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第三部 第一章――再会
第十話 白銀の基礎に則った妖術師
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「遅かったね、大丈夫? 心配したんだよ、何処かの霊と会ったんじゃないか……って」
王族専用の見物席に着くと、どんな王族だと好奇心だらけの町人で人垣が出来たがそれを兵士達が抑えて、早く席に座るように促される。
席へと行くと、少し髪の先が一ミリ程度紫の黒雪がスリーパーを背後に置いて、優雅に文字通り高みの見物をしていた。
席は、審判と王族が妖術師達をよく見るため、普通の民より上から見える台があって、それはまるで己と白銀陽が触れられない距離のようで、陽炎は苦笑する。
そうしたところで、黒雪が声をかけてきたのだ。先ほどの言葉を。
――陽炎は、霊と言った黒雪に白銀陽と会っているのだとばれた怖さと同時に、霊と貶された嫌悪が皮膚を駆けめぐり、黒雪に視線も返事もする余裕はなかった。
なので、代わりに陽炎の後ろにつき、席に座るのを見守っている鴉座が答える。
「遅くなったのは申し訳御座いません。ですが、それは其方の……嗚呼、こんなことを言うのは心苦しいのですけれど……其方の部下が、とても不快でしたので、つい馬車から飛び降りるなんて野蛮なことをしてしまったからです」
「言い訳? 見苦しいわね。あんなことをするんだったら、今度から第二皇子を巻き込むな」
「スリーパー。彼の言い分は尤もだよ。謝りなさい」
黒雪はくすくすと笑いながらも威圧的な空気を取り外すことは決してせず、寧ろ口を挟んできたスリーパーと鴉座に追い打ちをかけるように威圧する。
陽炎は、気にしなくて良い、と口にして鴉座に鴉の姿になるように命じる。
命じられた鴉座は首を傾げて反論しようとしたが、じとーと此方を睨むような陽炎が何を考えてるのか判らず、試しになってみる。
すると、陽炎は鴉座を肩の上に乗るように、左肩をぽんぽんと叩き、あとは妖術師達へと視線を。
陽炎なりに、黒雪と口をきかずに安心でき、尚かつ己も妖術師達を見られる方法を考えて気遣ってくれたのだ。
鴉座は嬉しそうに羽ばたき、左肩に乗って、陽炎にすり寄ろうとしたが、「くっついてきたら、焼き鳥にする」という言葉により、それは拒否された。
鴉座が特別嫌いなのではない。否、トラウマは確かにあるが、今はそこまでではない。だが、鴉座と接している己を見やる時の黒雪の眼差しが気にくわないのだ。
仲良くすると微笑ましい様子になる相手が憎らしい。
それでも今こうして仲良く見えるような光景を作ったのは、威圧感がスリーパーへ向けての方が強かったが、それでも怯える鴉座を見たくないから。怯えさせたくないからだ。
「で、もう投票は終わってるの?」
「終わって、最後のお披露目の妖術だよ。何かを具現化する妖術を見せるんだよ、投票してくれた人たちへの御礼に」
黒雪はやはり、綺麗に流れ綺麗に去っていく声でそう言うと、陽炎へ飲み物を与える。
陽炎はそれに少し躊躇った。その飲み物が年を取らない為のものだと判ってるからだ。だがどうせ気づかぬ間に飲まされるし、喉が少し渇いてるのは事実で、その飲み物を飲んでから、口を拭う。その目には、何処か諦めがあったが、最初の一人の妖術師のパフォーマンスで目は明るく輝く。
皆に囲まれながら或る程度の距離を測られ、妖術をするのは、灰色、否、陽の光を受けて銀色に光り、その髪色が真っ白に染まりつつある、背丈が低い青年。
髪の毛がきらきらと何かが舞った足跡のように、まばゆく残像として目に残り、青年が何かを唱えながらも何かの絵のような文字を空中に描く。
その文字は緩く髪の毛のように残像を残すが、一つの文字になる前に消えてしまう。そういうのが三回続いた後に、その描く手をぴたりと止めると、妖術師の目の前に雲が現れ、雨を少し降らせて、その後で虹を作り出した。
人々は虹に目がいき、陽炎は雲に目がいき思わず微笑む。
以前、鴉座が封印されていた時、だっただろうか。
海と太陽にかかる闇を絵にしていた時、後ろから見ていた鷲座がぽつりと言葉を漏らした。
「蟹座と、柘榴と、――鴉座のようですね」
「ん? そう見える? んー……どれが誰だと思った?」
「海が蟹座、太陽が柘榴、迫る夜が鴉座……」
「何でか、聞いて良いか?」
「単純な話ですよ。海は寒さで人を殺すし、あいつはカニだ。太陽は、もうあの眼差しの強さと彼の明るさから考えられるでしょう? 夜は、……君にとっては夜空の最初の表し、だから」
「そうかなぁ。なぁ、じゃあ此処に他の皆を書いてみようか。大犬座は草原、冠座は月、水瓶座は砂浜、――お前は何が良い?」
「……天に近い者がいい。そうすれば、太陽から夜から海から、空気として存在してるであろう君を守れる」
「……――じゃあ雲かな。お前、白が主な服を着てるもんな」
そう笑い、キャンバスに絵の具を乗せたことがある。
それを、表したのだろう。今の彼は、今思えば裏通りで会った白銀陽と同じ髪の長さだ。髪型は違えど。
どうだ、あの力、と言わんばかりに陽炎が黒雪を見やると、黒雪は険しい顔をしていた。
傍目からではただ妖術に見惚れているようにも見えようが、黒雪の在り方を少し知っている己には判る。あれは、何か異様な物を見つけたときの顔だ。
まさか、鷲座だということがばれただろうか。
「――どうしたんだよ」
「……――変な数式を、した」
「……しちゃいけない数式でもあるのか? 妖術は」
「いいや。今までで一番回りくどい、そのくせ厄介で途中計算が間違えれば大変なことになっていた式だ。それなのに――……何でそれを、選んだ? 虹を作れるなら、簡略化することも出来ただろうに……」
黒雪が鷲座に声をかける。鷲座はゆっくりと振り向き、愛想笑み一つ浮かべず、視線を向けるだけ。判りにくい糸目を。
それに構わず、黒雪は声をかけ続ける。
「その数式を何処で習った? 名前は? 何処の門を応用した?」
「何処ででも習えます。式の組み方は、何処かの教科書に載ってると思います。だって初級での基礎をそのまま使ったので。名前は、白律季(はくりつき)。門は、まだ無名の妖術師が扱う所で。弟子も小生一人――」
「なんという妖術師だ?」
「それはいくら皇太子といえども教えられない方でして。耳にするだけでもきっと気分を害されると思います」
「……構わないよ。言ってご覧」
「――その方は果物を連想させる名が本名でして」
そこで初めて、鷲座は愛想の笑みを浮かべたが、陽炎が目を背きたくなるほど、憎悪が秘められていた。きっと、陽炎と黒雪にしか判らない程度の憎悪。
それでも鷲座が憎悪を抱く事なんて珍しくそして、厳格な彼がそこまで憎い黒雪に対する感情を考えるのが怖くて、陽炎は目をそらした。
黒雪は果物と言われ、口の端を歪ませる。笑みにも見られるが、内心はきっと怒っているのだろう。その証拠に、後ろから少し震える鎧の音が微かに聞こえた。
スリーパーは、黒雪の側にいるからか、威圧感が物凄い。
陽炎はそれが鴉座に向かわないうちに、と思い、鴉座を手の甲に移動させて、飛び立たせようとしたが、その前に鷲座が声を、ああ、とあげたので手を止める。
王族専用の見物席に着くと、どんな王族だと好奇心だらけの町人で人垣が出来たがそれを兵士達が抑えて、早く席に座るように促される。
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席は、審判と王族が妖術師達をよく見るため、普通の民より上から見える台があって、それはまるで己と白銀陽が触れられない距離のようで、陽炎は苦笑する。
そうしたところで、黒雪が声をかけてきたのだ。先ほどの言葉を。
――陽炎は、霊と言った黒雪に白銀陽と会っているのだとばれた怖さと同時に、霊と貶された嫌悪が皮膚を駆けめぐり、黒雪に視線も返事もする余裕はなかった。
なので、代わりに陽炎の後ろにつき、席に座るのを見守っている鴉座が答える。
「遅くなったのは申し訳御座いません。ですが、それは其方の……嗚呼、こんなことを言うのは心苦しいのですけれど……其方の部下が、とても不快でしたので、つい馬車から飛び降りるなんて野蛮なことをしてしまったからです」
「言い訳? 見苦しいわね。あんなことをするんだったら、今度から第二皇子を巻き込むな」
「スリーパー。彼の言い分は尤もだよ。謝りなさい」
黒雪はくすくすと笑いながらも威圧的な空気を取り外すことは決してせず、寧ろ口を挟んできたスリーパーと鴉座に追い打ちをかけるように威圧する。
陽炎は、気にしなくて良い、と口にして鴉座に鴉の姿になるように命じる。
命じられた鴉座は首を傾げて反論しようとしたが、じとーと此方を睨むような陽炎が何を考えてるのか判らず、試しになってみる。
すると、陽炎は鴉座を肩の上に乗るように、左肩をぽんぽんと叩き、あとは妖術師達へと視線を。
陽炎なりに、黒雪と口をきかずに安心でき、尚かつ己も妖術師達を見られる方法を考えて気遣ってくれたのだ。
鴉座は嬉しそうに羽ばたき、左肩に乗って、陽炎にすり寄ろうとしたが、「くっついてきたら、焼き鳥にする」という言葉により、それは拒否された。
鴉座が特別嫌いなのではない。否、トラウマは確かにあるが、今はそこまでではない。だが、鴉座と接している己を見やる時の黒雪の眼差しが気にくわないのだ。
仲良くすると微笑ましい様子になる相手が憎らしい。
それでも今こうして仲良く見えるような光景を作ったのは、威圧感がスリーパーへ向けての方が強かったが、それでも怯える鴉座を見たくないから。怯えさせたくないからだ。
「で、もう投票は終わってるの?」
「終わって、最後のお披露目の妖術だよ。何かを具現化する妖術を見せるんだよ、投票してくれた人たちへの御礼に」
黒雪はやはり、綺麗に流れ綺麗に去っていく声でそう言うと、陽炎へ飲み物を与える。
陽炎はそれに少し躊躇った。その飲み物が年を取らない為のものだと判ってるからだ。だがどうせ気づかぬ間に飲まされるし、喉が少し渇いてるのは事実で、その飲み物を飲んでから、口を拭う。その目には、何処か諦めがあったが、最初の一人の妖術師のパフォーマンスで目は明るく輝く。
皆に囲まれながら或る程度の距離を測られ、妖術をするのは、灰色、否、陽の光を受けて銀色に光り、その髪色が真っ白に染まりつつある、背丈が低い青年。
髪の毛がきらきらと何かが舞った足跡のように、まばゆく残像として目に残り、青年が何かを唱えながらも何かの絵のような文字を空中に描く。
その文字は緩く髪の毛のように残像を残すが、一つの文字になる前に消えてしまう。そういうのが三回続いた後に、その描く手をぴたりと止めると、妖術師の目の前に雲が現れ、雨を少し降らせて、その後で虹を作り出した。
人々は虹に目がいき、陽炎は雲に目がいき思わず微笑む。
以前、鴉座が封印されていた時、だっただろうか。
海と太陽にかかる闇を絵にしていた時、後ろから見ていた鷲座がぽつりと言葉を漏らした。
「蟹座と、柘榴と、――鴉座のようですね」
「ん? そう見える? んー……どれが誰だと思った?」
「海が蟹座、太陽が柘榴、迫る夜が鴉座……」
「何でか、聞いて良いか?」
「単純な話ですよ。海は寒さで人を殺すし、あいつはカニだ。太陽は、もうあの眼差しの強さと彼の明るさから考えられるでしょう? 夜は、……君にとっては夜空の最初の表し、だから」
「そうかなぁ。なぁ、じゃあ此処に他の皆を書いてみようか。大犬座は草原、冠座は月、水瓶座は砂浜、――お前は何が良い?」
「……天に近い者がいい。そうすれば、太陽から夜から海から、空気として存在してるであろう君を守れる」
「……――じゃあ雲かな。お前、白が主な服を着てるもんな」
そう笑い、キャンバスに絵の具を乗せたことがある。
それを、表したのだろう。今の彼は、今思えば裏通りで会った白銀陽と同じ髪の長さだ。髪型は違えど。
どうだ、あの力、と言わんばかりに陽炎が黒雪を見やると、黒雪は険しい顔をしていた。
傍目からではただ妖術に見惚れているようにも見えようが、黒雪の在り方を少し知っている己には判る。あれは、何か異様な物を見つけたときの顔だ。
まさか、鷲座だということがばれただろうか。
「――どうしたんだよ」
「……――変な数式を、した」
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黒雪が鷲座に声をかける。鷲座はゆっくりと振り向き、愛想笑み一つ浮かべず、視線を向けるだけ。判りにくい糸目を。
それに構わず、黒雪は声をかけ続ける。
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「何処ででも習えます。式の組み方は、何処かの教科書に載ってると思います。だって初級での基礎をそのまま使ったので。名前は、白律季(はくりつき)。門は、まだ無名の妖術師が扱う所で。弟子も小生一人――」
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「それはいくら皇太子といえども教えられない方でして。耳にするだけでもきっと気分を害されると思います」
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それでも鷲座が憎悪を抱く事なんて珍しくそして、厳格な彼がそこまで憎い黒雪に対する感情を考えるのが怖くて、陽炎は目をそらした。
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