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第一部――第三章 夜と朝の出会い

十八話 鳳凰座と蟹座の扱い方

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 鴉座は召喚されるなり、挨拶代わりに大犬座を口説こうとしていた。


「嗚呼、こんにちわ、大犬座の小さき姫。そのように顰めた顔も可愛らしいのはきっと貴方の魅力の所為でしょう。とてもとても将来が楽しみで……」
「あたしをナンパする前に、あれをどうにかしなさいよ!」
 そう苛ついたままヒステリー気味に大犬座は陽炎を背後から抱きしめて独占している蟹座を指さす。
 鴉座は、片眉をつり上げて、冷笑を浮かべて蟹座と視線をあわせた。


「暴力をふるわないで普通に愛情表現をする貴方は初めて見ました」
「偶には餌をやらないと拗ねてしまうだろう? こいつは、躾がなってないから、躾けて居るんだ」
「餌って言うより厭がってるので、土をあげてるようなものですよ。我が愛しの君をお放しください。それが小さき我が姫の望みであり、私の望みであり、愛しの君の望みでもあるようですよ?」
「……お前はいつも狡いな。オレと同じ癖に助ける立場に回れて、尚かつ信頼も得られる。やはり鴉という生き物は卑怯で嘘つきだな」
「それは誤解では? 鴉は神の使い。私は嘘などついておりませんとも」
 にこりと微笑む鴉座に思わず、嘘つきじゃないの、と大犬座は言いかけたが、目の前の主人は弱っている。弱っている彼に彼らの目的を告げるのは辛いので、大人しく彼に任せることにした。


「それに、そういう行為は鳳凰の君がされたがってますよ。あの方は貴方をお慕い申し上げているのですから」
「ふ、不吉なことを言うなッ! あいつの名は出すなッ!」
 鳳凰座の名をあげた途端、弾くように今まで余裕綽々だった蟹座の表情に怯えが伺える。

「嗚呼、会いたいようですね、彼女に。私としては愛しの霊鳥が、貴方に心奪われる姿なんて見たくないのですが、小さき姫は我が神の解放を願ってます。ねぇ、そうでしょう、大犬の君」
 そう言って少し嗜虐心の混じった笑みを大犬座へ向けると、大犬座も鴉座のしようとしていることが理解できたのか、半目で笑ってから自分は引っ込み、代わりに鳳凰座が現れる。

「わんちゃんに呼ばれて来たのだけれど……あら、カァーちゃんに、…まぁ、蟹座様」
 鳳凰座は口元に手を置いて、驚き、陽炎を抱きしめている蟹座を凝視する。
 目を丸くしたかと思えば、潤めさせて、顔を俯かせる。その肩は震えていて、陽炎は蟹座を振り払って慰めに行きたかったが、強張った蟹座の力が許してはくれない。

「……陽炎様は、蟹座様がお好きでしたのね……」
「鳳凰の君、泣いてはいけません、騙されてもいけません。貴方も、我が愛しの君も無知ですね。あれは、あいつが勝手に一方的に思って抱きしめているだけです。要するにセクハラです」
「……せ、くはら? それは何、カァーちゃん」
 きょとんとして、本当に無知な鳳凰座は首を傾げても答えない鴉座に見切りをつけて、蟹座へ色っぽい癖に無垢な瞳を向ける。
 そういう無垢な瞳には弱いのか、それともただ単に鳳凰座という存在自体が苦手なだけなのか蟹座は瞬時に姿を消した。
 最後に舌打ちと、罵り文句が聞こえた気がしたが、陽炎は助かったと安堵して、その場で座り込んだ。

「……また蟹座様、青い顔されてたわ。ねぇ、カァーちゃん……」
「私は無粋な真似は致しませんし、我が愛しの君は私にお任せください。さぁ、様子を見てきてあげてください、それが彼のためでもありますし、彼に貴方の思いをアピールするチャンスでもあります! 愛しき貴方が幸せになるならば私は幸福を呼ぶ為、この身を青く塗りましょう」
 そう言われると鳳凰座はからかわないで、と頬を赤らめてから、陽炎を少し心配して陽炎を見やりながらも、鴉座が居るから大丈夫だろうと消えていく。

 それを見届けてから、大丈夫ですか、と陽炎を気遣う鴉座。よく見ると首には赤い痕があって、首を少し締められたのだと知り、相変わらずのドメスティックバイオレンスだとため息をついた。


(細いんだから、折れたらすぐに死ぬだろう、あの馬鹿が――)
 水瓶座を召喚しますか、と問いかけるが、陽炎は首を振る。

「いい。お前と大犬座と鳳凰座姉さんが来て安心した」
 それにちょっといつもと違っただけだ、と陽炎は苦笑を浮かべて鴉座を見上げた。
 鴉座は一番に自分の名を連ねられるのは卑怯だ、と思い、心の中で渦巻く嬉しさを隠しておいて、それはおいといて、と言葉を紡ぐ。

「状況説明出来ますか?」
「んー。……フルーティが来たけど、殺すのをやめて、俺にプラネタリウムを捨てさせることにした、みたい」
 その言葉に内心怒気が宿ったが、それを表に出すのはよしとしない。自分も、陽炎にとっても。
 なので、少し彼の弱点をつくことにした。己はいつもと変わらない笑みを浮かべて。
 一番効果的なのは、最初に出会った頃の笑みだがあれは意識してないで出来た笑みなので、作れはしない。


「……我々を、お捨てになられますか?」
「――……捨てない」
「……私は、貴方を初めての主とし、最後の主としたいです。それが私の悲願で――」
「捨てないって、言ってるだろう」
 陽炎は、少し戸惑ったような苛立ったような顔を鴉座に向ける。
 鴉座はその言葉に本当ですね、と尋ねて陽炎が頷くと、安心したような顔を見せて、陽炎を安心させる。


(貴方は――何と、弱いのでしょう。何と、罠にかけやすいのでしょう。そんな貴方だから、酷く心配してしまう。そして、こうして貴方を気づかぬ間にプラネタリウムに閉じこめていく……)

「鴉座?」
「はい、何でしょうか、愛しの君」
「蟹座は鳳凰座に本当に弱いんだな」
「ええ、ですからあいつにやられて困ったときは彼女をいつもお呼びなさいと申してるでしょう?」
 それは自覚しているし、当たり前のことなのだろうし、偶にしているが、陽炎は後ろめたさを隠せない。
「……――でもさ、それは鳳凰座姉さんの思いを利用してるようで、毎回したくはない」
「……――そうですか」
 鴉座は本当に、自分たちに甘く優しい主人を撫でてやり、帰りますか、と帰り道を先取って手招いた。
 彼を安心させるために、また劉桜という人間の元へ訪れよう。こういった不安があった後は彼に会わせるのが一番いい、そう鴉座は算段しながら、街へと陽炎をエスコートする。
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