとなく両思いっぽくなっている現状を夢のように幸せに感じているし……願わくば、陛下がこれが真の愛じゃないと気付く前に、コトに及べたらと」
「いや、あんたみたいにタフな変態を慰めるなんて、無駄な事はしないわよ。……でも一つだけ……。秘密を話してくれなかったから、真の愛じゃないって……それは違うんじゃないの?」
「と、言うと?」
正面を向き、変らぬ速度で歩きながら思わせぶりな事を言うジェニー。彼女の言わんとしている事がわからず……薄明りに照らされたその顔を覗き込む。
「たとえばレオ、あんたが仕事でヤバいミスやらかしたら、率先して女王様に話したいと思う? 男友達や、家族の方が話し易くはない?」
「それは……そうだが」
「人にはさ、知られたくない恥部ってもんがあるのよ。相手が好きな人なら尚更。そういうのを全部さらけ出せるのが、良い関係ってわけじゃいと思う。お互いが秘密を抱えるのを許す事で、相手の尊厳を尊重するっていう関係の方が……あたしは好きだな。
それに……多分、だけどさ。女王様、他の男が近くにいたとしても、あんたの事好きになってたと思うよ。ふふ、趣味悪いよね、ホント」
ジェニーはそう言うと、白い歯を見せて、ニカっと笑った。
嘘の無い笑顔。お世辞やお膳立てではない言葉。
心にかかっていた霞が、晴れて行くのを感じる。
「……ありがとう、ジェニー。さっきといい……君は時々、とても良い事を言うな」
「ふふ、でしょ? あんたも、小さい頃から傍にいるのが女王様じゃなくてあたしだったら、あたしの事好きになっちゃってたかもね」
「すまないがそれは無い。さっき、シースルーな陛下の美脚を拝ませて頂き、改めて思った。俺はやはり……下半身デブは受け入れられない」
その後――。
後頭部に受けた、ジェニーのランタンアタックの痛みは、屋敷に帰った後も続いていたが……
『他の男が近くにいたとしても、あんたの事好きになってたと思うよ』
俺の心は、あたたかなもので満ちているのだった。
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