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聞こえているのと聴いているのとは違う

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 ローラ様と、ソレリ様の外見的な違いが、少しずつわかって来た気がする。

 まず1つ目。バストサイズ。
 ローラ様は貧乳、ソレリ様は巨乳。これは初対面の時から明らかだった、決定的な鑑別ポイント。

 次に2つ目。前髪の生え癖。
 ソレリ様は比較的真下に向かって生えていて、右にも左にも流せそうな毛質。
 対するローラ様は、真ん中でパカッと割れてしまうクセが、昔からあって。日頃は眉毛の下位に、ふんわりと下ろしていらっしゃる事が多いけれど、調子の悪い日はパカッのままになっていたりして。しきりに前髪を触り、毛流れを修正しようと励まれてるお姿を度々目撃してきた。

 そして3つ目。身長。
 お二人とも、大差なく小柄ではあるが……恐らく、ソレリ様の方が5cm程高い。向い合って話している時の視線の位置で、そう感じた。

 つまり、ソレリ様の方が乳がでかく、直毛で、背が高い……容姿的な軍配は、彼女の方に上がるわけで。

 それでも……不思議だ。俺が誰よりも美しいと感じるのはローラ様なのだ。
 たとえ、病や事故で、あのお顔が見る影もなく変貌してしまったとしても。

 「そうですか……ではお姉様は、あなた方に全てをお話しに……よかったです」

 ああ……考えていたら、陛下にお会いしたくなってきてしまった。
 つい1週間前に、父の追悼集会でお会いしたばかりだというのに。

 「えっと……あたしは盗み聞きしたみたいな形ではあったんですけど。でもその後、こいつが推薦してくれたお陰で、協力させて貰う事になって……。領主様は、女王様が啓示を受けていない事、前から知ってたんですよね?」

 今頃陛下は何をされているだろう……いつもなら庭の散策タイムだけれど。あのクリスについてこられたんじゃ、気分転換になるかどうか。

 「ええ。数年前、お姉様が打ち明けて下さったの。公務からも俗世間からも距離を置いている私になら、話しても大丈夫だと、お考えになったのかもしれない」

 それにこの時期は蚊が多い。陛下は肌が弱くていらっしゃるから、無視に刺されると真っ赤に腫れてしまうし……心配だ。もし……背中の、ご自分では掻けない場所を刺されてしまったりしたら――。

 「そうだったんですか。女王様は領主様をとても信頼なさっているんですね」

 かゆいけど、かけない。不快感に身を悶えさせる陛下。そして、よければ自分が掻きます、と申し出るクリス。
 
 「でも私には何もして差し上げられなかったから……あなた達の手を借りて、私がお役に立てる事があるのなら何だってするわ」

 無遠慮に外される、ドレスのボタン。あらわになる陛下の白い背中に、ポツリと発赤している患部。

 「ありがとうございます! レオと話したんですけど、領主様はお体の事もありますし、月一の集まりには来て貰わなくて大丈夫ですから! その代わり、私達が定期的にこちらにお邪魔して、色々な事を教わって……皆で集まった時に、女王様に伝えるって感じでもいいですか?」

 そこをクリスの細く長い指先で引っ掻くと、陛下はたまらず快感に声を上げて……

 「ええ勿論。お気遣いありがとう。では月に何度か、今日の様に屋敷を訪れていらして? 私はその時までに、このノースリーフや、取引のある各地の農耕・畜産・食糧事情の調査報告書を、まとめておくから」
 
 ダメだ。そうなれば、あのクールなクリスでも、変な気を起こすに違いない。
 中庭には背の高い植物も多いし、たとえ奴が陛下を押し倒したとしても、誰にも気づいて貰えないかも……

 「そうして貰えると助かります! 領主様の字はとってもキレイだし、農作業の指示書もとてもわかりやすいねって、いつも町の皆と話してたんですよ!」

 やめて、と声を上げる陛下。けれどクリスは止まらない。

 「ふふ、ありがとう。知識は、それを活用し広め、人々の役に立って初めて、その意味を成す……というのが、先生の……あなたのお母様の教えだったから」

 嫌がる陛下の細い手首をつかみ、地面に押さえつけて。薄く、軽いサマードレスを足元からたくし上げる。

 「……今頃母も、天国からソレリ様のお姿を見て、喜んでいると思います」

 陛下は頬を赤らめ、汗を流しながら、必死で抵抗されるだろう。

 「ミセス・ローランには本当に感謝しているの。そして、彼女を私に紹介してくれた、リナルド・レノックス前騎士団長にも……」

 そして叫ぶのだ、俺の名を――

 「レオナルド!!!! ほら!!! あんたの父ちゃんが話に出てきたわよ!! いい加減、惚けてないで話しを聴いて!! 会話に参加しなさいよ!!!!」

 「痛っ……!! え!? あ……!」

 ジェニーの強烈な平手打ちを頬に受け、俺は戻ってきた。
 悲劇的な、でもちょっと萌えてしまうような妄想から、ジェニーと二人でソレリ様のお屋敷を訪れているという現実に。

 「申し訳ありません! ソレリ様を見ていたら、つい陛下に想いを馳せてしまって……!」

 「も~頼むよ! あんたが女王様に言ったんでしょ? あたしと二人で領主様に、専門家委員に加わって貰うようお願いしに行くって! 領主様だってお忙しい中、時間をとって下さってるんだからさあ!」

 客間のソファから立ち上がり、頭を下げる俺に、ため息を吐くジェニー。
 しかしソレリ様は、聖母の様に優しく笑っていらして。

 「ふふ……レオナルド様は本当にいつでも、お姉様の事を考えていらっしゃるのね。ご馳走様です。でも……これからのお話しは、あなたにもしっかり聞いて頂いた方が良いと思うの。
 実は、お姉様から事前に専門家委員を招集するというお手紙を頂いて……私が委員に推薦したいお方を、ここにお招きしてあります。あなた方にご紹介しようと思って」

 「え!? それはありがとうございます! しかしそのお方とは一体……」

 思わぬ朗報に驚く俺とジェニーに笑みを向けながら、ゆっくりと立ち上がり、ドアの方へ視線を移すソレリ様。

 「さぁ、どうぞ……お入りになって」

 静かに開いたドアの向こうから現れた意外な人物に……俺の瞳孔は一気に全開になった。
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