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第一部――第三章 夜と朝の出会い

第十六話 朝を模した存在からの愛情

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 その時だった。
 陽炎は身動きが出来なくなったので、どうしたのかと思ったら、声が聞こえてきた。


「デートの前にちょっと運動したらもっと楽しめるんじゃない? 死体と悲しみのデートってことで」
 陽気に笑う声によって、身動きできないのは声の主の所為で、そういえば刺客がくることを思い出した陽炎はすぐさま冠座にメイスを空中で振り回せとメイスを手放した。
 冠座は頷き振り回そうとするがか弱い女の手にはそんなものは振り回せず、持ち上げるだけで精一杯。
 仕方がないので、冠座を消して蟹座を召喚する。一番したくなかったこと。

「蟹座、多分ワイヤーで動き固定されてる!」
「それは大層殴りやすそうな」
 真顔で感心する暴力大好きな目の前の男に、陽炎はもうこんな生活嫌っと家事を放り投げ出したくなる主婦の心を垣間見た。

「馬鹿! そのメイス使うか、お前の手でワイヤーぶっちぎれ! 今回は乗り移り無しだ!」
「何故お前の命令に従わねばならない?」
 ……にやにやと、緊急事態なのにこの星座は主人が身動きできない様を、とても楽しそうに眺めている。
 そうやってじっと眺められるのは気恥ずかしいので、蹴ってやりたい。助けろと、ひたすら怒鳴る。
 その様子を見ていたと思われるワイヤーの仕掛け人が、訝しげな声を少しの間の後、出した。


「……その姿、あんた、プラネタリウムの……」
 ぴくり、と蟹座は声に反応した。
 自分を見ただけでプラネタリウムの存在を知っていたから、ではない。
 その声に聞き覚えがあるからだ。プラネタリウムの仕掛けで消えかけた遠い昔が蘇る。
 気怠そうに陽炎を手でワイヤーをぶっちぎって解放してから、剣呑さを秘めた瞳を影に隠れている仕掛け人に向ける。
 仕掛け人を見て、眼を細め、鳥が全羽飛び立つようなおぞましい笑みを浮かべる。
「まさか果物が、お前だったとはな。何年ぶりだろうか」
「……やっぱり。じゃあ百の痛み虫っつーのは、そういうことかい」
「何、知り合い……なわけッ?!」
 事態を飲み込めない陽炎は警戒心をそのままにメイスを再び振り回し、問いかけても振り向かない蟹座の腹へ直撃させる。
 今までの恨みを喰らえこの野郎、という思いも熱く熱く込めてやる。
 蟹座は陽炎に背中を見せていたのでもろに防御もしないで喰らったので、倒れ込んで横へと吹っ飛んだ。


「お前は、緊急事態ぐらい俺の言うことを聞けッ! ……ふぅ。んで、フルーティさんは何でプラネタリウム知ってるの?」
「……おいらは、前にプラネタリウムを捨てた友人を持っていたから。……――そうか、百の痛み虫……随分と、“魅了”されちまったんだなぁ、坊主」
 その声には陽気さはもう宿っては居なくて、何処か切なげな声だった。
 フルーティは警戒心をもう無くして、影から出てくる。
 その姿は十代後半の容貌の少年で、それでも背丈は細長く、少し陽炎を上回っている。
 健康的に見えるのは褐色の肌の所為だろうか。
 髪の色は金髪で綺麗な蜂蜜色をしている。眼は垂れ眼だが眉が怒り眉なので少し鋭く見えるが不思議な青色だった。その瞳に鋭さが消えかけているのは気のせいだろうか。
 服装は絵の具を滲ませたような色合いの薄着に、ジーパンを履いていて、何処かチャラチャラしていた。
 耳にも首にも指にもアクセサリーをしていて、見ているだけで痛そうなことに舌にも鼻にもピアスをしている。

「蟹座の他の星座は?」
「お前らが知っていそうな黄道十二宮は水瓶座だけだ」
「は? 何、坊主はプラネタリウムの使い方をしらないっつーの?」
 真面目な質問に陽炎は面くらい思わず素直に答える。例えばこれがプラネタリウムを狙う奴ならば、大変なことを教えているのに。
 柘榴は答えられると、陽炎の戸惑う表情と言葉に、目を丸くして、怪訝そうに見やる。
 そこで首を傾げようとすると蟹座が復活して陽炎を蹴ってその襟首を頭より高く持ち上げて締め上げる。
 そうしながら、蟹座はフルーティの方に顔を向ける。


「余計な事は吹き込むな。躾に影響が出る」
「わぁ、おいら、あんたが主人に暴力的なところ初めて見たよ。まさかあんた、忠実属性じゃなくて……うわぁ」
 気色悪ッとフルーティが身を震わせたところで陽炎は解放され、解放されるなり、今の蟹座への仕返しを忘れて敵であるはずのフルーティへ泣きつく。
 漸く蟹座が異常だと理解してくれる者が現れて嬉しかったのだ。


「判る?! 判る?! やっとまともな感性の人がッ! 俺の周り、変態四人衆なんだよ!! サド、マイナス思考、ナンパ、この三人が野郎の癖に愛属性で、一人幼女なんだよ! こいつ、いつもドメスティックバイオレンスでさぁああ!」
「そいつぁ益々もって、哀れっちゃぁ哀れだなぁ」
 心底同情しているフルーティにこくこくと陽炎は頷いて、ため息をついた。
 その途端陽炎を苛立たしげに蟹座が頭を鷲掴みにし、力を込めてまたしても地上と足の密着を許さない。
 みしっといつ鳴ってもおかしくないぐらいの痛みが頭に走り、陽炎は叫ぶ。
 蟹座はその頭をぶん投げて、壁へと叩き付けた。
 陽炎は壁にぶつけられて、一瞬気が遠のいたが戻ってきた意識の中で、こいつ絶対敵だよと思った。


「……――プラネタリウムを奪うか?」
 蟹座はわざと聞いた、そんなことするわけがないと思いつつ。
 なぜならば彼の友人はプラネタリウムの所為で酷い目にあったから捨てたのだから。
 あの水の被害を知っている、人間の一人。あの黒玉を不審に最初から思っていた唯一の人間。
 ――彼だってプラネタリウムを恨んでいるだろう、二度と関わりたくないと思っているだろう。その被害を目の当たりにしたのだから。
 だがフルーティは、少し思案した後苦笑してから、にこと少年らしい年相応の笑みを見せて、陽炎へ駆け寄る。


「依頼された殺しは止めだ。あんたらから、こいつを解放させてやることにしちゃう」
「……ほう。それならば、オレ達はそれを全力で阻止するのだが?」
「あいつのような奴をまた出すのは可哀想だしぃ? それにおいらってば面倒見良いから一度世話するって決めた奴は見放さないんだよねぇ?」
「……――何、何の話、してるわけ?」
 陽炎はやはり事態が飲み込めないので、今度は武器を完全に置いて此方へ駆け寄ってきたフルーティに尋ねてみる。きっと蟹座はまた暴力で言わずに済まそうとするから。
 フルーティは、何も抵抗もなくするりと陽炎にとっては恐ろしい言葉を吐く。

「あの黒い玉は、不幸をもたらすから捨てさせてやる、って話」
 そう言われるなり陽炎は、起こそうとするフルーティの手を払って、慌てて落ちていたメイスを手にする。
 それからやけに火に怯える獣のような眼でフルーティを見やり、警戒のレベルを最大にした。蟹座の暴力前以上の警戒心。
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