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絶対支配領主『バハムート』人類衰退度A+
第11話 帰還
しおりを挟むタイガが炎竜バアル・ボウルの元まで駆けて行って、早一刻が過ぎようとしていた。
その間アイシャはというと、彼の去った方角に向けて両手を合わせ、祈りを捧げることくらいしかできなかった。他の村人はアイーガの指示により、避難の準備を進めている。あの管理者が戻ってきた時のため備えである。
それはつまり、タイガが敗れ、殺されることを想定してのものだ。
それをしてしまうと、本当に彼が死んでしまうような気がして、アイシャにはとても動く気にはなれなかった。別に父や他の村人たちが冷酷というわけではない。考え得る可能性に備えることは決して無駄にならないからだ。
先ほどまで家財をまとめていた父アイーガが、そっとアイシャの傍らに立った。
「……タイガさんのことが心配なのか?」
「……うん」
二人してタイガの向かった渓谷の先を見つめる。アイーガも娘の恩人のことを相当気にかけているようだ。
渓谷の遥か奥から轟音が聞こえ始めて、それが今日までドラゴンの脅威に晒されてきたアイシャには、バアル・ボウルが暴れ回っている様を容易に思い描くことができた。ピリピリと大気の震えが伝わってくるたびに、どれほどの激戦が繰り広げられているのか、想像するだけで胸が痛む。
――――しかしそれも、やがて聞こえなくなった。途端にしんと静まり返ったのだ。
死闘に終止符が討たれたことは間違いない。勝者はともかく、敗者は生き残ってはいまい。ここは弱肉強食の世界、それをタイガは重々承知しているようだった。
アイーガは小さな声で告げた。その声量は伝えなければならないが、聞いてほしくないという相反した思いによるものか。
「…………今、何人かに偵察へ向かわせた。勝敗を確認するためでもあるが……、最悪、その亡骸だけでも持ち帰るためにな」
「……! 何故、私を向かわせてくれなかったのです!? あの人を巻き込んだのは私です! だから、最期まで見届ける義務がありますっ!」
しかしアイーガは首を振って、
「だからこそだ。お前はタイガさんに入れ込みすぎている。決して悪いことではないが、それが災いしてバアル・ボウルに突っかかるようなことがあってはならない。分かってくれ、アイシャ」
「……っ!」
分かっている。きっと自分は、タイガの危機を目の当たりにして冷静でいられるはずがないと。彼は自分の命を救ってくれた恩人だ、見捨てることなどできない。
分かっている。父の判断は正しいと。自分一人がドラゴンに立ち向かったところで、それは無駄死に以下でしかないことを。
やるせなさを、自らの拳に込める。爪が皮膚へと食い込み、ともすれば突き破って流血してしまうほど、強く握り締めた。
(タイガさん……っ!)
心の中で彼の顔を思い描く。ずっと見つめていたおかげで、鮮明に描くことができた。
――――直後、アイシャの前方から物音がした。
「そ、村長っ! 大変です!!」
顔を上げると、村の男性二人が息を切らして駆け込んできた。おそらくタイガの様子を見に向かった者たちだろう。
アイーガがすぐさま状況説明を求める。
「どうした? いったい何があった!?」
「そ、それが――――っ!」
男性二人を追うようにして、背後からさらに物々しい音が聞こえた。ズル、と何か大きな物体を引きずるような。
否応なしに緊張感が高まる。偵察してきた二人の態度から、かなりの異常事態だと察することができたからだ。
渓谷の奥から、『それ』はゆっくりと姿を現した。
「まったく、この地形じゃ狭すぎてこいつを運びづらくて仕方ない。いや、バアル・ボウルの図体が大きすぎるのが悪いのか」
――――返り血を浴びたタイガが、バアル・ボウルの尻尾を掴み引きずりながら帰還してきたのである。
彼は文句を垂れながらも、村人の姿を見た途端表情を明るくさせて、
「どうも、ご心配をおかけしました。今度は最初から食料代わりにドラゴンを引っ張ってきましたよ」
別に大したことでないかのように、あっさりと言ってのけるタイガ。事実、彼にとっては取り立てて讃えられるほどのことではないのかもしれない。
返り血と煤で汚れてはいるものの、どこか致命傷を負った様子はない。引きずられるバアル・ボウルは、先ほどまでの威勢が見るまでもなく、真っ二つにされていた。
「――――っ!」
何より彼の無事な姿を拝むことが叶ったアイシャは、いつの間にかタイガの元へと駆け出していた。
その勢いのまま、タイガの身体に飛び込んだアイシャ。多少の汚れなど気にならなかった。彼女は腰に手を回して、もう離さないくらいの力を込めた。
不意のタックルに、タイガは僅かに押し倒されそうになるも踏み止まり、代わりにアイシャの頭を優しく撫でた。
「……心配かけたな、アイシャ。留守の間は大丈夫だったか?」
「いいえ……! 私はあなたが無事なら、それだけで…………っ!」
二人の周囲だけ空間が切り取られたかのように、何者にも侵されない時間が流れる。
アイシャはそれを、嗚咽を漏らしながら噛み締めていた。
――――その様子を村人全員に見られていたアイシャが赤面するのは、また後の話である。
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