事なかれ主義の回廊

由紀菜

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12.関係の変化

あの件以来、俺とヨアは一緒にいる時間が長くなった。というのも、頼んでもいないのに彼は何処へ行くにも付いてくる。彼曰く、「お前を一人にすると厄介ごとを招く」とかなんとか。俺を厄病神扱いするな。少し鬱陶しいが彼の心配性が発症しただけかもしれないし、そう何度も災難に巻き込まれるものか。今だけだろうと放っておくことにした。
「ランバート。ドニリクにヘッドハンティングされたんだって?君が文官になったら、僕の次期国王への道を明るくさせてくれるかい?」
だが早速、厄介事…というと不敬に当たるが、面倒ごとを引き寄せた俺は、隣の白けた視線を無視するほか無かった。

あれから七日が経ち、人の噂も何とやらで生徒らの好奇心も薄れた頃。お昼にいつもの面子で大食堂で食べていた俺に声を掛けたのは、王族の証である金色の髪色と澱み無き金色の瞳を煌めかせるネイチャード=グリードネス、この国の第三王子その人だった。ネイチャード第三王子は俺の二つ上、現在初等部六年というその若さで高等剣術を使いこなす手練れだ。剣術には基本・中等・高等とレベル分けされていて、基本剣術は型を一通り使いこなせる、中等剣術は型を組み合わせた複雑な技を繰り出せる、高等剣術は魔力による身体技能の底上げに合わせて技が繰り出せる、と定義づけられている。高等剣術の例として、人間離れした跳躍の後に剣を振るう・避ける、重心を固定して乱撃に耐える、目に見えない速度で移動し背後を取る等がある。

俺は最初にその説明を聞いた時に「忍者みたいだな」と思った。概ねそのイメージで合っていそうだ。鍛練のおかけで俺もやっと中等剣術を使いこなせるようになってきた。ヨアは中等剣術を極めてはいるものの、高等剣術には苦戦しているらしい。魔力は魔法に変換して出力することに慣れきっているせいか、原理が真逆で身体の内側に使う感覚を掴むのが難しいらしい。魔法と剣術を合わせて繰り出せるだけでも十分凄いと思うが…。

俺は席を立って外向けの笑顔でネイチャード第三王子に応える。
「ネイチャード第三王子。そのようなお言葉を頂けるなんて身に余る光栄です。しかし、ドニリク卿は初めてお会いして萎縮する僕を気遣い、場を和ませるために仰ったのですよ。」
一体どこから情報が出たんだ?俺とヨアも周りに吹聴するタイプではない。まさか理事長室にまで聞き耳を立てる無礼者が・・・。

「おや。謙遜ではなく本当に冗談だと思ってるのかい。なるほど、自身を過信しない部分も好感が持てるね。ドニリクは人当たりの良いおじいちゃんって印象かもしれないけれど、先見の識は優れているし滅多にお世辞は言わないよ。この間嬉しそうに僕に報告しにきたんだから。『彼らに会えました、将来有望ですよ』ってね。」
なるほどあの人が自分で言い触らしたわけですね。了解です。
「身ニ余ル光栄デス」
最早、気の利いた返答もできず、定型文を繰り返すしかなかった。
「そっちの君も。ヨアゼルン、僕の護衛になってくれたら心強いな。」
ネイチャード第三王子は、俺は関係有りませんと言わんばかりに黙々と食するヨアに話を振った。
「お断りします。」
顔も向けず、王子に対しても態度を変えないヨアに、俺とミケーレとオルフェンは冷や冷やしたが、当の本人は意に介していないのか、満面の笑みを浮かべている。
「君は今はランバート君の護衛ごっこで頭がいっぱいなんだろう。僕から一つ助言させてもらうと、いかに強くて物理的に守れたとしても、ある程度の処世術を身に着けないと要らぬ敵を招くことになるよ。気をつけ給え。」
滅茶苦茶怒ってるやん。王子怒ってるやん。仲介にも入れない俺を含む三人は連帯責任だと嘆いて頭を抱えた。

「それはそうと、昨日ハミルトンの見舞いに行ったんだが、ちょっと様子がおかしいんだ。あの件が明るみになって精神的に追い詰められたと言われればそれまでなのかもしれないが…少しは落ち着いてもいい頃合いだし、まるで以前の彼とは別人のようでね。君たち、事件の前後でも何か気になることはなかったかい?」
こちらが本題なのだろう。王子と宰相の孫であればそれなりに親交があっても不思議ではない。ネイチャード第三王子は「君たち」と言いながらも真っ直ぐヨアを見つめていた。真相を探るような鋭い目付きに戸惑ってしまう。

「僕は特に思い当たることは何も。あの時初めて彼と会話したので、普段の彼をよく知りませんし・・・その、売り言葉に買い言葉で啖呵を切ってしまったのは認めます。」
あの時を思い返す。「勝てないからってこんなことしても何も変わらないのに」って結構強がりましたね。
「ああ、それは良いんだよ。確かに彼の立場上、言い返される経験は余り無かっただろうけどね。誰だってあんな理不尽な目に遭えば文句も垂れたくなるさ。僕が聞きたいのはそうではなくて、可能性としての話だけれど。彼が妖術で幻覚を見せられたとか・・・或いは、闇魔法で精神を壊されたとか。」
ネイチャード第三王子が話し終える前にガチャッと大きな音が響いた。横を見るとヨアがフォークを乱暴にトレーの上に置いて、俺の先に居る人物を睨んでいる。
「妖術は魔物しか扱えない代物のはずだ。この学園は魔物が湧くような場所ではない。闇魔法についても俺もランバートも属性持ちじゃない。仮にアイツの従者二人が使えたとしてもそんなタイミングは無かったし主人に歯向かう道理もないだろう。」
珍しく長く喋るヨアの意見は尤もだ。態度は大変よろしくないが。彼は特段驚いた様子もなく寧ろ悠然と聞いていた。
「落ち着いてくれ。なにも君たちを疑っているわけではないんだ。」
「疑っているのと同義だ。まさか、偶然にも魔物や魔術師があの場に居合わせたとでも?」
「ああ。有り得るさ。可能性がゼロではないなら全てを視野に入れるべきだ。」
ネイチャード第三王子が断言すると、ヨアは「くだらない」と低い声で吐き捨てた。一発触発の空気はもう解けそうにないと判断した俺は無理矢理間に入り込むことにした。
「あの、ハミルトンが人が変わったようって…どんな風なんですか?」
「ふむ。口で説明するより、実際に会ったほうが話は早いと思うよ。今度一緒に行くかい?」
「え」
正直会いたくはないが、王子の誘いを直ぐ断るわけにもいかない。固まる俺にヨアが苛ついた口調で横槍を入れる。
「加害者に会わせるなんてどういう神経している。」
「勿論普通に会わせるつもりは無いよ。隠れマントを使うなり何なり、彼に気付かれない方法を取る。」
「・・・。」
「そんなに心配なら君も付いてきたらどうだい?」
「・・・結構だ。また顔を合わせたら手が出そうだからな。」
一層声を低くして凄むヨアにネイチャード第三王子は苦笑いで流す。
「そう。じゃあランバート、そういうことだから。今日の放課後迎えに行くから教室で待ってておくれ。」
付いてくると言い出すと予想していたのでヨアの返答と、王子の行動に移す速さに驚きながら、俺は拒否権の無い誘いを飲むことにしたのだった。
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