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第一章 メルトヴァル学院での日々
パルヴァンの建国史と聖獣
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私たちがこれからの受難な日々を想像してげんなりしていると、学院の授業が終わったらしいシュドヘル様とソール様が合流してきました。
そして新たにシャウドから得られた情報を伝えると、シュドヘル様もソール様もげんなりとしました。
まあ、自分が異世界では“乙女ゲーム”の攻略対象者だと言われて喜ぶ人はいないでしょうから、その反応も分かります。………私なんて、『お助けキャラ』とか言われましたからね。前世の記憶があるからこそ、なおのこと複雑な心境です…………
「ところで、殿下。レシェウス王太子殿下には……?」
「はぁ──。気は進まないが………兄上にも話さねばならないだろうな。あの娘のことを警戒すべきだ、と。あの方は生来が生真面目人だ。複数の男に言い寄る娘などに靡くことはまずないだろうが」
シュドヘル様の問いかけに主は不承不承、といった様子で答えました。
主が気が進まないと言ったのは、どうあってもレシェウス殿下のご気分を害する話にしかならないことを話すのが、という意味です。主のことはもちろん、私のことも気にかけてくださるので、たしかに彼女に靡くわけもありませんよね。
水の高位精霊・フォルティガは私は危険な状態だったって言っていましたし。そのフォルティガは、クーシェこと地の高位精霊・クレイシェスを連れてくるべく、ストランディスタ王国へ行っています。ここ十数年の転生の管理は彼ではなく、シャウドともう一柱の精霊が分担していたそうなので、『そいつも探してくる』とも言ってましたが。
ただ、パルヴァンにおいての“乙女ゲーム”も、自称ヒロインの性格がアレなせいで、みなさんの彼女に対する好感度なんて“ゲーム”開始前から地を這ってて上がりようがなさそうですよね………
普通に考えて婚約者のいる男性に寄ってくる女性が淑やかとかあり得ないですからね。これは主たちに言い寄るご令嬢方を参考にしているので、間違いはないでしょう。
なにせ、ある諸事情から王太子殿下にも主にも現在婚約者がいないので、『私こそがその地位に相応しい』なんて言って群がるご令嬢があとを絶たず、やんわりとお引き取り願うのに疲れるうえ、護衛している私たち騎士にもついでとばかりに寄ってくるので、更に疲労感が半端ないことになるのです。(私には蔑んだ視線と言いがかりがセットになっていますが)
さすがに“エンディング”の話は当事者の一人だろうレシェウス殿下も交えて話すことになりました。
そして。後日。レシェウス王太子殿下の予定が空いたとのことで、皆で会うことに。
レシェウス様の護衛騎士、リューイ様も話に参加するとのこと。リューイ様はヴィッテンバーグ侯爵家の嫡男で、レシェウス様の幼馴染みです。
まあ、お分かりかと思いますが、シュドヘル様の兄君です。
ただ、私が一言言いたかったことがあります。リューイ様、シュドヘル様に会うなり「リュミエルを構いすぎていないか?」と聞くのはどうかと。
執務室にて待っていたレシェウス殿下は、主と同じアッシュブロンドの髪に、瞳の色は紺碧のセミロングの髪型の美情夫です。
「クルシェット、リュミエル、久しぶりだな。すぐに会えなくてすまなかった。特に、リュミエル。私が至らなかったばかりにお前にはいらぬ苦労を背負わせたな」
「いえ……殿下。そのお言葉だけで光栄の極みでございます」
「兄上もご壮健そうで何よりです。リュミエルの身に起きたトラブルのことは、主である私の不徳の致すところ。兄上がお気に病むことでは………」
「いや、学院に侵入してきた娘は、教会から王家へ学院に入学させるように打診されていた者だ。管理が行き届かず、迷惑をかけてしまったことには変わりあるまい」
「………!兄上、教会からというと………例の少女ですか?」
「ああ。頭の痛い話だ。たしかにあの娘は条件を満たしているとはいえるから、拒否しきれなかったからな」
ああ、あの件の。彼女、“候補者”だったわけですか。学院に入れるのは学院に通う別の“候補者”と交流させる狙いがあったのでしょう。教会からすれば、自分たちの陣営に引き込もうと躍起になってますしね。
「レシェウス殿下、クルシェット。例の少女とは──?」
話について行けてなかったルティウス様が尋ねました。そういえば、『神事があるので出来ればご参加を』としか説明していませんでしたね。
「!すまない、ルティウス殿下。貴殿に詳しい話をしていなかったか」
こちらだけで分かったように話してしまっていたのに気づいたレシェウス殿下が居住まいを正し、説明を始めました。
♢◆♢◆♢◆♢◆♢◆
かつてパルヴァンは人の住めぬ穢れに満ちた土地だった。どれだけ手を尽くしても、木は枯れ果てたまま、作物も干からびてしまい、川は毒素を含み、魚一匹棲めなかった。
それでも、他に行く宛のなかった人々はそこで生活するしかなく、みな衰弱死したり、穢れに呑まれ、魔物へと変じてしまう者が後を絶たなかった。
あるとき、飢饉によって親を亡くした少女の前に光を帯びた獣が現れた。獣はかつて少女に救われた恩を返すべく、一人ぼっちになってしまった彼女の前に現れたのだ。その獣が少女と共に住み着いてからというもの、穢れが消え、木々は生い茂り、作物は瑞々しく育った。川も綺麗に澄んで、たくさんの魚介類が獲れるようになった。
人々は大いに喜んだ。その獣が土地を浄化したからだと、すぐにわかったからだ。
人々はその獣を『聖獣』、少女を『聖なる乙女』と呼び慕うようになった。精霊と並び立つほどに不可思議な力を宿すその聖獣は、少女の願いに応え、その土地に腰を据えた。
少女が天寿をまっとうし、亡くなったあとも、聖獣は少女の子孫から自分の契約者を選び、土地を護り続けた。
現在もその聖獣はパルヴァンの名で興った国の守護神として代替わりをしながら土地を見守っている───
♢◆♢◆♢◆♢◆♢◆
「─────というのが、我が国の建国史だ」
一通り話終えると、レシェウス殿下は侍女が淹れた紅茶に手を伸ばし喉を潤していた。そして、説明を再会する。
「聖獣は基本パルヴァンの中心地にある神殿の奥地に住んでいた。だがある時、忽然と姿を消してしまった。『いずれ我が子が次代を継ぐ』と言い残してな」
「その“我が子”がリュミエルだと───?」
「そこが問題なんだ。クルシェットが母君の形見のペンダントで過去を幻視したことがあるが、聖獣の言葉らしきものがそこに残されていた。『あの子を頼みます』とな。その時にはすでに聖獣が姿を消して数年経っていた。聖獣の言葉に信憑性があったと判断した理由は、聖獣が姿を消した日にクルシェットは生まれたからだ」
ルティウス様とシルディオ様はぱっと主に視線を向けました。主は苦笑しながらその視線を受け止めていました。
「クルシェットは“暗殺者の少女”をしきりに気にしていた。だから、その少女が聖獣と縁があるのかを確かめるために、クルシェットに貧民街に行くのを許可し、聖獣が言っていた“名付けの儀式”を行わせてみた。結果、儀式は成功し、『誓約の鎖』が巻き付くのを二人は感じた、と言ったことで確信に至ったというわけだ」
道理で保護された時に根掘り葉掘り聞かれたわけですね。主もしつこく聞かれるのにうんざりしながらも答えていたようで、「だからか………」と呟きました。
「で、例の少女の件だが」
レシェウス殿下が話を戻すべく、軽く咳払いをしました。
「あの娘は、ヒルドガル伯爵家の当主が市井で産ませた娘らしくてな。かの伯爵家は建国史に出てきた“聖なる乙女”の血を組む家柄なんだ。どうやら、光の魔力属性を持つらしく、教会側は“聖なる乙女”の再来ではないか、と騒いでいるんだ」
「それであの娘は自分を“聖なる乙女”だと豪語していたのですか」
「そのようだ。クルシェットはその場で聞いてはいなかったのだな?」
「ええ。聞いていたのは、リュミエル、ルティウス、彼の護衛としていたシルディオ殿とソール殿、シュドヘルたちです。──ただ、騒ぎの場所が図書室前だったために、それなりの数の生徒がその発言及びトラブルに至る様子を目撃してしまっています。リュミエルが聖獣に連なる者だということは大多数の貴族に知れ渡ってしまったと考えたほうがいいでしょうね」
「そして、先程シャウドが説明してくれた“乙女ゲーム”とやらの話も関連している、と」
頭痛を堪えるようにレシェウス殿下が頭を抱えました。「このあと更に頭を抱える話になるのですが………大丈夫ですか?」とシャウドが申し訳なさげに言っているのがなんとも言えませんでした。
そして新たにシャウドから得られた情報を伝えると、シュドヘル様もソール様もげんなりとしました。
まあ、自分が異世界では“乙女ゲーム”の攻略対象者だと言われて喜ぶ人はいないでしょうから、その反応も分かります。………私なんて、『お助けキャラ』とか言われましたからね。前世の記憶があるからこそ、なおのこと複雑な心境です…………
「ところで、殿下。レシェウス王太子殿下には……?」
「はぁ──。気は進まないが………兄上にも話さねばならないだろうな。あの娘のことを警戒すべきだ、と。あの方は生来が生真面目人だ。複数の男に言い寄る娘などに靡くことはまずないだろうが」
シュドヘル様の問いかけに主は不承不承、といった様子で答えました。
主が気が進まないと言ったのは、どうあってもレシェウス殿下のご気分を害する話にしかならないことを話すのが、という意味です。主のことはもちろん、私のことも気にかけてくださるので、たしかに彼女に靡くわけもありませんよね。
水の高位精霊・フォルティガは私は危険な状態だったって言っていましたし。そのフォルティガは、クーシェこと地の高位精霊・クレイシェスを連れてくるべく、ストランディスタ王国へ行っています。ここ十数年の転生の管理は彼ではなく、シャウドともう一柱の精霊が分担していたそうなので、『そいつも探してくる』とも言ってましたが。
ただ、パルヴァンにおいての“乙女ゲーム”も、自称ヒロインの性格がアレなせいで、みなさんの彼女に対する好感度なんて“ゲーム”開始前から地を這ってて上がりようがなさそうですよね………
普通に考えて婚約者のいる男性に寄ってくる女性が淑やかとかあり得ないですからね。これは主たちに言い寄るご令嬢方を参考にしているので、間違いはないでしょう。
なにせ、ある諸事情から王太子殿下にも主にも現在婚約者がいないので、『私こそがその地位に相応しい』なんて言って群がるご令嬢があとを絶たず、やんわりとお引き取り願うのに疲れるうえ、護衛している私たち騎士にもついでとばかりに寄ってくるので、更に疲労感が半端ないことになるのです。(私には蔑んだ視線と言いがかりがセットになっていますが)
さすがに“エンディング”の話は当事者の一人だろうレシェウス殿下も交えて話すことになりました。
そして。後日。レシェウス王太子殿下の予定が空いたとのことで、皆で会うことに。
レシェウス様の護衛騎士、リューイ様も話に参加するとのこと。リューイ様はヴィッテンバーグ侯爵家の嫡男で、レシェウス様の幼馴染みです。
まあ、お分かりかと思いますが、シュドヘル様の兄君です。
ただ、私が一言言いたかったことがあります。リューイ様、シュドヘル様に会うなり「リュミエルを構いすぎていないか?」と聞くのはどうかと。
執務室にて待っていたレシェウス殿下は、主と同じアッシュブロンドの髪に、瞳の色は紺碧のセミロングの髪型の美情夫です。
「クルシェット、リュミエル、久しぶりだな。すぐに会えなくてすまなかった。特に、リュミエル。私が至らなかったばかりにお前にはいらぬ苦労を背負わせたな」
「いえ……殿下。そのお言葉だけで光栄の極みでございます」
「兄上もご壮健そうで何よりです。リュミエルの身に起きたトラブルのことは、主である私の不徳の致すところ。兄上がお気に病むことでは………」
「いや、学院に侵入してきた娘は、教会から王家へ学院に入学させるように打診されていた者だ。管理が行き届かず、迷惑をかけてしまったことには変わりあるまい」
「………!兄上、教会からというと………例の少女ですか?」
「ああ。頭の痛い話だ。たしかにあの娘は条件を満たしているとはいえるから、拒否しきれなかったからな」
ああ、あの件の。彼女、“候補者”だったわけですか。学院に入れるのは学院に通う別の“候補者”と交流させる狙いがあったのでしょう。教会からすれば、自分たちの陣営に引き込もうと躍起になってますしね。
「レシェウス殿下、クルシェット。例の少女とは──?」
話について行けてなかったルティウス様が尋ねました。そういえば、『神事があるので出来ればご参加を』としか説明していませんでしたね。
「!すまない、ルティウス殿下。貴殿に詳しい話をしていなかったか」
こちらだけで分かったように話してしまっていたのに気づいたレシェウス殿下が居住まいを正し、説明を始めました。
♢◆♢◆♢◆♢◆♢◆
かつてパルヴァンは人の住めぬ穢れに満ちた土地だった。どれだけ手を尽くしても、木は枯れ果てたまま、作物も干からびてしまい、川は毒素を含み、魚一匹棲めなかった。
それでも、他に行く宛のなかった人々はそこで生活するしかなく、みな衰弱死したり、穢れに呑まれ、魔物へと変じてしまう者が後を絶たなかった。
あるとき、飢饉によって親を亡くした少女の前に光を帯びた獣が現れた。獣はかつて少女に救われた恩を返すべく、一人ぼっちになってしまった彼女の前に現れたのだ。その獣が少女と共に住み着いてからというもの、穢れが消え、木々は生い茂り、作物は瑞々しく育った。川も綺麗に澄んで、たくさんの魚介類が獲れるようになった。
人々は大いに喜んだ。その獣が土地を浄化したからだと、すぐにわかったからだ。
人々はその獣を『聖獣』、少女を『聖なる乙女』と呼び慕うようになった。精霊と並び立つほどに不可思議な力を宿すその聖獣は、少女の願いに応え、その土地に腰を据えた。
少女が天寿をまっとうし、亡くなったあとも、聖獣は少女の子孫から自分の契約者を選び、土地を護り続けた。
現在もその聖獣はパルヴァンの名で興った国の守護神として代替わりをしながら土地を見守っている───
♢◆♢◆♢◆♢◆♢◆
「─────というのが、我が国の建国史だ」
一通り話終えると、レシェウス殿下は侍女が淹れた紅茶に手を伸ばし喉を潤していた。そして、説明を再会する。
「聖獣は基本パルヴァンの中心地にある神殿の奥地に住んでいた。だがある時、忽然と姿を消してしまった。『いずれ我が子が次代を継ぐ』と言い残してな」
「その“我が子”がリュミエルだと───?」
「そこが問題なんだ。クルシェットが母君の形見のペンダントで過去を幻視したことがあるが、聖獣の言葉らしきものがそこに残されていた。『あの子を頼みます』とな。その時にはすでに聖獣が姿を消して数年経っていた。聖獣の言葉に信憑性があったと判断した理由は、聖獣が姿を消した日にクルシェットは生まれたからだ」
ルティウス様とシルディオ様はぱっと主に視線を向けました。主は苦笑しながらその視線を受け止めていました。
「クルシェットは“暗殺者の少女”をしきりに気にしていた。だから、その少女が聖獣と縁があるのかを確かめるために、クルシェットに貧民街に行くのを許可し、聖獣が言っていた“名付けの儀式”を行わせてみた。結果、儀式は成功し、『誓約の鎖』が巻き付くのを二人は感じた、と言ったことで確信に至ったというわけだ」
道理で保護された時に根掘り葉掘り聞かれたわけですね。主もしつこく聞かれるのにうんざりしながらも答えていたようで、「だからか………」と呟きました。
「で、例の少女の件だが」
レシェウス殿下が話を戻すべく、軽く咳払いをしました。
「あの娘は、ヒルドガル伯爵家の当主が市井で産ませた娘らしくてな。かの伯爵家は建国史に出てきた“聖なる乙女”の血を組む家柄なんだ。どうやら、光の魔力属性を持つらしく、教会側は“聖なる乙女”の再来ではないか、と騒いでいるんだ」
「それであの娘は自分を“聖なる乙女”だと豪語していたのですか」
「そのようだ。クルシェットはその場で聞いてはいなかったのだな?」
「ええ。聞いていたのは、リュミエル、ルティウス、彼の護衛としていたシルディオ殿とソール殿、シュドヘルたちです。──ただ、騒ぎの場所が図書室前だったために、それなりの数の生徒がその発言及びトラブルに至る様子を目撃してしまっています。リュミエルが聖獣に連なる者だということは大多数の貴族に知れ渡ってしまったと考えたほうがいいでしょうね」
「そして、先程シャウドが説明してくれた“乙女ゲーム”とやらの話も関連している、と」
頭痛を堪えるようにレシェウス殿下が頭を抱えました。「このあと更に頭を抱える話になるのですが………大丈夫ですか?」とシャウドが申し訳なさげに言っているのがなんとも言えませんでした。
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