【完結】畑暮らしのΩ王子、20年越しに“番”が現れました

兎沢にこり

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焼きバターテと愛の火種

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ヴァルデンハイトの畑はいつもの閑静な様子と違い、たくさんの人々で賑わっていた。
長テーブルがいくつも置かれ、その上は赤いチェックのクロスが敷かれている。
エリオスに声をかけられたソルグランの農父母たちが、自家製のお茶や菓子に料理までも広げて、訪れる人々に気前よく振る舞っていた。
畑で催し物があることを聞きつけた街の人々は、ソルグランの野菜に覚えはあっても加工されたものは初めてだと興味津々に覗き込む。
そこにはマルクの父と母も混ざり、宿屋めんどりのメニューに加えられないかと、熱心に作り方を聞いていた。

集まってきたのは庶民の者だけではない。エリオスが、騎士団面々もしっかり招待している。副団長のグレンをはじめ、普段着を身につけた騎士たちが、白い息を吐きながら農父母とテーブルを囲んでいる。入れ替わりでやってくる彼らは、自慢のお茶を両手で大事に抱えて暖をとり、そこからは時折どっと笑いが溢れた。
温かいやりとりを目の端に捉えたエリオスは、こっそりと口の端を緩ませる。

「リオおじさん」
「エリィおじさん」
「「まだー?」」

おっと、と、声をかけられて意識を戻す。
こんもりと山になった、赤や黄色に色づいた枯葉からは燻るように煙が上がっている。エリオスは一番長い木の枝でチリチリ燃える中を突くと、枯葉の間からころりと皮が黒くなったバターテが見えた。

「もう、そろそろ……いいかなぁ」
「わーい!」

開催の予定から随分日が空いてしまったが、畑で焼きバターテ大会が開かれていた。
本来ならマルクと自分、あとはレオンハルトと……小規模で行うはずだったイベントも、お世話になった人々が膨れ上がり、ついにはこのような形となった。
レオンハルトにお願いすると、否定するそぶりなど何もなく一つ返事で通ってしまった。

「エリオス!この野菜マダムたちに渡していいか?」
「それ、調理法教えてあげて!皮が特に硬いからっ」

この日のために呼び付けられたゼフィルは、率先して荷車の野菜を並べている。力自慢のオリオンも同じように続いている。

「あぁ、このポティロン。艶も色もいいでしょう?……ですがこの野菜には、ある恋人同士の悲しい愛の物語が詰まっているんですっ」

得意の話術でマダムたちの関心を集めるゼフィルは、世が世なら吟遊詩人にでもなっていたかもしれない。
ポティロンにそんな涙ある話などない。一ミリもない。しかし、オリオンは「知らなかった……」と感心しているが、しっかり騙されている。あとで、ゼフィルは大目玉を食らうことになるだろう。
マダムたちはαらしい整った容姿の兄らに釘付けで、熱心にゼフィルの話す愛の物語と、野菜の加工方法を習っている。
フィルはと言うと、両脇に大量の資料を持って現れて、テーブルの端っこでアスレイと何やら小難しい話を繰り広げている。専門的に話すならアスレイに聞くのが一番だ。
話題はバースから植物、天文にまで飛んでいるようで、エリオスは最初から小耳に挟むのを諦めている。
やはり自分は、こうして畑で体を動かしている方が何よりよさそうだ。

ポケットに突っ込んでいた皮の手袋を取り出すと、大事に大事に黒くなったバターテを取り出す。
「真っ黒だ」と落ち込むマルクとノアリスに口端を挙げると、エリオスは両手に余るその大きなバターテを二つに割った。
蜜がたっぷり詰まった黄金の身は、しっとりとよく焼けている。湯気がふんわり立ち上がればすぐに甘い匂いが三人の間に流れる。

「「うわぁ~」」
「よし!上出来っ!」

エリオスはテーブルに置いていた古紙を取りに行くと、くるくると厚めにバターテの周りを巻く。
そして二人の前にそっと差し出した。

「さっ、マルクが育てたバターテだ。ちゃんと冷まして食べろよ」
「僕のバターテ……」

マルクは大事そうに手で包むと、湯気を上げるその身に息をふっーと吹きかける。
そして、頃合いだろうとマルクは大きく口を開けて、パクリと噛み締めた。

「あまーいっ!」
「じゃあ俺も!」

ノアリスが続けて、齧り付く。
柔らかいバターテは、子供の口でもすぐに噛み切れるのがいい。

「あちちっ」
「おいおい、気をつけろよー」
「う、うまい!……マルクこれうまいぞ!天才だ!」
「えへへっ」

ベタ褒めのノアリスに、顔を赤らめて笑うマルク。
朗らかな時を過ごすタイミングで、大きな声が響いた。

「おーい!もうやってるねー!」

振り返ると両手に植木鉢を持ったベロリカが現れた。
駆け足でこちらにやってくると、マルクとノアリスの手元を覗き込む。

「リオ!私にも分けてっ」
「はいよっ」
「一番大きいのね」
「はいはい」

またも枯葉を突いてバターテを探る。お望み通りの大きさのものを引っ張り出した。
しかし、気になるのはその手元にある植木鉢だ。草は手当たり次第に伸びていて、先は少し枯れていた。

「その植木鉢は?」
「ちょっと元気ないのよねぇー。今日ソルグランの皆さんが来るって言ったでしょ?だから、見てもらおうと思って」
「……俺が見るのに」

草花の好きなベロリカにとって、またとない機会なんだろう。頬は嬉々としている。
だが、しっかり身分を明かした自分に聞いてくれてもいいのにな、と思わず遠回しに言うとベロリカは笑って答える。

「リオはこのイベントのホストでしょ?それに、ソルグランから何か珍しい花とか、苗をいただけないかと思って」
「それこそ俺に言えばいいのに」
「なんでもこっそりやりたいのよ。“エリオス王子“みたいに私も変わった色の花を咲かせたいしね?」

渡した出来立てのバターテを鷲掴んだベロリカは、「今に見てなさい!」と宣言して、その身に齧り付いた。
目を見開いて咀嚼すると、飲み込むまで熱っぽい眼差しを向けてくる。

「美味しいわ……砂糖も入っていないのよね?」
「ただ焼いただけ。バターとか生クリーム入れて、しっかり混ぜてから焼くと良いデザートになるぞ」
「さすが王立農業使……侮れないわ」

そう言ってひたすら食べたあとは、植木鉢を抱え直すとソルグランの農父母が集まるテーブルに進んで行った。
真っ直ぐに教えを乞う様は見ていて気持ちがいい。
騎士たちはベロリカが突撃した瞬間、敬礼と身を固めたのもおかしかった。

一生懸命バターテを食べ終えたマルクは、ノアリスと一度視線を合わすとエリオスの袖を引っ張った。

「んー?どうした?」

慣れたようにしゃがみ込んで、エリオスはマルクに耳を貸した。
小さな手は、エリオスの耳にそっと添えられる。

「あのね、僕。農夫になりたいの」
「……え!?」
「ふふっ。バターテ育ててる時もリオおじさんなんでも知っててすっごくかっこいいなって!……もっと体力はつけなきゃなんだけど、いつか、宿屋のご飯に僕の作った野菜をメニューに加えてもらうの!」

マルクは「言っちゃった」と上気した顔でそう言うもんだから、エリオスも嬉しくなって思わずマルクを抱きしめた。

「苦しいよぉ」
「ごめん、もう少し!」

嬉しくてたまらなくて、何度もぎゅうぎゅと抱きしめる。
出会った頃は、この国での将来を憂いていたマルク。Ωは騎士の国でどう働くか生きていくのか、悩みの種だった。
そんなヴァルデンハイトでエリオスが始めた畑が、マルクの心を照らす道標になったのだ。

「グレピプも途中でしょ?僕、もっと頑張るよ!」
「あれは春先にならないと、まだなんともだもんなぁ」
「来年は僕もクワを持ちたいなっ」

エリオスとマルクで、グレピプが植っている少し離れた畝を見つめる。
この時期は蕾をそのままに、春を待つのがグレピプの育て方だと聞いた。今は次の季節に向けての準備を始める頃合いである。
バターテを育てた場所に今度は何を植えようかと、あとで作戦を立てることを約束した。

エリオスはマルクとノアリスに遊んでおいでと伝えて、また木の棒を持つ。
火の前にしゃがみ中をツンツンと刺して、バターテが焦げないように転がしてよく観察する。
冬の風がピューと音を立てて、エリオスの足の間を通り抜けた。

「おー、さぶっ」

思わず震えるも、目の前のバターテからは離れない。
火に当たり、手をかざしてすぐに体がずしりと重くなる。
そして、しっかりと冷えた両手ごと抱きしめられた。

「遅い」

鼻を鳴らさなくても、この香りは自然と肌に馴染む。

「お待たせしました」
「この後は?」
「貴方のそばに」

エリオスは後ろを振り返らずに、背を預ける。
大事そうにその体を抱きしめたレオンハルトだが、すぐに身を離す。

「薄着すぎやしませんか?風邪をひきますよ」

レオンハルトは自身のジャケットを脱ぐと、静止も聞かずにエリオスの肩へとかける。
それでも足りないとピタリと横へ寄り添って、その火の中を見つめた。

「レオが風邪ひいたらもっとやばいだろ」
「体力が有り余っているので、そもそも風邪と無縁です」
「だろうな?」

エリオスは金髪のひっつき虫をつけたまま、木の枝を操りよく焼けたバターテを取り出した。
皮の手袋でしっかりと掴むとそれはずっしりと重かった。

「熱いでしょ?私が持ちましょうか?」
「この手袋分厚いから大丈夫……よっと」

しっかりと割って現れた、美味そうな黄金色の果肉。
湯気がたち、ホクホクだ。
エリオスは自ら唇を持っていき、何度もしっかりフーフーと冷ましてからレオンハルトの口に持っていく。

「いいんですか?」
「いいに決まってるだろ……冷めるから、ほら」

レオンハルトは落ちてきた髪を耳にかけながら、そこへ大きく齧り付いた。
真っ白な犬歯が果肉を食いちぎる。

「美味しいですっ、ものすごく!もっと食べても?」
「待ってな、皮剥くから」

花を飛ばす勢いで言うものだから、エリオスの顔も寒さで赤くなった花同様に火照る。
上手に皮を剥いてやると、レオンハルトは大きな口で完食した。
エリオスもそろそろ食べごろかと、その半欠けにかぶりつく。
甘くてトロリとするバターテは絶品だ。蜜も多くて、これだけでホッと幸せな気持ちになる。
今年はどうしても数が少ないから、振る舞うにしても少しずつになってしまうが、来年はもっとたくさん作って、皆んなに食べてもらいたい。

……来年は?

「リオ?どうしました?」
「い、いやっ別に?」
「本当に?私に誓って?」

至極真面目にそう言うから、レオンハルトは時々おかしいやつだと思う。

「なんでお前に誓うんだよ!」
「運命ですから」
「そ、そうだけど……」

互いに運命だと分かってもまだ一歩、踏み込めない。
こんなに近くにいるのに、まだエリオスのうなじはまっさらだ。
風がまたピューと吹いて、そこが特に冷えてしまう。
ふと寄り添うレオンハルトを見つめると、唇が目に入った。
なぜだかエリオスはそこをぼーっと見つめてしまう。
レオンハルトが何か話しているが、なんだか頭にその内容をとどめて置けない。

あの事件があってから、毎日毎晩起きる時も寝る時も、変わらぬ距離間だ。
だと言うのに、なんだかその唇に今日は特に惹かれてしまう。
早くそれが欲しいと頭でいっぱいになって、エリオスは思わずそこに噛みつくように口づけた。

「んっ……」

ちゅっと、音を立てて離れたそこ。やはりまだとても美味しそうに見えて、エリオスは人目も気にせず何度も口づける。
レオンハルトの逞しい首に縋りついて、全体重をかけるとこっちをむいてと言う気持ちでまた口付ける。
(あれ、俺なんでキスしてんだ?……でも、レオちゃんと返してくれない、なんで?)
エリオスは我慢できずに、レオンハルトの唇をぺろりと舐めた。
その瞬間、エリオスの視界は変わる。
膝裏にレオンハルトの腕が回って、体が浮いた。

「っフィル!私たちは先に戻ります!」

(なんで俺以外の名前呼ぶの?……レオのばか)
弱い力でレオンハルトの胸を叩く。自分のこの行動が幼児じみていると頭の片隅では分かっているのに止められない。
こんな状態だからこそ、エリオスは自分が横抱きにされていることに、気がついていない。
フィルは切羽詰まったレオンハルトの様子にすぐさま合点がいったと、声を上げた。

「……きた!?」
「きましたっ!」

頷きあった二人がもっと気に食わなくて、エリオスはレオンハルトの首を力一杯抱きしめる。
すりすりと顔を擦り付けているのに、レオンハルトは離れようとするから、制御できない涙腺が壊れた。

「なんで、俺のことみねぇんだ、なんでっ?」

エリオスの泣き顔を前にした運命は、胸が締め付けられる思いだ。
しかし、ここでことに及んだら、非難どころじゃあ済まされない。

「お願いですから、煽らないで」
「煽る?どう言うことだよ、俺、レオになんかしたか?怒ってる?」

レオンハルトが険しい顔で見るものだから、不安な気持ちが襲ってくる。
沈みそうな船に乗っているみたいで、怒らないでとエリオスはレオンハルトの頬に何度も口付ける。
しかしそれが、レオンハルトの言う「煽っている」行為だと分かっていないのだ。
レオンハルトは理性をなんとか総動員して、エリオスの額に自身の額を擦り付けた。

「貴方、ヒートが来ていますっ」
「ヒート?……マジで?」

人前で絶対にしないような甘え方をエリオスはしている。しかし、ヒートにも気が付かなかった彼は、素直に驚いていた。
レオンハルトは驚くエリオスに狙いを定めて、理性と欲が混ざった顔で唇を掠め取った。

「貴方を番にします……いいですか?」

その熱を帯びた表情にエリオスはたじろいで、しかししっかりと頷いて見せる。
レオンハルトはふっと笑うと、エリオスを抱いて、畑を後にしたのだ。

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