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第二部 視線

第三十一話 お伽噺を目にしたい

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 後日駅で待ち合わせし、枯葉がわざと見立てたださいプリントシャツを着ながら、旅行鞄一つ持って柚はオーナーを待つ。
 駅は店に近い最寄り駅を選び、それならばと柚も頷いた。
 暑くて喉を潤わせたく、買った炭酸のジュースを手元にいつもの癖でややふってしまう。
 開ける頃に、そういえばこれは炭酸だったと気付き、乱雑にした罰を受け手元が濡れる。
 勿体ないので、手首やらを少しだけ舐めると、その頃にオーナーが着てむっとした顔をしていた。
 いつものオーナーであれば、「馬鹿だねぇ」といいつつ爆笑し指さしそうではあるのに、オーナーはハンカチを使って柚の手元を拭く。

「子供じゃねーんだからさぁ柚ちゃん。いや、子供より厄介。色気ふりまくなよ」
「色気?」
「ザーメン顔にかけられたときと同じような舐めかただった」
「なっ……!!」

 柚が口をぱくぱくして不機嫌そうにすればようやくオーナーは笑って、自分の車へと柚を案内し、共にオーナーが懇意にする旅館へ向かった。
 予約がいつも埋まり一年は待たなければならないほどの旅館であるのに関わらず、それを柚に考えさせないオーナーのエスコートは女性であれば……柚でなければ、うっとりしていたかもしれない。

 旅館に着くなり、待ち受けていたのはセックスではなく、オーナーは膝の上に柚を載せ、じゃれるだけであった。

「……即物的だと思ってた」
「オレだって癒やされたいときくらいあるよ。それに三日はくれるなら、逃げないだろ、柚ちゃんは」
「……正直、アンタが何をしたいか判らないんだ」
「簡単だよ、オレの願いはいつだって、簡単」

 今まで誰かに願うことなどなかった――愛したいなど。枯葉と柚の関係を壊したい。二人が愛し合えば愛し合うほど、自分を否定される感覚で憎らしい。
 愛されることには慣れすぎて、嫌われることも慣れすぎて、結果へらへら笑い続けるオーナーの出来上がりだ。
 本気にするだけ無駄だと考えて生きてきた、人の愛に一生を左右されるなどあほらしいとさえ思っている。
 しかし、この警戒心が高い柑橘類は、何かを乱してくる。大げさに言えば価値観を壊してさえくれそうな存在ではある気はする。
 今も愛を馬鹿だと笑う自分に、疑いを持たせてくるものだから存在はでかい。
 まったく困ったガキだと、オーナーは笑う。


「お伽噺を現実で見るか壊すかしたいだけだ」
「演劇でもみれば……?」
「柚ちゃん、オレにとってはあの覗き場も、演劇みたいなものだよ」

 心にも思ってないことを告げれば、可愛らしい高校生らしいことをいう柚にキスでもしようとするオーナーであった。
 壊せば満足なのか、真実の愛とやらを目の前にすれば満足なのか、答えはこの期間に出そうではある。
 期待と寂しさと動揺に、オーナーは複雑だった。


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