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星流れのデート編

第三十七話 踏み出せないあと一歩

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 帰りの馬車でゼロはずっと手を握ってくれていた。
 まるでお前を一人にしないと訴え続けているようだった、だから信じてくれと言われてる感覚。
 私は小さく震える肩を片手で押さえて、言葉にしようとした。

 馬車はゆらゆらと僅かに揺れている。

「私ね、人間だった頃に、兄様と二人で暮らしていたの。両親は死んでいたし、他に頼れる人もいなかったから」
「……ふむ」
「ある日突然……星が綺麗な日に、兄様は勇者ですからお城にきてくださいって命じられて。私笑顔で見送れたんだけれど、その直後倒れて……死ぬような思いをしたわ」
「……ウル、顔が蒼い」
「兄様が悪いわけじゃない。みんなも、勇者の存在をずっと待っていたから、悪くない。ただ、寂しがりで一人じゃ何も出来ない私が悪かっただけ」
「ウル……」
「暗い顔させてごめんね? もう、今は大丈夫。ただ、たまにちょっと思うの。一人は心の何処かで怖い思いをするって過るのでしょうね」
「お前は……図太い顔をしながら、たまに物凄くガラスのように割れそうな面を見せるときがある。余はそんなときに、お前をこの腕に閉じ込めたくなるのだ」

 ゼロは両頬を挟んで間近に瞳を覗き込み、私ではなくゼロ自身が泣きそうな顔をしていた。
 私を抱きしめ、頭をひたすらよしよしとされるだけで溢れる涙。
 私は静かに泣いた、静かに泣いて、ゼロに抱きしめて貰った。

 死んだことの記憶は怖い。
 けれどもっと怖いのは、死んだ後も、死ぬ前も、アルギスがいなければ一人であった頃の寂しさ。
 私はこの恐怖から一生逃れられないのかしら。

 ……大丈夫。
 大丈夫よきっと。一緒に悲しんでくれる、可愛い牛さんがいるから。

 やがて馬車が城につくと、シラユキとラクスターが馬車を出迎えて、明るく「おかえり!」と言ってくれた。
 私は皆にお土産用に買ってきたお菓子をシラユキに渡し、ラクスターに笑いかけるとラクスターはさっと顔を笑顔から真剣なものに変える。

「何があった?」
「え?」
「デートの後って感じじゃねえ、目元が赤い。泣いただろ、何があった?」
「実は、アルギスに会ってしまって……二日目に、一緒に星流れを見る約束になってしまったわ」
「はあ?!!!」

 詳しい話は城の中で、と合図を示すと私は一旦部屋へと戻って、部屋で一人クッションを抱えた。

 もっと。
 もっと甘酸っぱい思いで、帰ってくる予定だったのに。胸に疼くのは寂しさばかり。






 星流れのデートの日程は、初日は何もせず、二日目にアルギストデートをし、三日目にゼロと二人きりで星流れを見る約束であった。
 それに口を出したのはラクスターだった。

「そんな事情があるなら、三日目はオレもついて行く。今回護衛がいなかったから、周囲に警戒出来なかったのかもしれねえしな」
「ラクスター……大丈夫よ、きっと。三日目にアルギスは何かをするような人じゃない」
「信じて裏切られるのはてめえなんだぞ?! 不安になって帰ってこさせるために、見送ったんじゃない!」
「……ラクスター。これは、私の弱さが原因なだけ。本当なら、今はそんなことあり得ないわって自信に満ちるべきことなのよ。だから、自業自得よ」
「……わっかんねえなあ! 何でそんなに、他者を責めないのか。お前の、自己犠牲精神はかち合うとすげえなって思うし嫌いじゃないんだ。だが、今はなんつーか、苛立つ」

 ラクスターは部屋にくるなり、私とああだこうだと言い争いをして最終的には折れてくれた様子だった。
 不満は残るけれど、折れてやるよ、と表情が悲しげに告げていた。

「不思議ね」
「何が!?」
「出会った頃は私にけんか腰だった貴方が、今ではアルギスやゼロに苛立っている。大事にされるのは擽ったい」
「……ばーか、お前はな、一応オレの主で上司なんだからな……」
 ラクスターは片眉をぴくっとつり上げると、よほど気に障ったのか、すっと立ち上がり、真っ赤な顔でもう一度「ばーか!!」と照れ隠しに罵ると部屋から出て行った。

 もう一度ラクスターは扉を開けてから最後に言葉を残していく。

「アルギスのときの護衛はオレだ、譲らないからな!」

 もう一度勢いよく扉が閉められて、私はくすくすと笑った。弟が出来る感じってきっとこんな感覚なのかもしれない。

 私はラクスターと話したお陰でだいぶ気持ちが落ち着いてきた。
 ゼロは大丈夫かしら……私はカンテラを片手に、部屋から出て、ゼロを探す。
 探した結果、ゼロは以前偽の式を挙げた教会にいたのだった。
 偽の教会は闘った形跡でぼろぼろだけど、崩れそうではない。きちんと建っているから、安心は安心だけれど、何処かゼロ自身は寂しげだった。

「ゼロ」
「……! ウルか、落ち着いたか?」
「ええ、ごめんなさい。取り乱してしまって」
「それは構わぬ。問題は、お前が余を頼ってくれなかったことだ」
「誰かを頼るのは、慣れてないの。ごめんなさい」
「謝らせたいわけではないのだ。……ウル、お前にはやはり、あと一歩が踏み出せんのだろうな」
「あと一歩?」
「大事なところでお前は、たった一歩踏み出せば楽になるものを躊躇う。他人に助けてと縋る行為それだけは避けているように見えるな」
「……縋っても助けてくれる人は……」
 目に涙が溜まる。いないじゃない、助けてくれる人なんて。
 たまらず、ぽろぽろ涙を零せばゼロが抱き寄せて、しっかりと抱きしめて温かみを伝えてくれた。
 何も言わずして、助けるのは自分だ、って告げるなんてずるい。
 私は温かみに安堵して、ぎゅ、とゼロの背中に手を回して抱きしめ返した。

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