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勇者参列編
第十話 魔物である自覚と、元人間だった自覚
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私は皆と別れて慌てて、ゼロのもとに駆け寄る。
ゼロは何だと、優雅さを残した振り返り方をし、私の頬に手を当てる。
そんな気障な仕草をしてる場合ではないし、私も照れて赤くなってる場合じゃない!
なのに、不思議と言いたかったり怒ったりしてた言葉は消えていく。
言葉を失っていく私にゼロは笑いかける。
「大丈夫だ、無理強いはせん。どうしても無理であればセバスチャンに腕を引いて貰え、ばあじんろうど、というやつは」
「あの、ね。はっきり言うと嫌じゃ無いけれど、嬉しいけれど、怖いの。兄様は、悪か正義かしかないから……今の私を受け入れて貰えるか」
「……家族というものは、血よりも濃い絆があると聞く。とくに、戦いの際には、よく『早くお前を倒して、ウルのもとに帰る!』とやたらと連呼していた奴だ。敵ながらそこは信頼できると思うぞ」
「……ゼロ……」
「お前に必要なのは、ちょっとした勇気だ。それさえ出れば、あとは順風満帆といこう」
ゼロは私を励まし、頬にキスをするとそれでは、と恭しく一礼し、去って行った。
キスされた頬に手をあて、考え込む。
「お熱いことで、私溶けそうですわ」
後ろから現れたのはシラユキ。シラユキはくすくすと笑いながら、私の表情を見つめると頭を撫でてくれた。
「大丈夫ですわ、きっと。世界一勇気ある御方の妹君である奥様に、どうして勇気がないといえましょう。いつかは沸いて出る物です。さて、奥様。式のドレス候補をお決めになりましょう!」
シラユキの言葉に私は微笑み、頷いた。
*
ラクスターはドレス決めをするから部屋の外で待っていてと命じたのに、部屋に入り込んできたから、私とシラユキ、女の侍女魔物たちは大騒ぎだ。
「殿方はお帰りください! お召し物を先に他の殿方が見るなんて! 魔王様に怒られてしまいます!」
侍女魔物の喧噪もなんのその、ラクスターはあっけらかんとしてドレスを着た私や手伝うシラユキにどしどし近づいてくる。
「ラクスター!」
「あの爺さん、何か後ろ暗いこと考えてるぜ多分」
怒りよりも先に、言葉から緊急事態だと部屋の者皆が察して、侍女魔物は考え込んだ後、あとでまた参ります、と出て行ってくれた。
私とシラユキ、ラクスターだけが場に残る。
「どうしてそんな……」
「シラユキ姐、魔物からして勇者の印象って?」
「最悪。水と油」
「そう、相交われない存在なんだよ。一体どうしてあんな提案出来る?」
「それで笑っていたの?」
「そうそう。あんな如何にもご親切です!って顔しながらさア、腹黒いことなーんか考えてるなって野生の勘。でも、オレ勘鋭いから割と当たるって天使の頃は有名だったぜ」
「それでそう言うからには何か提案があるんでしょうね?」
シラユキが拳で軽くラクスターの胸を叩くと、ラクスターは好戦的な笑みを見せた。
「勇者の護衛必要だろ、いくらなんでも敵陣までそんな一人で乗り込ませるわけにはねえ? オレが適任でしょって売り込んで、あの爺の邪魔してくるからその間、奥様の護衛できねえぞってご案内。多分、四、五日はかかるな。その間気をつけてろよ。シラユキ姐も出来ればうちの姫さんに気を遣っててくれ」
「言われなくても! 分かりましたわ、ウル様はどうお考えで?」
「……兄様に、あのお爺さんが何かするかもしれないってこと?」
「そう。魔物なら当然、勇者をぶっ殺したいはずだしな?」
「……そんな悲しいことは」
「あり得ないわけがない、いい加減魔物の自覚をしてくれ姫さん。アンタが魔物として指針をしっかりしないと、大切な者をいつか失うぞ」
「……分かったわ、兄様の護衛、お願いね」
真っ直ぐと見つめてくるラクスターの眼差しに部屋に入ってきた時の陽気さはなかった。
真剣に思いやってくれている、っていうのが伝わるし、私の魔物としての未来も案じてくれている。きっと、自分の上司だからってのもあるのだろうけれど、ラクスターの持つ本来の優しさも動いたのだろう。
私はラクスターが手をひらひらとさせながら、窓から飛び立っていくのを見送ると、疲れてしまい椅子に座る。それをシラユキはドレスの裾を抱え手伝ってくれた。
「そう、そうよね、普通は勇者が憎いのが魔物の当然なのよね……私は人間側としての弱味の存在なのかもしれない」
勇者の妹を生き返らせてくれたゼロが優しすぎただけ。
受け入れてくれたシラユキの懐が深かっただけ。
その事実に気づくと、私は甘い、善悪でいえば善の世界でしか生きてこなかったことに気づく。
これからはきっと悪意に気づかなければ、ゼロだって失うかもしれない。
ゼロを?
嫌よ、それはとても。
「シラユキさん、……正直に話して。私を花嫁として喜んで迎え入れてくれてる魔物はどれくらい?」
「……半分です、城にいる者としても、魔物全体としても」
気まずそうに伝えるシラユキに、有難うとお礼を言うと、私はしっかりと魔物になる覚悟をしなければならないという自覚を持とうと思った。
いつか、魔物として認めて貰おう、って思ったの。
認められないから泣いて終わるのは、死ぬ前だけで結構よ。
私は強くなったし、生きている。なら、あとは頑張るだけ。
ゼロは何だと、優雅さを残した振り返り方をし、私の頬に手を当てる。
そんな気障な仕草をしてる場合ではないし、私も照れて赤くなってる場合じゃない!
なのに、不思議と言いたかったり怒ったりしてた言葉は消えていく。
言葉を失っていく私にゼロは笑いかける。
「大丈夫だ、無理強いはせん。どうしても無理であればセバスチャンに腕を引いて貰え、ばあじんろうど、というやつは」
「あの、ね。はっきり言うと嫌じゃ無いけれど、嬉しいけれど、怖いの。兄様は、悪か正義かしかないから……今の私を受け入れて貰えるか」
「……家族というものは、血よりも濃い絆があると聞く。とくに、戦いの際には、よく『早くお前を倒して、ウルのもとに帰る!』とやたらと連呼していた奴だ。敵ながらそこは信頼できると思うぞ」
「……ゼロ……」
「お前に必要なのは、ちょっとした勇気だ。それさえ出れば、あとは順風満帆といこう」
ゼロは私を励まし、頬にキスをするとそれでは、と恭しく一礼し、去って行った。
キスされた頬に手をあて、考え込む。
「お熱いことで、私溶けそうですわ」
後ろから現れたのはシラユキ。シラユキはくすくすと笑いながら、私の表情を見つめると頭を撫でてくれた。
「大丈夫ですわ、きっと。世界一勇気ある御方の妹君である奥様に、どうして勇気がないといえましょう。いつかは沸いて出る物です。さて、奥様。式のドレス候補をお決めになりましょう!」
シラユキの言葉に私は微笑み、頷いた。
*
ラクスターはドレス決めをするから部屋の外で待っていてと命じたのに、部屋に入り込んできたから、私とシラユキ、女の侍女魔物たちは大騒ぎだ。
「殿方はお帰りください! お召し物を先に他の殿方が見るなんて! 魔王様に怒られてしまいます!」
侍女魔物の喧噪もなんのその、ラクスターはあっけらかんとしてドレスを着た私や手伝うシラユキにどしどし近づいてくる。
「ラクスター!」
「あの爺さん、何か後ろ暗いこと考えてるぜ多分」
怒りよりも先に、言葉から緊急事態だと部屋の者皆が察して、侍女魔物は考え込んだ後、あとでまた参ります、と出て行ってくれた。
私とシラユキ、ラクスターだけが場に残る。
「どうしてそんな……」
「シラユキ姐、魔物からして勇者の印象って?」
「最悪。水と油」
「そう、相交われない存在なんだよ。一体どうしてあんな提案出来る?」
「それで笑っていたの?」
「そうそう。あんな如何にもご親切です!って顔しながらさア、腹黒いことなーんか考えてるなって野生の勘。でも、オレ勘鋭いから割と当たるって天使の頃は有名だったぜ」
「それでそう言うからには何か提案があるんでしょうね?」
シラユキが拳で軽くラクスターの胸を叩くと、ラクスターは好戦的な笑みを見せた。
「勇者の護衛必要だろ、いくらなんでも敵陣までそんな一人で乗り込ませるわけにはねえ? オレが適任でしょって売り込んで、あの爺の邪魔してくるからその間、奥様の護衛できねえぞってご案内。多分、四、五日はかかるな。その間気をつけてろよ。シラユキ姐も出来ればうちの姫さんに気を遣っててくれ」
「言われなくても! 分かりましたわ、ウル様はどうお考えで?」
「……兄様に、あのお爺さんが何かするかもしれないってこと?」
「そう。魔物なら当然、勇者をぶっ殺したいはずだしな?」
「……そんな悲しいことは」
「あり得ないわけがない、いい加減魔物の自覚をしてくれ姫さん。アンタが魔物として指針をしっかりしないと、大切な者をいつか失うぞ」
「……分かったわ、兄様の護衛、お願いね」
真っ直ぐと見つめてくるラクスターの眼差しに部屋に入ってきた時の陽気さはなかった。
真剣に思いやってくれている、っていうのが伝わるし、私の魔物としての未来も案じてくれている。きっと、自分の上司だからってのもあるのだろうけれど、ラクスターの持つ本来の優しさも動いたのだろう。
私はラクスターが手をひらひらとさせながら、窓から飛び立っていくのを見送ると、疲れてしまい椅子に座る。それをシラユキはドレスの裾を抱え手伝ってくれた。
「そう、そうよね、普通は勇者が憎いのが魔物の当然なのよね……私は人間側としての弱味の存在なのかもしれない」
勇者の妹を生き返らせてくれたゼロが優しすぎただけ。
受け入れてくれたシラユキの懐が深かっただけ。
その事実に気づくと、私は甘い、善悪でいえば善の世界でしか生きてこなかったことに気づく。
これからはきっと悪意に気づかなければ、ゼロだって失うかもしれない。
ゼロを?
嫌よ、それはとても。
「シラユキさん、……正直に話して。私を花嫁として喜んで迎え入れてくれてる魔物はどれくらい?」
「……半分です、城にいる者としても、魔物全体としても」
気まずそうに伝えるシラユキに、有難うとお礼を言うと、私はしっかりと魔物になる覚悟をしなければならないという自覚を持とうと思った。
いつか、魔物として認めて貰おう、って思ったの。
認められないから泣いて終わるのは、死ぬ前だけで結構よ。
私は強くなったし、生きている。なら、あとは頑張るだけ。
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