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手の平を人に向けるのはOKなのに指をさすのは失礼という礼儀の謎

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 どうりで。

 あいつがニヤリと口の端をあげる度に、なんだか嫌な気持ちになっていた。

 あの唇、あの角度……そうか。
 奴はあの時、訓練着を探す俺をいやらしい笑顔で眺めていた……あのクラスメイトだったのか。

 「ん? という事は……なぜ、俺はあいつに恨まれているんだろう?」

 「は? 恨まれてる? 何それ」

 「昨日、面と向かってそう言われたんだ。父の追悼記念集会に来ていた、あいつに」

 「いや普通逆じゃね? 被害者のお前が、加害者のあいつを恨んでるっつーならわかるけど……」

 アランの言う通りだ。わからない。俺は彼に何をしたのだろう?

 ……おや? そういえば俺は昨日も、同じ疑問に頭を悩ませていたような……


 『心当たりが無いなら、あの赤毛のシェフにでも聞くんだね』


 「あ……っ」

 昨日の、クリスの捨て台詞を唐突に思い出した。

 「ん?」

 「あいつは言っていたんだ。恨まれる原因がわからないなら、ジェニーに……あ、ジェニーというのはノースリーフで出会った料理人なんだが……彼女に聞けばいいって」

 「それってもしかして……昨日の追悼集会に来てた、赤毛の子か? 庭で料理並べてた……」

 「お前も昨日、会に来てくれていたのか!?」

 驚く俺に、眉間に皺を寄せるアラン。

 「おま……! 昨日、俺らめっちゃ会ったじゃん!! めっちゃ挨拶したじゃん!!」

 「すまんが、まっっっっったく、覚えていない。……昨日は……母と話す前は兄妹疑惑の事で頭がいっぱいで、その後は陛下との密会の事で頭がいっぱいで……」

 で、忘れていた。
 ジェニーとクリスの、共通点とやらの存在を。

 そんな俺の心を見透かすように、細目で睨んでくるアラン。

 「その調子じゃお前、クリスに恨まれてる原因とやらも、赤毛のシェフに訊いてねえんだろ」

 「いや、昨日クリスにそう言われた後、ジェニーにはきちんと確認した。でも彼女には心当たりがないらしい。それを聞いて俺は……すっかりその件を追及するを忘れていたんだ」

 正直にそう答えると、竹馬の友は深いため息を吐いた。

 「すっかり忘れられるトコがマジですごいわ。自分をイジメてた同級生の事を忘れたり、そいつから恨まれてる原因を調べもせずに放置したり……普通の神経じゃ考えらんねー……」

 「そう言われると、照れるな」

 「いや褒めてねえから! 陛下の事となると、他の重要事項にまるで意識が向かわなくなるその神経が、マジで異常だっつってんの!」

 すごいと言っておきながら、神経が異常だとけなし、わめく……。
 そんな不可解な親友に首をかしげたい気持ちは山々だけれど……今は奴の言動の意味を追求してる場合じゃない。
 
 今月中、俺が王城に来れるのは、トマト配達の護衛を任される予定の……恵みの日当日を除いては、恐らく今日のみ。
 今のうちに、クイーンズ・ソルジャーの今後の活動について、きちんと伝えておかなければ。

 そう考えて、俺は『話は変わるが』と前置きを挟んでから、ソルジャーの集合日について説明をしようとしたのだが……。

 「だからそーゆートコ! 陛下以外の大事な事を、話しは変わるが。の一言で、一旦置いといて、そのまま置きっぱにして忘れちゃうトコが、お前のすげえダメなトコ! 陛下絡みの事となると恐ろしくきっちりしてやがるのに、それ以外はダメダメじゃん!」

 声を荒げながら、俺の額を突く勢いで、人差し指を突き出すアラン。

 「おい人を指さすな! お前もクイーンズ・ソルジャーの一員になるからには、人として最低限の礼儀を」

 「つーかさっきから思ってたんだけど、なんだよそのダセえ名前! どうせお前が考えたんだろ! 最初の会議でソッコー改名するわ! で!? 俺はいつどこに集まればいいんだよ!」

 自身の非礼な行為を詫びる事も無く……記念すべきクイーンズ・ソルジャー第2号は、陛下同様、俺の命名センスに対して、辛口のコメントを寄せるのだった。
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