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第一章 メルトヴァル学院での日々
今の私だからこそ~レシェウス視点~
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今度は“私”が護ってみせる──────────あの時救われたこの魂に誓って。
パルヴァンの王城にある王太子の執務室では、その部屋の主である王太子レシェウスが執務机にて淀みなくペンをはしらせていた。
「殿下、そろそろ一息つかれてはどうですか?」
側近兼幼馴染みである青年、リューイから差し出されたカップを見て、私──レシェウスはだいぶ執務に熱中してしまっていたことに気がついた。
「───ん?ああ、リューイか………そうだな。今日の分はあらかた終わったし、少し休憩をとるか。さすがに目が疲れてきたところだったしな」
「──殿下………。朝から休みなくやっていればそうなりますよ」
「今は私たちしかいないんだ、そう堅苦しく話す必要はないだろう、リューイ」
「……………仕事中毒も大概にしろ、レシェウス。弟だけじゃない、彼女にも心配されるのは本意じゃないんだろう?」
私が許可した途端、遠慮がなくなった小言が飛んでくる。思わず顔をしかめるものの、中毒と言われる自覚はあるので何も言い返せなかった。
近くのテーブルまで移動し、そこに軽く摘まめる軽食が置かれているのに気がつく。みたところ、持ってこられてからそれなりに時間が経っているようだ。リューイが厨房の者に頼んで作らせたのだろう。
時間的に夕食の仕込みをしなければならない時刻だろうに、わざわざ作ってくれただろう料理長に申し訳なく思いながらソファに座ってそれを食べ始めた。
時間が経っても美味しく食べられるように配慮してくれたらしく、白いパンに具を挟んだサンドイッチだった。自然と私の頬は綻んだ。王族としては珍しいかもしれないが、私の好物だからだ。嬉々として手を伸ばし、迷わずかぶりつく。サンドイッチを次々に胃袋に納めながら、この料理がよく出されるようになった経緯を思い出していた。
あれはいつの頃だったか。執務にかまけて食事をとり忘れる私を心配した彼女が、厨房の者の制止を振り切って作り、執務室まで持ってきてくれた。終始無言だったが、「とっとと食べてください」と目が語っていた。見たこともないはずのその料理を嬉しそうに頬張る私を見て、厨房の料理人たちは衝撃を受けたようだ。その場で質問攻めにしていた。彼女は、質問一つ一つに律儀に答えていたが。
それ以来、あれこれ彼女に質問をしては、食事の席で「教えて貰ったレシピで作ってみました!」と目を輝かせて語るようになった。
まあ、食事が美味しくなったので父上も母上も喜びはすれど、文句など言いはしなかった。私も弟も言わずもがなだ。
王族に取り入りたい連中からすれば、面白くはなかったのだろう、元から気にくわなかった彼女にくだらない嫌がらせをするようになった。
騎士の中にもそんな輩はいたが、手合わせに託つけて痛め付けようとしたのだろうが、彼女に瞬殺されるだけの結果に終わっているので、そちらは心配なかった。
そうして彼女に叩きのめされ、凹んで帰って行った者たちの中から、どういうことだか目をキラキラさせて「貴女の部下にしてください!!」と膝を折る者たちがたびたび目撃されるようになったのは余談だ。
料理長を始めとする厨房の者たち──ちなみに料理長は侯爵家の次男でありながら料理人を目指した変わり者と呼ばれている──や彼女に好意的な者は、「出自のわからない平民の娘が王太子殿下に取り入っている」などと陰で蔑む輩からさりげなく彼女庇ってくれているようだ。
閑話休題。
皿の上にあったサンドイッチを全て平らげ、満足した私は、紅茶を飲み一息ついた。リューイはテーブルの上の空になった皿を見て、私がきちんと食べたことにほっとした空気を漂わせた。………さすがに申し訳なくなった。悪い癖だな、執務に励むあまり寝食を忘れかけるのは。
リューイに礼を言おうとして彼の顔をみて訝しんだ。、何かよくない報せでもあったのか、先程とはうって変わって──まあさっきも機嫌がよかったとは言えなかったが──不機嫌さを隠しもしない表情が追加されていたからだ。
そういえば、私が食事中、報告にきていた騎士がいたな……………。
「食事を終えてリラックスしているところ悪いが──学院で問題が起きたようだ」
「───なに?」
学院?たしか今の時間は隣国の第二王子ルティウス殿下方がいるんじゃなかったか?彼の護衛として彼女──リュミエルを付けたが………何があった?
私が続きを促すと、手に持っていた手紙に目を落とし、リューイは苦々しい顔をしながら話し始めた。
「しかも、問題を起こしたのはあの娘です」
「は?あの娘の編入試験は来週のはずではなかったか?なぜ今日学院にいる」
「どうやら神殿を勝手に抜け出してきたようです。しかも何処から入り込んだのか、守衛も気がつけなかったそうです」
「………ひとまず、報告が先だ」
そう言って先を促したが………その内容は、正直常識を疑うような話だった。
“聖なる乙女”候補の娘が無断で学院に侵入したあげく、他国からの留学生に訳の分からない台詞を吐いて怒らせ、仲裁に入った騎士を“聖獣”と叫び、強引に契約を迫った、というあり得ないものだった。
それを聞いて、私は血の気が引いた。まさか………その騎士というのはリュミエルか!?あの娘、リュミエルに何をしたんだ!?
私はまた判断を誤ったのか!?
「落ち着け、レシェウス!!リュミエルなら大事には至らなかったと弟からの手紙に書かれている!」
「───っ!!」
気が昂り、魔力が溢れそうになったが、リューイの制止の声ではっと我に還った。どくどくと心臓が早鐘を打っていたが、深呼吸を繰り返し、荒れ狂っていた魔力を落ち着けた。
「すまない………」
「いや、お前が取り乱す気持ちはよく分かる。シュドヘルも、寿命が縮む思いだったと書いているからな。実際、ルティウス殿下がいなければ危うかったらしい」
「っ………そうか………そういえば、かの王子は水の高位精霊と契約を交わしていたんだったな。それでか」
「そうらしい。リュミエルの身に起きたことを調べてくれるそうだ」
「あとで礼をしなければな。彼らがいてくれなければ、リュミエルは───」
あの時のように、また命を落としていたかもしれなかったのだから。そう考えただけで、ぞっとする。
やはり教会の関係者など招き入れるべきではなかったか、と今更ながらに後悔した。あのヒルドガル伯爵家の血を引いているからといって、先人たちのように高潔な精神を持っているわけでもなかったようだしな………
この国の建国史に登場する聖獣と代々契約を交わしていたヒルドガル伯爵家。だが近年その偉業を継ぐ者は伯爵家の中からは現れていなかった。初代から数えて幾度も“聖なる乙女”を排出したかの家は、次第にその立場に胡座をかくようになったという。
聖獣の苦言を無視し、強引に従わせようとしたこともあったと記録にはあった。
その結果、かの家の血筋とは関係のない家柄の娘が契約者として選ばれるようになった。ヒルドガル伯爵家がどれほど堕落したのか分かろうものだ。(先代の聖獣と契約した娘は私の腹違いの弟、クルシェットの母親だ)
しかも最近は悪評も目立つようになった。その筆頭がヒルドガル伯爵家の前当主だ。彼は相当女癖の悪い男だった。ある時見目のいい下働きの女性に手を出した。前当主の正妻が身籠っているにもかかわらず、だ。手を出されたのは一度だけだったその女性はほどなく妊娠したそうだ。
外聞が悪いからと、ヒルドガル伯爵はその下働きの女性を謂れのない理由で解雇し、追い出してしまった。
後に息子が跡目を継いだようだが──息子はわりとまともだった──、悪すぎる家の評価と財政を建て直そうと苦労しているようだ。
それから十数年後、ある街の教会から高い魔法適正を持つ娘──“聖なる乙女”が発見されたと報せがきた。肝心の聖獣が現れていないのに、本物かなど分からないだろうに。連中はどういうわけだか、やけに自信満々だった。
運命のいたずらか、その娘はヒルドガル伯爵が手をつけ、孕ませたあげく追い出した下働きの産んだ子供だった。
彼女を連れてきた神官に聞いたところ、追い出されたあと教会に身を寄せたものの、母親は娘を産んで間もなく亡くなったようだ。
貴重な光の魔力属性を持つ娘だからか、“聖なる乙女”だからか、かなり甘やかしてしまったようで、我儘放題で育ったと聞く。私と会った時も、訳の分からない台詞を口にしながら抱きついてこようとするのだから、教会の娘への教育を本気で疑った。しかもあの娘、挨拶をすっ飛ばしていた。
常識的に考えて、平民の娘が王族に抱きつくことが許されるとかあり得ないだろう。というか、不敬罪で処罰されても文句など言えない。
本当に、教会は何を考えている─────?
教会の連中にしてみれば、娘を介して自分たちが王家に口を出せると思ったのだろう──『なら躾くらいしっかりしておけ』と思った私は悪くないと思う──、しつこく食い下がってきた。かの伯爵家の名声は未だ回復しきれてはいないものの、その血族から“聖なる乙女”が現れたとなれば、父上は折れるしかなかったようだ。本当に“聖なる乙女”ならば、聖獣もすぐに姿を現すかもしれなかったため、無下には扱えなかったのもあるのだろう。
その娘が今回の騒動の発端なのだから、『開いた口が塞がらない』とはこのことだ、と思ったが。
なんの根拠があったのか、彼女は迷いなくリュミエルを聖獣だと断言した。そして教会から無断で持ち出したらしい“聖具”を使ったらしい。
このあとが面倒そうだ。教会はリュミエルの身柄を寄越せと言ってくるだろう。“聖具”をその身に取り込むことができた以上、彼女が聖獣だということは言い逃れのできない事実だからだ。
だが、と私は思う。教会が“聖なる乙女”だと言うあの娘は本物ではないかもしれない。なにせ、本来なら“聖なる乙女”にしかできないはずの“名付けの儀式”をクルシェットが成功させてしまったからだ。
先代の聖獣はなぜクルシェットに名付けをするように言葉を遺したのかは未だわかっていない。
だが、もしかしたら隣国の一件の時のように、我が国でも何かが起きるのを予期して、先手をうったのかもしれない、そう思った。
「ともかく。その様子では来週の編入試験も見送ったほうがいいだろう。試験日は来月に持ち越すと先方へ通達してくれ。その間、きっちり教育し直さなければ、編入を認めないとな。学院側にも伝えてくれ」
「はっ。担当者へ通達しておきます」
そう言って、リューイは私の執務室をあとにした。
リューイが戻って来るまで少し休むか。そう思って私はある記憶を呼び起こした。
パルヴァンの王城にある王太子の執務室では、その部屋の主である王太子レシェウスが執務机にて淀みなくペンをはしらせていた。
「殿下、そろそろ一息つかれてはどうですか?」
側近兼幼馴染みである青年、リューイから差し出されたカップを見て、私──レシェウスはだいぶ執務に熱中してしまっていたことに気がついた。
「───ん?ああ、リューイか………そうだな。今日の分はあらかた終わったし、少し休憩をとるか。さすがに目が疲れてきたところだったしな」
「──殿下………。朝から休みなくやっていればそうなりますよ」
「今は私たちしかいないんだ、そう堅苦しく話す必要はないだろう、リューイ」
「……………仕事中毒も大概にしろ、レシェウス。弟だけじゃない、彼女にも心配されるのは本意じゃないんだろう?」
私が許可した途端、遠慮がなくなった小言が飛んでくる。思わず顔をしかめるものの、中毒と言われる自覚はあるので何も言い返せなかった。
近くのテーブルまで移動し、そこに軽く摘まめる軽食が置かれているのに気がつく。みたところ、持ってこられてからそれなりに時間が経っているようだ。リューイが厨房の者に頼んで作らせたのだろう。
時間的に夕食の仕込みをしなければならない時刻だろうに、わざわざ作ってくれただろう料理長に申し訳なく思いながらソファに座ってそれを食べ始めた。
時間が経っても美味しく食べられるように配慮してくれたらしく、白いパンに具を挟んだサンドイッチだった。自然と私の頬は綻んだ。王族としては珍しいかもしれないが、私の好物だからだ。嬉々として手を伸ばし、迷わずかぶりつく。サンドイッチを次々に胃袋に納めながら、この料理がよく出されるようになった経緯を思い出していた。
あれはいつの頃だったか。執務にかまけて食事をとり忘れる私を心配した彼女が、厨房の者の制止を振り切って作り、執務室まで持ってきてくれた。終始無言だったが、「とっとと食べてください」と目が語っていた。見たこともないはずのその料理を嬉しそうに頬張る私を見て、厨房の料理人たちは衝撃を受けたようだ。その場で質問攻めにしていた。彼女は、質問一つ一つに律儀に答えていたが。
それ以来、あれこれ彼女に質問をしては、食事の席で「教えて貰ったレシピで作ってみました!」と目を輝かせて語るようになった。
まあ、食事が美味しくなったので父上も母上も喜びはすれど、文句など言いはしなかった。私も弟も言わずもがなだ。
王族に取り入りたい連中からすれば、面白くはなかったのだろう、元から気にくわなかった彼女にくだらない嫌がらせをするようになった。
騎士の中にもそんな輩はいたが、手合わせに託つけて痛め付けようとしたのだろうが、彼女に瞬殺されるだけの結果に終わっているので、そちらは心配なかった。
そうして彼女に叩きのめされ、凹んで帰って行った者たちの中から、どういうことだか目をキラキラさせて「貴女の部下にしてください!!」と膝を折る者たちがたびたび目撃されるようになったのは余談だ。
料理長を始めとする厨房の者たち──ちなみに料理長は侯爵家の次男でありながら料理人を目指した変わり者と呼ばれている──や彼女に好意的な者は、「出自のわからない平民の娘が王太子殿下に取り入っている」などと陰で蔑む輩からさりげなく彼女庇ってくれているようだ。
閑話休題。
皿の上にあったサンドイッチを全て平らげ、満足した私は、紅茶を飲み一息ついた。リューイはテーブルの上の空になった皿を見て、私がきちんと食べたことにほっとした空気を漂わせた。………さすがに申し訳なくなった。悪い癖だな、執務に励むあまり寝食を忘れかけるのは。
リューイに礼を言おうとして彼の顔をみて訝しんだ。、何かよくない報せでもあったのか、先程とはうって変わって──まあさっきも機嫌がよかったとは言えなかったが──不機嫌さを隠しもしない表情が追加されていたからだ。
そういえば、私が食事中、報告にきていた騎士がいたな……………。
「食事を終えてリラックスしているところ悪いが──学院で問題が起きたようだ」
「───なに?」
学院?たしか今の時間は隣国の第二王子ルティウス殿下方がいるんじゃなかったか?彼の護衛として彼女──リュミエルを付けたが………何があった?
私が続きを促すと、手に持っていた手紙に目を落とし、リューイは苦々しい顔をしながら話し始めた。
「しかも、問題を起こしたのはあの娘です」
「は?あの娘の編入試験は来週のはずではなかったか?なぜ今日学院にいる」
「どうやら神殿を勝手に抜け出してきたようです。しかも何処から入り込んだのか、守衛も気がつけなかったそうです」
「………ひとまず、報告が先だ」
そう言って先を促したが………その内容は、正直常識を疑うような話だった。
“聖なる乙女”候補の娘が無断で学院に侵入したあげく、他国からの留学生に訳の分からない台詞を吐いて怒らせ、仲裁に入った騎士を“聖獣”と叫び、強引に契約を迫った、というあり得ないものだった。
それを聞いて、私は血の気が引いた。まさか………その騎士というのはリュミエルか!?あの娘、リュミエルに何をしたんだ!?
私はまた判断を誤ったのか!?
「落ち着け、レシェウス!!リュミエルなら大事には至らなかったと弟からの手紙に書かれている!」
「───っ!!」
気が昂り、魔力が溢れそうになったが、リューイの制止の声ではっと我に還った。どくどくと心臓が早鐘を打っていたが、深呼吸を繰り返し、荒れ狂っていた魔力を落ち着けた。
「すまない………」
「いや、お前が取り乱す気持ちはよく分かる。シュドヘルも、寿命が縮む思いだったと書いているからな。実際、ルティウス殿下がいなければ危うかったらしい」
「っ………そうか………そういえば、かの王子は水の高位精霊と契約を交わしていたんだったな。それでか」
「そうらしい。リュミエルの身に起きたことを調べてくれるそうだ」
「あとで礼をしなければな。彼らがいてくれなければ、リュミエルは───」
あの時のように、また命を落としていたかもしれなかったのだから。そう考えただけで、ぞっとする。
やはり教会の関係者など招き入れるべきではなかったか、と今更ながらに後悔した。あのヒルドガル伯爵家の血を引いているからといって、先人たちのように高潔な精神を持っているわけでもなかったようだしな………
この国の建国史に登場する聖獣と代々契約を交わしていたヒルドガル伯爵家。だが近年その偉業を継ぐ者は伯爵家の中からは現れていなかった。初代から数えて幾度も“聖なる乙女”を排出したかの家は、次第にその立場に胡座をかくようになったという。
聖獣の苦言を無視し、強引に従わせようとしたこともあったと記録にはあった。
その結果、かの家の血筋とは関係のない家柄の娘が契約者として選ばれるようになった。ヒルドガル伯爵家がどれほど堕落したのか分かろうものだ。(先代の聖獣と契約した娘は私の腹違いの弟、クルシェットの母親だ)
しかも最近は悪評も目立つようになった。その筆頭がヒルドガル伯爵家の前当主だ。彼は相当女癖の悪い男だった。ある時見目のいい下働きの女性に手を出した。前当主の正妻が身籠っているにもかかわらず、だ。手を出されたのは一度だけだったその女性はほどなく妊娠したそうだ。
外聞が悪いからと、ヒルドガル伯爵はその下働きの女性を謂れのない理由で解雇し、追い出してしまった。
後に息子が跡目を継いだようだが──息子はわりとまともだった──、悪すぎる家の評価と財政を建て直そうと苦労しているようだ。
それから十数年後、ある街の教会から高い魔法適正を持つ娘──“聖なる乙女”が発見されたと報せがきた。肝心の聖獣が現れていないのに、本物かなど分からないだろうに。連中はどういうわけだか、やけに自信満々だった。
運命のいたずらか、その娘はヒルドガル伯爵が手をつけ、孕ませたあげく追い出した下働きの産んだ子供だった。
彼女を連れてきた神官に聞いたところ、追い出されたあと教会に身を寄せたものの、母親は娘を産んで間もなく亡くなったようだ。
貴重な光の魔力属性を持つ娘だからか、“聖なる乙女”だからか、かなり甘やかしてしまったようで、我儘放題で育ったと聞く。私と会った時も、訳の分からない台詞を口にしながら抱きついてこようとするのだから、教会の娘への教育を本気で疑った。しかもあの娘、挨拶をすっ飛ばしていた。
常識的に考えて、平民の娘が王族に抱きつくことが許されるとかあり得ないだろう。というか、不敬罪で処罰されても文句など言えない。
本当に、教会は何を考えている─────?
教会の連中にしてみれば、娘を介して自分たちが王家に口を出せると思ったのだろう──『なら躾くらいしっかりしておけ』と思った私は悪くないと思う──、しつこく食い下がってきた。かの伯爵家の名声は未だ回復しきれてはいないものの、その血族から“聖なる乙女”が現れたとなれば、父上は折れるしかなかったようだ。本当に“聖なる乙女”ならば、聖獣もすぐに姿を現すかもしれなかったため、無下には扱えなかったのもあるのだろう。
その娘が今回の騒動の発端なのだから、『開いた口が塞がらない』とはこのことだ、と思ったが。
なんの根拠があったのか、彼女は迷いなくリュミエルを聖獣だと断言した。そして教会から無断で持ち出したらしい“聖具”を使ったらしい。
このあとが面倒そうだ。教会はリュミエルの身柄を寄越せと言ってくるだろう。“聖具”をその身に取り込むことができた以上、彼女が聖獣だということは言い逃れのできない事実だからだ。
だが、と私は思う。教会が“聖なる乙女”だと言うあの娘は本物ではないかもしれない。なにせ、本来なら“聖なる乙女”にしかできないはずの“名付けの儀式”をクルシェットが成功させてしまったからだ。
先代の聖獣はなぜクルシェットに名付けをするように言葉を遺したのかは未だわかっていない。
だが、もしかしたら隣国の一件の時のように、我が国でも何かが起きるのを予期して、先手をうったのかもしれない、そう思った。
「ともかく。その様子では来週の編入試験も見送ったほうがいいだろう。試験日は来月に持ち越すと先方へ通達してくれ。その間、きっちり教育し直さなければ、編入を認めないとな。学院側にも伝えてくれ」
「はっ。担当者へ通達しておきます」
そう言って、リューイは私の執務室をあとにした。
リューイが戻って来るまで少し休むか。そう思って私はある記憶を呼び起こした。
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