死体、現れる

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死体、見つける

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 最近気付いたことがある。
 私には向上心というものが欠けているらしい。

 私、東條めぐみは現在某ハンバーガー屋でアルバイトをしている23歳だ。千葉県にあるそこそこの大学を卒業してから、特に就職活動をするでもなく前から制服が可愛くてあこがれていた今のお店で働きだした。
世間ではフリーターと呼ばれる人間だが、今ではさして珍しいこともないだろう。友達が10人集まれば1人はいるくらいの人気職だ。(まあ私には10人も友達はいないので完全に主観的な予想でしかない。)
 なので、別にフリーターだから向上心のない人間だと言いたいわけではない。むしろ夢や希望をもってフリーター生活をしている人の方が多そうなものである。
しかし私には、特にこれといった夢はない。毎日希望を持って生きているわけでもない。
朝起きて前日に買っておいた冷めたクロワッサンとコーヒーで朝食を済ませ、好きな本を読みながら2~3時間を過ごし、昼前にバイト先に行って夜19時ごろ帰る。そして帰り道でその日の夕食と次の日のクロワッサンを買って帰り、ご飯の後は朝読みかけの本をまた読む。そうして1日が終わっていくのが、私の最高の幸せなのだ。
 しかしこれを人に話すと、もっと先のことを考えたほうがいいよ。や、資格とか取って正社員になるための努力をした方がいいんじゃない?などといったことを言われる。もっと言えば、何が楽しくて生きてるの?と言われたこともあった。
 先に断っておくが、別に私は自分から自分のライフスタイルはこうなんです~などと他人にむやみやたらに話しまくるようなちょっとウザめな女ではない。あくまで聞かれたから答えたまでである。自分が話したい話題でもないのに、聞かれたから答えたのにどうでもいい他人の意見を押し付けられるとは、なんて不条理な世界だろう。
私の幸せは他人から見た不幸らしい。といっても、可哀想と同情を受けるほどではなく、自分よりはあいつの方が幸せじゃないなと下に見られるくらいの不幸だ。
 別に人からどう思われるかはそんなに重要ではない。大事なのは自分の感情なのだから。私は、たとえ今通り魔にナイフで刺され殺されたとしても、さほど悔いなく死んでいけると思う。ああ、キャリアウーマンになって表参道でバリバリ働いて人の役に立ちたかった。ああ、運命の人に出会って一生に一度の大恋愛をしたかった。と思いながら死んでいく自分が想像できない。その代わり、大好きな緒方先生の新作を読めないことは少し残念に思いながら力尽きていくだろうが。
 こういった日常が続いていくのが私の願いであり、幸せだったのだが、それが壊される事態が今現在起きている。
そう、私は別に最近バイト先に入った高校生の女に生きてて楽しいかと聞かれたことが悔しかったわけではなく、自分に向上心がないことに悩んでいるわけでもない。ただただ今の受け入れがたい現実から逃避して無駄に思考を走らせていただけなのだ。

 今、めぐみは自分のマンションの部屋の前にいる。なぜ部屋に入らないかというと、ドアを開けた瞬間、知らない男が廊下で倒れているのが目に飛び込んできたからである。
めぐみはどうでもいいことを考えながらしばらく停止して男を見ていたが、男が動き出す気配はない。

(なに?この人誰?なんで私の部屋で知らない男の人が倒れているの?)
 めぐみはパニックになっていた。
 よく他人から落ち着いている、大人っぽいと言われることの多いめぐみだが、さすがにこの状況で冷静ではいられない。ついどうでもいいことを考えてしまうのも致し方ないといえるだろう。
 ぴくりとも動かない男を見て、めぐみは言いようのない不安に襲われた。
 もしこの男が泥棒なら、なぜ廊下で倒れているのか。留守だと思って侵入したら家主が帰ってきたので慌てて死んだふりをしているのだろか。いや、それはクマにあったときの咄嗟の行動であり、泥棒のとる行動ではないだろう。
 何がなんだがわからないが、この男はもう死んでいる。
そんな気がした。
それは直観的なものもあったが、そう確信したのは数秒前、男のお腹のところが赤くなっているのに気付いたからだ。そして廊下の奥の方には切っ先が赤いナイフが転がっている。
(この人、お腹を刺されている?)
もしお腹を刺されていても、もしかしたらまだ息があるかもしれない。それならばすぐに救急車を呼ぶべきだが、その必要がないのは分かっていた。なぜか。それはやはり感覚的なものだった。
 この人はもう生きていない。それは明白な事実だった。
 普通ならすぐにでも警察に電話をするだろう。だが、めぐみは自らの家の中に入っていった。
おそるおそる土足のままで家に上がり、廊下で横たわっている男の顔を覗き込む。
 知らない男だった。
 それがめぐみをさらに怯えさせた。
 男の顔を確認してすぐ家から出た。そして携帯を取り出し電話を掛けた。
 しかし電話の相手は警察ではなく、幼馴染の優馬だった。

「おい、めぐみ!」
 電話を掛けてから15分で、優馬はめぐみのマンションに駆け付けた。
「大丈夫か?」優馬が険しい顔をしながらめぐみに問いかける。走ってきたのだろう。息が上がっていた。
「ごめんなさい、急に。家に帰ったら知らない男の人が倒れていて・・・。わたし、混乱してしまって。」
動揺しながら話すめぐみを抱きしめながら、優馬は大丈夫、大丈夫だからと言い聞かせ、めぐみを落ち着かせようとした。
「とりあえず、部屋に行ってみよう。その男は死んでいたんだよな?」
 優馬は電話で聞いたことを確認した。
「ええ。お腹から血が出ていて、死んでいたと思うわ。」
 優馬は険しい顔のまま、めぐみの手を引いて部屋に向かって行った。
 部屋の前に着き、ここで待っていてと言い、少し離れたところにめぐみを残し優馬がドアに手を掛ける。ドアを開けると、数十分前にめぐみが目にしたのと同じ光景が優馬の目にも飛び込んできた。
 心臓の音がガンガン鳴り響いていた。それを抑えようとしながら、優馬は部屋の中に入っていく。めぐみ同様靴を履いたままで廊下を進んでいき、倒れている男の顔を覗き込む。
 知らない男だった。
 優馬はおそるおそる男の首元に手を当ててみた。
「ひっ!」とっさに手をひっこめた。
 その体は冷え切っていて、男がこと切れているのが分かった。

「確かに死んでいたな。知らない男だった。」外に出た優馬は、めぐみに向かって話した。
 幼馴染である優馬は、めぐみの交友関係を知り尽くしていた。その優馬が知らないのだから、本当に全く知らない男なのだ。
 二人の間にしばしの沈黙が流れた。
 ふつうなら第一に警察に通報する事案だ。だがめぐみも優馬もそうしない。それにはある理由があった。
 ここ最近、千葉県では奇妙な事件が相次いで起きていた。

 1件目の事件が起こったのは、2017年1月1日。千葉県松戸市に住む男性、田中健三(43)が同じく松戸市在住の女性、横山京子(22)を殺害したとして逮捕された。横山京子は、田中のアパート内で体中をメッタ刺しにされた状態で発見された。第一発見者は家主の田中健三であり、自ら警察に通報している。

 2件目はその1月後、2月2日の寒い寒い夜だった。千葉の新宿と呼ばれる柏市に住む山本律子(30)は、いつものように仕事終わりに同僚と軽く飲んだ後、自宅近くのコンビニに寄り肉まんとお茶を買って家に向かった。そしてドアを開けて電気を付けると、そこには全身をボコボコに殴られ、血まみれ傷だらけの男の死体が置いてあった。律子もまた動転しながらも警察に通報している。死んでいた男の名前は北川敏夫(32)、都内の会社で働くエリートサラリーマンであった。
 律子はその場で逮捕された。

 鍵が掛けられた状態で自宅の中に死体があったこと。そして鍵を持っているのが家主だけであったこと。さらには被害者の死亡推定時刻にアリバイがないことなどが逮捕理由であった。
 しかし、田中健三も山本律子も一貫して犯行を否定し、家に帰ったら死体があったと繰り返し供述した。最初は言い逃れるために嘘をついていると思われていたが、その後同様の事件が1月で2件も起きた。
 いずれも第一発見者は家主で、家に帰ったら死体があったと供述した。
 これには警察も困惑せずにはいられなかった。
もしかしたら犯人は別にいて、無関係の人の家に死体を置いて逃げているのではないか。そう考えるのも自然であった。なにしろこの事件の犯人とされている死体があった家の家主たちは皆自ら警察に通報しているのである。
もし彼らが犯人ならそんなことはせず、山に埋めるなり海に捨てるなり、捕まらないように死体を隠そうとするはずである。
 彼らは白なのか。そう思いながらも調べを進めると、やはり彼らが犯人であるとしか思えない証拠が次々に発見された。

 まず1件目の田中健三の場合。
 彼は被害者の横山京子と顔見知りだった。京子は大学に通いながら自宅近くのコンビニでアルバイトをしていた。田中はそこの常連だった。いつも仕事終わりの同じ時間に利用することが多いため、その時間に勤務していた京子とは度々挨拶を交わすような仲だった。    だが二人の関係は決して良好なものではなかったらしい。京子の同僚の証言では、田中は京子に好意を抱き、ストーカーまがいの行為をしていたというのだ。被害届こそ出されていなかったが、しばしば京子は田中のことで同僚に相談を持ち掛けていたらしい。京子は田中に対してそっけなく対応していたが、そのことで田中は事件前ずっとピリピリしていたと田中の同僚からの証言もある。田中には京子を殺す動機があったのだ。
 さらに、ミネラルウォーターのウォーターサーバーの営業をしていた田中は、死亡推定時刻のアリバイがなかった。彼の証言では、その時間自宅にウォーターサーバーを設置したいと電話をしてきた客を公園で待っていたという。公園で待っていたのはお客の指示だったと。しかし田中の携帯電話の通話履歴を確認しても証言の客との通話履歴は見つからなかった。極めつけは、京子をメッタ刺しにしたナイフには田中の自宅にあったもので、田中以外の指紋は検出されなかった。
 そして田中の他に京子を殺す動機のある容疑者は見当たらなかった。

 2件目の山本律子の場合。
 律子は金遣いの荒い女だった。普通のOLとして働いていてはとても手が出せないようなブランド物のバッグや財布を身に着けていて、それは一つや二つではなかった。実家が金持ちなわけでもない律子がどうしてそれだけのブランド品を買えたのか、答えは簡単だ。借金をしていたのだ。律子は複数の金貸しからお金を借りていて、その返済をするためにまた別の金貸しから金を借りるという自転車操業をしていた。いよいよどこからも借りれなくなると、友人やさほど親しいわけでもない知人にまで手当たり次第電話をかけて金の無心をしていたという。
被害者の北川敏夫も金を貸していた一人だった。
律子との関係は大学時代の先輩であり、家も近所ということで商社に勤め金回りのよかった北川は律子に50万ほど金を貸していた。大学時代サークルが同じだったというだけで、そこまで仲が良かったわけではない律子に北川が50万もの大金を貸していたのは、ただ金をそこそこ持っているからという理由だけでなく、元来の性格が故であった。
 北川は小さいころから正義感が強く面倒見の良い長男気質で、実際3人兄弟の長男であった。悪いことをしている人は許せなかったし、困った人がいれば誰よりも率先して助けようとした。そんな性格だからこそ、困っている律子を北川は放って置けなかったのである。
 しかし律子はそんな北川の優しさに付け込み、金の無心をし続けた。最初は2万だけでいいと言っていたが、親身になって話を聞いてくれて、快くお金を貸してくれた北川に味を占めた律子はそれから何度も金をせびるようになった。さすがにブランド品を買い漁ったせいで借金ができて困っているとは言えず、妹の病気でお金がいると嘘をついていた。正義感の強い北川だ。人の命が掛かっているとなれば金を惜しむ男ではない。
 だが、律子と会うときに妹の病状を聞いても、具体的な病名や病気の進行状況は教えてもらえなかった。また、お見舞いに行きたいと言ってもどこの病院かは教えてもらえず、北川は少しずつ律子に不信感を抱いていった。そこで律子の妹と同い年の弟に相談して、律子の妹が今どうしているのか共通の友達に連絡して確認を取ってもらった。その結果、律子の嘘はあっさりとばれてしまった。
 律子の妹は病気などではなく健康そのものであり、なんと陸上のオリンピック候補選手として会社に勤めながらプロとして活躍しているというのだ。病弱とは正反対、むしろ自分よりもだいぶ元気なことを知った北川は怒り心頭だった。
 正義感の強い人間というのは、弱い者や正しい行いをする者には優しいが、いったん敵と見なしたものにはとことん冷たいものだ。北川は今月中に貸した金を全額返すように律子に告げた。
そしてその3日後に北川は律子のマンションで遺体として発見されたのだ。
 これまた動機は十分である。
 北川は全身を鉄製のパイプで殴られて殺されていた。そのパイプは数日前から律子の部屋の近くの壁に建て掛けてあったと住人が証言している。律子はいつの間にか置いてあった、あるのは知っていたが特に気にしていなかったと供述した。1件目同様パイプには律子の指紋だけが付いていた。
死亡推定時刻は12時ごろ。律子は金を貸してもらうために闇金に行っていたため、アリバイはない。
他の二件の事件も大体似たり寄ったりで、第一発見者は被害者を殺す動機もあり、アリバイもない者ばかりだった。そのため警察も逮捕しないわけにはいかなかった。
 しかしこんな事件が立て続けに続いたら世間は静かではいられない。しかも全ての事件が同じ県内で起こっているのだ。ネットでは、真犯人が別にいて無差別に殺してから他人の部屋に死体を放り込んで逃げているのではないかと話題になっていた。その方法や動機なんかも面白おかしく色んな人が書き立てていた。だがどれも確信めいたものはなく、創造の域を出ないものだった。
 それでも、いつ自分の部屋を開けたら死体が転がっているか分からないこの状況で、人々は日々の生活に言いようのない緊張感を抱えながら暮らしていた。


 ここまで話したら、めぐみがなぜ警察に連絡しなかったか分かるだろう。
巷で話題の事件が自分の身に降りかかってきたのだから、動揺するのも無理はない。しかも事件の第一発見者は皆逮捕されているときたら、警察に連絡なんてとても出来ない。自分も逮捕されてしまうかもしれないのだ。こんな見たこともない男を殺した容疑でだ。
「ねえ優馬、これって例の事件と一緒じゃ・・・」
 めぐみは死体を見つけてからずっと思っていたことを優馬に問いかけた。
「ああ、俺もそう思っていた。」
 普段ニュースを全く見ない優馬でも、この事件のことは知っていた。
「どうしよう。どうすればいいの。わたし本当に殺してなんかないのよ。」
 めぐみは震えながら優馬に向かって無実を訴えた。
「ああ、分かってる。」
 そう答えながらも、これからどうすればいいのかは優馬にも分からなかった。
 二人とも黙ったまま、しばらくの間沈黙が続いた。


「わたし、犯人を捜すわ。」


 唐突にめぐみが口を開いた。
 さっきまで震えていたとは思えないほどしっかりとした声でそういっためぐみに、優馬は口を開けてフリーズした。


つづく
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