女王様に恋する騎士は身分違いに悩むが、問題はそこではなかった

杏 みん

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自分がばっちり覚えている相手が自分を覚えていなかった時の惨めさたるや

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 『クイーンズ・ソルジャー』

 シルクバニア歴18××年。元・女王の護衛騎士であったレオナルド・レノックスにより結成された、専門家集団。

 彼らは王国の自治と繁栄に多大なる貢献をした。中でも、後に女王の夫となった事でも知られているリーダーのレオナルドの功績は、後世においても高く評価されている。

 また、女王と王配であるレオナルドの夫婦仲はすこぶる良く、12人もの王子・王女をもうけた後も、手を繋いで中庭を散策するなど、仲睦まじい姿が頻繁に目撃されていた。

 結婚30周年の祝賀記念式典において、夫婦円満の秘訣を尋ねられた際……

 『いくつになっても、どれ程長く傍にいようとも、慈しみ合い、愛し合うのを忘れない事だ。しかし……私達が愛し合った数だけ子を授かっていたら、今頃城は王子王女で満員御礼だがね。ははは』

 と、レオナルド殿下が答えたというエピソードは、あまりにも有名である。


 
 「……と、いう感じの文面になるのだろうな。クイーンズ・ソルジャーが、後世のシルクバニア王国歴史書に載るとしたら。
 しかし……ふふ……仮に3年後に結婚して、俺が70まで生きたとしたら、夫婦生活を送れるのは46年。1年が365日で……毎日愛を通わせたとしたら46年で16790回。いやでも懐妊中は避けたほうが良いと聞くし……妊娠期間を十月十日、1か月を30日、懐妊回数を12と仮定した場合の除算期間は約3720日。16790から3720を引いて……うん、それでも万は優に超えるな。俺が……あの白百合のお体を……1万回以上も……。ああいかん。手技がマンネリ化して、陛下に退屈な想いをさせないよう、今から色々と勉強しておかなくては」

 「…………なあ、お前って気持ち悪いな。改めて言わせてもらうけど、お前の妄想ってマジで鳥肌立つ程気持ち悪いな」

 大袈裟に表情を歪め、下痢気味の馬糞でも見るような目で俺を見る、アラン。


 陛下から衝撃の告白を受けた翌日――


 俺は残り1日となった休日を利用して、王城で仕事中のアランに会いに来た。
 幸い、というか。馬小屋に一人でいた奴は、騎士の愛馬達の世話をしている最中で。

 「陛下もよくお前みたいなド変態を選んだよな……もう一度よく考え直すように進言して差し上げたいぜ……」

 アランは乾草を両手いっぱいに抱え、端の馬から順に与えて行きながら、そんな憎まれ口を叩いた。

 ……やむを得ない事だと思う。

 愛し合う人との兄妹疑惑が晴れ、国を揺るがしかねない重大な秘密を知り、その解決策としてクイーンズ・ソルジャーという誉れ高い組織の結成を任され、しかもそれが軌道に乗った暁には、全国民が憧れる美しい女王陛下と正式な交際がスタートする……そんな、圧倒的勝ち組となった俺に、アランは嫉妬しているのだ。

 親友だけれど……いや、親友だからこその妬み嫉み。

 人間が出来ている俺には到底理解できない感情だが……俺は広い心で受け止めよう。
 アランは今後、同じソルジャーとして陛下をお支えして行く、大切な仲間となるのだから。

 「おいなんだ、その憐むような目は」

 「いや、気にするな! それよりも……協力、してもらえるか?」

 「ああ……俺に、そのクイーンズ・ソルジャー? ってのになれって話だったな……。はぁ……ここ最近のお前の話は、情報量が多くて濃くて……まずはゆっくり驚かせてくれよ。陛下が啓示を受けてなかったとか、衝撃的すぎて……」

 「お前だから話したんだ第二弾、だ。くれぐれも口外しないように」

 馬小屋の片隅で、二人そろって声を潜める。
 繰り返し辺りを見回し、誰もいない事を確認しながら。

 「いや、言えるわけねえだろ。女王が5年も前から神に見放されてたなんて知れたら……国中大混乱だ。つーか、俺にその専門家集団に入って何しろっつーの? 入団3年目で馬小屋掃除をしてるような、ヒラ騎士の俺に?」

 「お前の天気予報は外れた事が無かったろう? 素人ながらその読みは素晴らしい。これを期に本気で勉強してみないか? そうすれば気象分野の頼もしい戦力になると思うんだ」

 「ああ、そりゃあまあ……素人じゃねえからな」

 ばつが悪そうな顔で、頭をポリポリとかくアラン。そんな奴の思わせぶりな発言に、思わず食いつく。

 「どういう意味だ?」
 
 「俺の親父は天気の専門家だったんだ。長年、王立気象研究所の研究員で……雲の形状と天候の関連についての論文が、自然災害の被害防止に役立ったとかで……実は紅薔薇の勲章も貰った事がある。親父が例のルビーのネックレスをしてるトコなんて見た事なかったから……あれが副賞だって事は知らなかったけどな」

 「すごいじゃないか! そんなすごい事、どうして今まで黙ってたんだ!」

 初めて知る、親友の家族情報に驚いてしまう。
 考えてみれば、アランは自分や家の話は、殆どする事が無かったから。

 「親父の話はしたくなかったんだ……その、ちょっとうまくいってなくて。俺は親父の後継ぎになる為に、ガキの頃から気象のノウハウを叩き込まれてきたんだけど……スパルタすぎて、バーンアウトして、さ。で、親父への反抗心から、天気とはまるで関係ない道に進んでやろうと思って、騎士団に入ったんだ」

 「そうだったのか……いやしかし、なんという運命的な巡り合わせだろう! 成績どん尻で、俺のノートがなければおそらく落第していたであろう、底辺騎士のお前が……俺と陛下の救世主になるなんて!」

 「……なぁ、そのひでぇ暴言をスルーしてやる代わりに、一つ聞いていいか?」

 「ん?」

 俺がつい、本当の事を口にしてしまった時……眉を吊り上げてヘソを曲げるのが、いつものアランなのに。
 真剣な表情で俺を見つめる親友に、わずかながら戸惑ってしまう。

 「なんで親父の事を知っても、“じゃあお前じゃなくて、父親に頼みたいから紹介してくれ!” とか言わねえの? どう考えたって俺より親父の方が、役に立ちそうじゃん」

 「なんだ、そんな事か。決まってるだろう。俺はお前の父上を知らない。お前の父上ならば、人格者であらせられるのだろうが……俺が知っているのは、お前だ。信じているのはお前だ。だから頼りたいのはお前だ。至極単純な話じゃないか」

 思いのほか簡単な質問に、あっけらかんとしつつ、答えた。
 
 しかし、そんな俺の返事が意外だったのか……ぽかんと口を開けるアラン。

 「なんだその情けない顔は。もしや、自分の知識に不安があるのか? ならば父上に教示を乞うてくれ。関係を修復して、気象予報のノウハウを改めて教えて貰うんだ。そうすれば」

 「いや……悪い。親父は……もう死んでるんだ。俺が騎士団訓練学校に、入る前に」

 少し悲し気な、けれどそれを誤魔化そうとしているような、複雑な笑顔を浮かべる友に、とっさに頭を下げる。

 「すまない……全く知らなくて……っ」

 「こっちこそ、試すような事言って、ごめんな。でもお前の言葉で……やる気になったわ……!」

 俺がいつ試され、いつやる気をださせるような発言をしたのか。
 全くもってわからなかったが……なんだか急に生き生きとし始めたアランを前に、それらを追求する必要は無いのだと察した。

 「それじゃあ、力になってくれるんだな……! ありがとう、アラン!」

 俺は信頼する親友の手を、力強く握った。

 「おいおい、お前は育ちが良い上に綺麗好き、なんだろ? 馬の糞掃除をした奴と、握手なんかしていいのかよ」

 アランは握手に応じながら、意地悪い笑顔で昔話を掘り起こす。

 「構わない。嫌がらせで汚された訓練着には嫌悪感を抱くが、懸命な労働で臭くなった手には尊敬の念すら抱ける。後で、最低3回は洗うつもりだが!」

 「……お前って昔からそういうとこ、変わんねーよな。普段はデリカシーなくズケズケ毒吐くくせに……たまに、心に刺さる事をポロって言うっつーか……。良くも悪くも、大した奴だよ。だから……クリスもあれ以降、お前にちょっかい出してこなかったんだろうな」

 「クリス? クリスってクリス・ハドソンの事か? 陛下の現任の護衛騎士の? なぜここであいつが出てくる? お前達、知り合いだったのか?」

 思ってもみなかった人物が突如話題に上がり、キョトン顔で応じてしまう。
 
 そんな俺に、アランは『はあ!?』と声をあげた。

 「ちょ、待て? その言い方は……お前、まさか覚えてねえの!? 元クラスメイトの事を!?」

 「クラスメイト!? あいつが!?」

 「そうだよ! ほら! お前の訓練着を馬小屋に捨てた……あの嫌がらせの首謀者が、クリス・ハドソンだったじゃねえか!」

 「………………あ……っ。あああ!!!!」

 俺の突発的な大絶叫に、パニックになった馬達の嘶きが……広い城の敷地内に響いた。
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