兄さん覗き見好きなんだね?

かぎのえみずる

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第二部 視線

第二十九話 オーナーの眼差し

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 今は別室にて枯葉を買った客と、枯葉がセックスをしている時間だ。
 オーナーが柚の様子を見に来た。柚は客と身体を洗い終わると一仕事終えた気怠さに、ぼやっとしてスクリーンを見ていた。まだ一人部屋に残っている。客は大層すっきりした顔で帰って行った。
 スクリーンに映っているのは今度は枯葉だ。

「柚ちゃん、オレの教えたとおりにできたね、偉い子だ」
 ……オーナーが命じる通りに、演じた。演じ方の判らない柚に、オーナーは身体に教え込んでいたのだ、客の喜ぶ体位などを競りが終わってからずっと。
 枯葉はそれを知らずに苦しんでいる、オーナーはスクリーンに映る枯葉の表情を見れば、にやにやとし、柚を抱き寄せながら嗤った。
 いつまでも堕ちない柚へ、一つ嫌がらせをしてやろう、と。

「本当にお前さんたちって好き合ってるの?」
「え」
「オレだったら恋人目の前で抱かれるのは嫌かな!」

 どの口でふざけたことを明るい口調で言えるんだ、どんな神経しているんだ、と柚は怒りがこみ上げる。
 しかし、刃向かうのは宜しくない、この男はしおらしい柚が好みである。
 オーナーは刃向かわない様子を見て満足し、柚の身体にボディタッチをし続ける。

「お前さんだってよくできるよな、こんな身体にオレにされちゃってさぁ。胸とかもう尖ってんの、期待してるのばれてるよ」
「何か。何か勘違いされてるようだが……今の時間は買われてないから正直に言う、俺はアンタが嫌いだ」
「嫌いな男に身体を開くんだ?」
「そういう場所、でしょう……? 閨だけの夢、と。オーナーである貴方が一番判ってるはずです。俺とアンタの関係にはタイムリミットがある。枯葉とはそれはない、だから枯葉を信じてる……」

 躊躇いもなく言う柚へ、かっとオーナーは苛立った。
 選ばれなかった好意、調教だけした身体という空しい結果に、一気に苛立ったのだ。

「柚、今度オレと旅行しようよ。タイムリミットがあるなんて言えずに、もっとオレに時間を使ってくださいって言わせてやる」
「誰が行くなんて」
「怖いのか? え? オニイチャンよ、枯葉を裏切るかもしれない可能性があるってやっぱり思うんだ?」
「そんなわけない、だけど行かな……ッ」
「二泊三日の、三日間買ってやるよ、枯葉を追い出せる程の金額で」

 柚は瞬き、ぎっと睨み付けるとオーナーの手を握り、嗤った。

「悲しい人だ…………気の引き方が金しか思いつかないんだね」

 それを受諾するのだから柚自身も悲しい奴だというツッコミは、野暮だからとオーナーは控えてそのまま柚を襲うようなキスをした。


 オーナーは柚自身が欲しいというより、躍起になっている。
 手に入らない存在に焦がれてはいたが、実際手に入らないとなると、非常に苛立つモノだ。
 こんなに尽くしているのに、こんなに手塩に掛けているのに!
 どれもこれもが、年下の生意気な男に負けるという屈辱。
 何より、こんな状況下でも互いを信じるという、お伽噺のような愛情をオーナーは信じたくなかった。

(愛なんてすぐ崩れるんだよ)

 オーナーはくつりと一人笑い、柚の喉に手をゆるりとかける。
 今にも折れそうな細い首、この首に痕をつけていい権利が、短期間だと信じたくはなかった。
 ゆるりと撫でてからぱっと手を離せば、テーブルにある飴を一つオーナーは舐め、口移しで柚に与える。口移しで与えられた飴を、柚とオーナーは溶けるまで味わうと、オーナーは部屋を出て行く。

(何が何でも邪魔してやる。オレに堕ちないやつなんざ、許さない……嫉妬だなんて、信じない)
(いいやでも、あるのなら見て見たくはあるんだ、愛ってやつ――もしも本当にあるならな)


 オーナーはやたら甘かった飴の色が、黄色だったことを思い出すと、馬鹿らしいと口ずさんだ。
 恋とはもっと甘くてロマンチックなものである。
 そんな思案自体が、馬鹿らしいと普段のオーナー自身だったら考えるはずなのに、何となく馬鹿らしいと過ぎりはしなかった日であった。

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