事なかれ主義の回廊

由紀菜

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17.闇に触れる

「まずは事実から話そう。ヨアゼルンは闇の力を有しておる。お主に心当たりはないか?」
何だって?

飛び出たワードに思わず眉を顰める。
「ヨアは火と風の属性持ちのはずですが。」
「そうじゃな。それも持っておるが、更に闇属性も有しておるのじゃ。」
それは知らなかった。学校側は知っているんだろうか、それとも隠しているのか?心当たりは無いかと問われ、記憶を辿ると直近で思い浮かんだのはネイチャード王子とのやり取りだった。そういえば王子は、『三族の血を引く者は忌み子ゼラムと呼ばれ、三族とその血族だけが闇魔法を扱える』と言っていた。もし、その話が事実だとしたら。
「ヨアは三族の子…?」
いやいやまさかと信じ難い思いと、ヨアのずば抜けた魔力量と秀でた技術に信憑性を増す思考が拮抗する。ハミルトンの件でネイチャード王子が食堂で闇魔法が使われた可能性を話した時、ヨアは珍しく感情を昂らせて否定していた。闇魔法を使えたとして、それを隠さねばならない理由があったとしたら・・・。それよりも彼をあんな状態にさせたのはヨアの仕業ってことか?

俺の零した言葉にリーシャが「知っておったのか」と驚く。王子から他言無用と言われた秘密を無意識に漏らしてしまったが、逆にリーシャも既に知っていたことになる。おいおい、おたくらの重要機密漏れまくってますが?アナログでも情報漏洩に気を付けなさい。と、漏らした俺が言えた義理では無いが。一応、情報の出所(ネイチャード王子)は伏せて、知っていることを話した。リーシャは目の下の皺を深くした。
「ヨアゼルンは、竜族の忌み子ゼラムじゃ。なに、大体の予想はつくぞ。第三王子に探りを入れられたかの?」
今なら分かるがあの王子は一番ヨアと身近な俺に接触を図った。正解だが答えられずに沈黙すると、肯定と受け取ったリーシャは溜息を吐いた。
「あの王子は個別で動きこの家に探りを入れてきたからの。魔力の属性が見えるワシを、ヨアゼルンを引き取った直後に雇い入れたフィアラルド家を怪しむのも当然じゃ。」
「生まれ持った魔力量に加えて、ヨアの特性を知っていて引き取ったんですか。」
「うむ、寧ろからこそ、引き取ったと言った方が正しい。」

フィアラルド家の嫡男カイール=フィアラルドはもう十五になる歳だが、武爵位を継ぐ者としての素質が不十分だと早々に見切られ、第二子は女子であり、その後も次男を産んだが身体が弱かった。血筋に拘らない現当主ダスクウェルは、家名に恥じぬ功績を維持するために辺境の村でヨアゼルンを引き取った。敵の意表を突いたり、統率を乱すのに適した闇属性は、異質故の産物だとしても喉から手が出るほど欲しい能力だった。

ヨアゼルンが引き取られた経緯を詳しく語ったリーシャは、次に今日起こった出来事を振り返った。
「前置きが長くなってしまったな。魔力暴走を起こしたヨアゼルンは、普段は出さぬよう奥深くに眠らせている闇の力も放出してしまったのじゃ。闇の力は、魔を寄せ付ける。空間を歪める特性も相まって、あの境界から魔物が棲む場所へ繋げてしまったらしい。」
俺はもう驚かなかった。闇の力を有すると聞いた時に、あの裂け目はヨアが引き出したものなのだろうと考察できたからだ。
「あの裂け目…境界はどうなったんですか?」
今はもう大丈夫なのだろう。リーシャも此処にいるし、もしまだ収束していなかったら屋敷内は騒然としているはずだ。
「アレは消失した。お主が倒れた直後にな。さて、あの光がなんだったのか、ここからはワシの推測じゃ。」
リーシャは用意していた台本の筋書きを頭の中で書き起こすかのように目を閉じる。
「お主の周りに現れた光、あれはお主が光魔法かそれに似た力を有している証拠じゃろうな。」
「はい?」
まさか、あの眩しい光は俺が出したって言いたいのか?
「でも、魔力水トゥーリムで確認したときには・・・」
「ヨアゼルンが闇属性を潜めているように、それはお主の潜在能力じゃよ。実際ワシの目でも、光のオーラが微かに見えておったからの。」
そうなの?リーシャが『秘めた力が顕れる』と先見したのは、そういう意味だったのか。光魔法は治癒魔法が主で、町医者や軍医を目指す者が多い。攻撃と治癒も両立できたら最強じゃないか。これから色々試してみよう。
「あの凄まじい光量は、普通の光魔法だと片付けるには・・・」
嬉々として新たな道への開拓を想像したが、リーシャの歯切れの悪い様子に、手放しで喜べないことを察する。
「お主の光はヨアゼルン本人に浴びるように降りかかり、直後あの境界と共に闇の魔力は消失した。」
闇属性にとって相性の悪い光属性は、魔物の攻撃力を弱めたり、魔物が纏う瘴気を除けたりできる。だが、魔力そのものを完全に打ち消すなんて荒業は今まで見たことがないそうだ。

「じゃあ、魔物そのものを消し炭にできちゃったりして?」
「そこのところは要検証じゃな。だが、もしそれが可能だと分かった場合…国に知れたら大変なことになるぞ。世界がひっくり返るやもしれん。」
「はは…そんな、大袈裟な。」
「冗談ではないぞ。神子フィースの再降臨と謳われてもおかしくないのだからな。」
リーシャの深い溜め息と共に吐き出された憂いが腹の底に重しをつけた。俺は授業で習ったこの世の神話をすぐさま思い出す。

神子フィースの降臨。
この世界の国造りの逸話として代々語り継がれている。

かつて六体の神が天界に誕生した。
力の神【ドヌク】、愛の神【ソシエル】、知の神【チャディール】、欲望の神【メイオス】、創造の神【ヴィオラ】、再生の神【ヒュートン】
娯楽もない天上で暇を持て余す神々は戦ったり、いがみ合ったり、淫らに交わったりと好き放題した。やがて天の空間に嫉妬、憎悪、嫌悪といった感情が黒い渦となって淀み始める。神々はそれらを消すことなど造作もないのに、興味本位で下界に創造した世界へ排出した。黒い渦は魔物に転換し世界中の土地に散らばり、縄張りを作って仲間を増やし続けた。
神々はその世界を覗き込んで享楽にしていたが、圧倒的な力の差で人間は魔物に喰われ続けた。変わらぬ情勢に飽きてきた頃、自分達に似た姿を創造し下界へ落とした。人間に魔物に対抗し得る力を与えたが、繁殖するスピードも遅く魔力を使いこなせなかったので、次には神々の子孫の一人を送り込むことにした。その名は【フィース】。フィースは聖なる力を以て人間たちが力をつけるまでの間の抑止力となり、彼等はフィースを尊崇した。
魔物らが森の中へ逃げ込み鳴りを潜めるようになったのと、フィースの寿命が尽きるのはほぼ同時期であった。人間たちは彼の死後も崇拝し象徴に据えて世界を一国と成した。


・・・神子として崇められる?冗談じゃないぞ。

前世で宗教の良し悪しは嫌というほど見聞した。必ず狂信者は出てくるだろうし、歴史を紐解いても、異端者の暴走や踏み絵、分断や戦争の火種になったりと碌なことがない。一国ならまだしも現在は十三国あるんだぞ。力を欲して血を見るなんぞ想像に難くない。

喉が異様に渇いて、ベッド脇のサイドテーブルに置かれた白磁の水差しに無意識に手が伸びる。リーシャが気遣わし気に水を注いでくれた。
「ランバートよ。まだ子供のお主を大人の事情に巻き込みたくないのでな。自分で考え責任を取れる歳になるまでは、その力のことは誰にも言わない方が良いだろう。」
俺は大きく首肯した。傾国の美男だなんて、笑えないからな。
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