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第一部――第一章 ただ星空がいつでも見たいだけ

第七話 酷く優しくて嘘つきな男

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「あいつが勝手に出てきたんだから、しらねぇよ。情報はくれたから、まぁ何とか損が七割で得が三割かなぁ……」
「得なんて何処にもないですよ。嗚呼、嗚呼、陽炎様、陽炎様が死んだらどうしよう。まずお葬式で弔辞を僕が読んで、それから火葬場に。それで骨をぐしゃぐしゃと潰されて、僕が泣いて、その骨を海に流すんだ……嗚呼、風向きをちゃんと確認しないと大事な陽炎様の灰が海に流されない。その日が嵐だったらどうし……」
「お前はッ、後ろ向きに考えすぎ! まだ死なない! あいつからのダメージ回避するためにも痛み虫集めてるんだからな!?」
「そうですけれど、でもその前に痛み虫が体内に入らなければ、蟹座に殺されてしまう!」
「そうならないよ。お前がこうしてすぐに駆けつけるし」


 水瓶座は陽炎にそう言われると、眉根を下げていた顔にぽっと赤みをさして、照れてしまう。そして照れたあまりか、それとも主人の怪我がもう治りつつあるのがはっきり見えたからか、徐々に消えていく。
 陽炎は照れ屋だなぁと笑った後に、空を見上げる。

 月夜の晩に浮かぶ、闇鳥。
 それは、最初に出会ったときのように自分の窮地に駆けつけてくれる。本音を言うと、少し遅いのだが。
「それに、お前も駆けつけるし」
「……我が愛しの君、あまり無茶はなさらないように」


 鴉は地上に降り立つと先ほどのような人の姿に化けて、鴉座として現れる。
 それから傷の具合を診ることはなく、蟹座のつけた周囲の主人の血で汚れてしまった通路を気にした。
 主人は自分の傷を気にした様子がなかったし、水瓶座の水を浴びたので大丈夫だろうと思ったのだろう。過度な心配は、主人を不機嫌にさせるし、不安にもさせよう。
 内心は蟹座への苛つきが募っていたが、陽炎の前で怒りを露わにするのは自分らしくないし、それは自分には求められている性格ではない。

「これ、掃除とかいりませんよね。今回は公共物破損はない、ですね」
「大丈夫だろ、多分。どっかの誰かが仕事で綺麗にして、儲けたってなるだろ」
「ならば宜しい。……水瓶の馬鹿は覚えてないんですねぇ、蟹座の習性を」
「……ちなみに、俺もあいつの習性なんて凶暴でサドくらいしか知らないんだけど、教えてくれないか? 弱点を教えてくれるなら尚更」
 そう言ってげらげらと笑う余裕のある陽炎を見て、鴉座は心の中で安堵を感じたがそれを表に出すことはなく、座りっぱなしの主人を立たせて、水に濡れて寒いだろうと帰り道、誰かを口説いて貰ったマントを主人に羽織らせる。


「あいつはね、黄道十二宮。だから今までのあのプラネタリウムの主人の末路を知っているし、あれを育てれば何が待っているかも知っている。水瓶座も十二宮なのに覚えてないのは、多分主人の末路を忘れたいのとプラネタリウムの仕組みの所為でしょうね。こうしてお話ししている私自身、もしかしたら貴方の手元から離れたら貴方を忘れるかも知れません。何せ私は作られるのは、貴方が初めてですので体験はしたことがない。見たことはあっても」
「……プラネタリウムは一時間以上別の奴に持たれた瞬間、その持ち主である奴のことしか覚えないからな」
「だけどね、蟹座は覚えている。誰がどうなって、かつての主人と敵対したこともあるでしょう。それだけに貴方が心配なのでしょう。……私は、マイナーな星座なんでね、生まれたことがない。だけどプラネタリウムの中から見ていて思うことはありますよ」
 鴉座はごく自然に帰り道をエスコートしながら、いつも塒にしている場所へと帰って行く。
 少しデートのようで他の星座に怒られそうだな、と鴉座は思ったが他の星座に怒られようとも、主人をいつまでも無知なままではいさせられないし、勘づいているとしても気づかないふりをしているので、気づかせる切っ掛けを与えなければ。
 自分の役目は、彼の道を照らす光だから。……表向きは。


「プラネタリウムは、痛み虫を集めれば集めるほど星座は出来ます。大抵、プラネタリウムを手にした人は黄道十二宮を作ります。そして、その十二宮で攻撃出来ます。だけど、それが敵の手に入って一時間以上経った瞬間、プラネタリウムはかつての主人が主人だった記憶を忘れ、痛み虫を攫って新たな主人に渡して、敵の従者となられます。これ以上育てて貴方が傷つくのを恐れているのでしょうよ。それに星座が増えれば増えるだけ人より遠くなります。私も勿論嫌ですし。ねぇ、私だって貴方は愛しいのです。蟹座のフォローだけはご勘弁。私の我が君への思いも聞いてくださいな、愛しき人」
「何で忠実じゃないんだよー。男相手にさ……」
 鴉座の言葉を噛みしめるように脳内で反芻しつつ、口では軽口を叩く陽炎。
 否、半ば本気なのだが、鴉座には虚勢にしか見えず、それが可愛らしくて、口元が綻ぶ。

「主人のプラネタリウムを使う理由が、純粋であればあるほど、星座の属性は愛となります。貴方の願いが、悲しいほどに純粋な願いだからでしょう。私は蟹座が主人へ絶対忠誠じゃない姿なんて、プラネタリウムで眠る中でも見た覚えがありませんよ」
「……そんなに、純粋じゃないと思う。寧ろ、言葉通りだよ、願いなんて。星座を作ってやりたいことなんて」
 陽炎は寒さに思わずくしゃみをしてから、鼻を啜る。
「朝日なんて上らせないでプラネタリウムだけ見てたいだけ。引きこもりじゃーん?」
「じゃあ何故偽りの夜空を選ぶのです?」
「……――さぁね。ただ何となく今の夜空よりも、黒い闇に見えて心地良いからじゃねぇ?」
 それは嘘でもなく、心からの願いも混じっていると知ってるから鴉座は、苦笑した。

 (今まであの玉から見てきた主人達は、ただ不死身に近い人種になりたいからとか、強い力が欲しいという理由ばかりだというのに、貴方という方は何処まで純粋なのでしょう――本当は貴方は一人になりたくないから、この玉を手にしている。その姿は何といじらしい――)

 愛しい主人の手を取り甲に口づけて、鴉座は鴉の姿に戻り、主人の頭に乗っかる。
「ねぇ、その闇の世界の使者第一号に、私を偶然だとしても選んでくださったのが嬉しいので、私は鳥目でも貴方の眼となりましょう。その眼となって、願いを叶えましょう」
「ということは、何か情報が出たんだな、鳥目の眼から」
「貴方にはどんな甘い言葉も通じないのですね。ええ、情報は出ましたし、フルーティの痛み虫が何の星に繋がるかも予測がつきました、蟹座のお陰でね」
「はぁ? 星座が……出来るって事か? 嗚呼、それで赤蜘蛛のほうを優先しろっていってたわけか」
「それもあるでしょうし、赤蜘蛛がプラネタリウムを狙っていると考えられる理由もあります。フルーティはきっと、黄道十二宮に入る星座を作り出すと思います」
「……ふぅん」
 それを聞いたときの陽炎の顔は、やけに嬉しそうで輝いていた。闇夜に輝く、月のように鴉座は陽炎に照らされ、塒へと辿り着く。
 塒に辿り着けば、明日昼に起こしてくれと陽炎は頼み、眠りに入る。

 鴉座は、くすくすと笑い、頷いた後、眠りに入った主人を確認してから、――他の星座を二人、呼び出す。
 「……余計なことを、水瓶、蟹座」
「……――何が? 馬鹿鴉」
「何だ、オレは寝ている。用があるなら、そいつが死にそうなときにしろ」
 一方はきょとんとして、一方は欠伸をそのままに、ちゃっかりと陽炎の隣に眠ろうとしていたので、それを制しながら鴉座は陽炎に向けるのとは違う種類の笑みを浮かべて、冷たい目を二人に向ける。
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