兄さん覗き見好きなんだね?

かぎのえみずる

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第二部 視線

第三十話 挫けかけた枯葉

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 枯葉は仕事を終えるなり、柚の待つ部屋へ向かう。
 気怠い身体をできるだけ急く、柚に執着するオーナーがいる限り安心は出来ない。
 通路の曲がり角で、一人の客と出会う、先ほどの柚を買った客ではなく、以前枯葉とぶつかった客だ。

「枯葉さん! こ、これ貴方に」
 渡された薔薇は重たくて質量もあった、真っ赤な薔薇を差し出された理由が分からない。
「僕にですか、どうして」
「どうして、って。ファンだからですよ」
「ただのファンはキーホルダーに発信器などつけませんよ」
 何らか怪しいキーホルダーだとは思っていたが、面倒だったので放置をしていた。
 家バレだけは面倒なのでキーホルダーは、勤務先のロッカーに置きっ放しにしてある。
 客はばれても悪びれることはなかった。逆にきらきらとした眼差しだ。
「流石枯葉さん、気付いていたんですね」
「花束が本題ではないですね? 何か御用ですか?」
「わ、私は貴方と」
「僕をお買い求めなら受付に、失礼します」
 客はサービス精神のない枯葉にぽかんとすると、少しだけ苛立っていた。
 こんなの枯葉じゃないとでも言いたげな表情で、失望すると枯葉を嗤った。
「このヤリチンが」
「そんな僕のことがお好きだったのでしょう? ねぇ、のぞき魔さん。発信器つけるほどに」
「……ッもう使わない! 使う価値ないからな。何なんだ、お前達双子で好き合うとかナルシストじゃないのか?」
「言いたいことはそれだけですか? 別の子にも使わないでくださいね、それでは今度こそ失礼します」

 ――此処へ来てからというものの、盗撮だの発信器だの慣れてきた、あからさまに判りやすいものは判るようになってきた。
 最初は寒気がした、けれど盗撮だけは柚からの盗撮だけは愛しいモノがあった。

(僕は貴方にだけ覗かれたい、貴方が覗きを好きだと言うのなら)

 枯葉は鞄にしまってあった発信器つきマスコットを取り出すと、ばきりと壊してゴミ箱へ捨てた。

「ナルシストなだけならまだ、救いがありますよ。兄弟とはいえ、全く違う個体だから兄さんが判らなくて、胸が痛くなるんでしょう……?」

 ぼやきは、飲みかけのペットボトルを煽り、言葉ごと飲み込んだ。

 部屋につくなり、枯葉は柚へ駆け寄り抱き締める。
 嗚呼、暖かい。柚の石けん臭い優しい香りが今は安らぎだ。
 枯葉は先ほどの狂宴も忘れてご機嫌であったのに、柚からとんでもない言葉が出た。

 ――三日ほどオーナーと泊まる、それで枯葉を助けられると。





「兄さん、僕が、いらない?」

 枯葉の心は、ついにひび割れた。
 少なからず客との遣り取りで傷ついた心は、ぼろぼろになり、柚の言葉でついに弾けてガラス破片のようにとなった。
 今なら守りたかった柚を傷つける言葉を全てぶつけてしまいそうだ。

「違うんだ、枯葉。きっとこれで」
「オーナーに堕ちた? だからお祓い箱ですか?」
「……聞けよ、頼む。お前のこと好きだって、信じて欲しい」

 オーナーの目は何かを覚悟していた目だった。
 それが何故かは知らないけれど、此処から逃れるチャンスのように、柚は野生の勘で悟った。
 きっと、三日間耐えれば柚の勝ちだ。それを説明しようとしても、今の枯葉には言葉が追いつかない。

 枯葉は壊れた笑みを浮かべ、柚の顎をくいと持ち上げ深くキスをする。
 絡み合う舌は、求めてくる舌は何処か強引であり、ねちっこくもあった。
 普段の丁寧さは見えない、枯葉の欲に任せた枯葉だけの性欲が交じったキスだった。

「柚、行きたければいけばいい。必ずしも僕が待つと、思うな」

 じゃあ何故、枯葉は身体をまさぐり、自分を求めようとするのだろう――柚は戸惑いを見せる。

「枯葉は待ってくれる……俺が愛した枯葉は、底なしに俺のことが好きだから」
「……――どうだか」

 柚の言う通りだ、心の底から狂ったように愛している!
 狂ったように愛しているのが枯葉だけのように思えて、枯葉は悲しさが一気に増した。
 縋るように抱き締めていると、柚はぽんぽんと頭を撫でてきた。

「枯葉。大好きだから、信じて欲しい」
「柚……」
「不機嫌になるとその呼び方になる癖、変わってないな……」
「五月蠅い。……兄さん、それなら僕にも三日くれますか。その三日が終わったら」

 柚は微笑んで頷くだけはした。
 柚は一つ覚悟をしていた、この先枯葉と一緒に暮らしたいという意志。
 二人だけで、暮らしたいと。

 嫌われてもいい、貯金を終えたら、あの家から枯葉を攫ってしまおう。
 三日どころか一生を捧げようと。

 柚のなかに宿る、確かな意志に気付かず枯葉は、ただ流されて受け入れたのだと静かに勘違いし、自分を笑った。

(これじゃあさっきの客と変わらないじゃないですか……好意の押しつけだ)

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