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第3部 帝都騒乱 ~魔女の血脈~
第138話 ケイニス
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青年革命家ジャルバンの演説が始まった。
「今年の冬は厳しい。安い賃金と重税のせいで多くの人が今年の冬を超えられないだろう。食べるものがない、暖かい家がない。そんな者がたくさんいるのに、貴族と上級市民たちは豪勢なパーティーにあけくれている。今日、貴族が広場で貧民に施しをするという。奴らがほどこすお情けのわずかな食べものにだまされてはいけない。なぜなら、奴らの富はもともと我々から奪ったものなのだ!」
集まった群衆の歓声がとどろいた。
「時は満ちた。立ち上がれ。王宮前広場に行こう。我々の怒りの声を響かせるんだ。誰も奴隷にされない国、権力者の気分次第で人生を奪われたりしない国を創るために。さぁ、行こう!」
群衆が動き出した。
その様子をケイニスは屋根の上から眺めていた。
(本当にやるのか?)という憂鬱と、(やらずにいられるか)という怒りが心の中に混在していた。
このデモ隊は、警官や帝都護衛任務の兵士達にすぐに鎮圧されるだろう。そして、ここにいる者達は、その場で殺されるか、投獄される。
だが、ジャルバンは主張した。
「兄弟。この戦いは俺達だけの戦いじゃない」と。
ジャルバンは革命運動の仲間たちを兄弟と呼ぶ。
ケイニスに対しても、まるで兄弟のように対等に接してきた。そんな白い肌の人間にこれまでの人生でケイニスはめったに出会わなかった。
ジャルバンは主張した。
「俺達が全員殺されても、ここで終わりじゃない。これは、未来へあげる、狼煙なんだ。民衆は黙っていないという声を国中に届けるんだ」
ジャルバンのような革命運動家は捕まれば死刑。
とっくに死を覚悟している男だから、それでいいのだろう。
だが、集まった群衆は?
彼らはどこまで覚悟しているのだろうか。
ケイニス自身も。
自分は今日死ぬということを覚悟しながら、受け入れきれなかった。
だが、もう迷うわけにはいかなかった。
ジャルバンに協力を始めた時から、これが破滅への道だということをケイニスは知っていた。
ケイニスが子どものころから抱いていた野心、立派な魔導士になるという夢は、妹が死んだときに消えた。
ケイニスの家族は、グランドールの寮にいるケイニスにずっと「大丈夫だ。心配いらない。おまえは勉強を続けろ」と言い続けた。
父が伯爵家の仕事をクビになって、遠くの鉱山で働きだしてからも。
事故の多い過酷な現場と職業病で、ほとんどの鉱夫は10年以内に死ぬといわれている。だが、奴隷人種の男に他の仕事は見つからなかった。
もしも家族から助けてくれと言われていれば、ケイニスは学校をやめて働いた。
それを知っていたから、家族は心配させないように「心配はいらない。勉強をがんばって。魔導士になって」と言い続けていた。
一刻も早く魔導士になって仕事について家族を楽にする。
そのためにケイニスは必死に勉強をした。勉強の合間にはバイトや呪符づくりで稼いだ金を家族に仕送りしていた。
ケイニスが知らなかったのは、父が早々にケガをしてしばらく働けなくなっていたことと、妹が工場で働きだしていたこと。
そして、妹が工場で起きた毒物中毒事故で、重病になったことだった。
事故の後、いつもそうであるように、工場からは何の補償もなく、金がないため妹は治癒師にみせることすらできなかった。
連絡を受けてケイニスが家に帰った時には、妹はもう死の床にいた。
ケイニスにできたのは、ただ息を引き取ろうとしていた妹のやせ細った手をにぎることだけだった。
あの時感じた無力さが、怒りが、ケイニスの魔導士になるという夢も野心もすべて吹き消した。
同じような目にあった貧民は、掃いて捨てるほどいる。
繁栄を続ける帝国には、人種を問わず子どものうちから働き早くに死んでいく労働者が無数にいる。
彼らが働く農場や工場の所有者、貴族と大金持ち達が利益をむさぼり豊かな生活を送るかげで、朝から晩まで働き続けているのに貧しく、飢えと病に苦しむ大勢の人々がいる。
彼らの怒りを集め、革命主義者達は新しい国をつくろうとしていた。
搾取は、奴隷労働は、労働の場での死は、あるひとりの貴族が悪い、あるひとりの工場主が悪い、という問題ではない。社会の構造的な問題なのだ。
だから、社会全体を変えなければいけない。
革命主義者はそう主張し、王制の廃止、貴族制の廃止、全国民に選挙権を与えること、労働者の保護と賃金の保証、を唱えていた。
妹を失った後、ケイニスは怒りに突き動かされて、彼らとともに闘うことを選んだ。
素顔は、素肌はさらさないように全身を隠し、薄汚れた黄色の布を身にまとった「黄色の魔導士」として。
バララセ人の血が流れるケイニスは、肌をさらせばすぐに正体が特定されてしまう。
アグラシアではいっしょくたに黒い肌の人々と言われるバララセ人も、地域によって人によって肌の色のトーンはかなり違う。
ケイニスの場合は、奴隷であった祖母が所有者であるアグラシア人の子を産んだこともあり、肌の色はかなり淡い。
だが、それでもケイニスの肌は日に焼けたアグラシア人労働者よりも黒く、十分に「奴隷人種」だった。
魔術を使う「奴隷人種」なんてめずらしい存在を見つけるのは簡単だ。だから、絶対に隠さないといけなかった。
群衆はスローガンを叫びながら大通りを進んでいった。
途中でいくつかの集団が合流し、人々の数は膨れ上がっていった。
革命運動家は帝国でテロリスト扱いされている。
だが実際は、革命主義者のテロと報道されているものの中には警察当局の自作自演や、捏造もあった。
革命主義に便乗するエセ革命主義者の強盗もいる。
そして、警察当局と政府の意向に沿った報道がすべてを捻じ曲げる。
巷では恐ろしいテロリストとして知られる「黄色の魔導士」だが、ケイニスは「黄色の魔導士」として直接、人に危害を加えたことはなかった。
一方、革命主義者の中にもたしかに平和的な方法だけではらちがあかないと考える過激派もいて、彼らは、集会をするだけ、演説をするだけ、新聞を作るだけで拷問を受け投獄される現状、武力闘争が必要だと主張する。
テロ行為に反対する者の中にも、この国を変えるためには民衆による革命戦争が避けられないと主張する者はいて、ケイニスは密かにそういった主張に共感していた。
だが、ケイニスが知る限り、ジャルバンは決して武力を使おうとしない。
今日のデモも、ただ群衆がねり歩き声を上げるだけのデモ活動だ。
だが、それで終わるとは思えなかった。
すでに警官は群衆への発砲を行っていた。
だが、圧倒的に数で劣る警官は大勢の群衆に襲われすぐに退散していった。
しかし、いずれは警官隊の数が増える。王宮に近づけば、王宮警備隊も待っている。
放っておけば、デモ隊の民衆は一方的に武力で鎮圧され、虐殺が起こるだろう。
今日は生き残ったとしても、参加者は逮捕され、投獄され、拷問や強制労働で遅かれ早かれ死ぬ。
そして、そのまま忘れ去られる。何事もなかったかのように。
これまで、ずっとそうだったように。
だからケイニスは準備をしていた。学んできた魔術の知識すべてを総動員して。
守ることができない命なら、せめてその犠牲を無駄にしないために。
忘れられないくらいの爪痕を残すために。
自分は無力だと信じている人々を鼓舞し民衆の蜂起へとつながる、革命の狼煙をあげるために。
「今年の冬は厳しい。安い賃金と重税のせいで多くの人が今年の冬を超えられないだろう。食べるものがない、暖かい家がない。そんな者がたくさんいるのに、貴族と上級市民たちは豪勢なパーティーにあけくれている。今日、貴族が広場で貧民に施しをするという。奴らがほどこすお情けのわずかな食べものにだまされてはいけない。なぜなら、奴らの富はもともと我々から奪ったものなのだ!」
集まった群衆の歓声がとどろいた。
「時は満ちた。立ち上がれ。王宮前広場に行こう。我々の怒りの声を響かせるんだ。誰も奴隷にされない国、権力者の気分次第で人生を奪われたりしない国を創るために。さぁ、行こう!」
群衆が動き出した。
その様子をケイニスは屋根の上から眺めていた。
(本当にやるのか?)という憂鬱と、(やらずにいられるか)という怒りが心の中に混在していた。
このデモ隊は、警官や帝都護衛任務の兵士達にすぐに鎮圧されるだろう。そして、ここにいる者達は、その場で殺されるか、投獄される。
だが、ジャルバンは主張した。
「兄弟。この戦いは俺達だけの戦いじゃない」と。
ジャルバンは革命運動の仲間たちを兄弟と呼ぶ。
ケイニスに対しても、まるで兄弟のように対等に接してきた。そんな白い肌の人間にこれまでの人生でケイニスはめったに出会わなかった。
ジャルバンは主張した。
「俺達が全員殺されても、ここで終わりじゃない。これは、未来へあげる、狼煙なんだ。民衆は黙っていないという声を国中に届けるんだ」
ジャルバンのような革命運動家は捕まれば死刑。
とっくに死を覚悟している男だから、それでいいのだろう。
だが、集まった群衆は?
彼らはどこまで覚悟しているのだろうか。
ケイニス自身も。
自分は今日死ぬということを覚悟しながら、受け入れきれなかった。
だが、もう迷うわけにはいかなかった。
ジャルバンに協力を始めた時から、これが破滅への道だということをケイニスは知っていた。
ケイニスが子どものころから抱いていた野心、立派な魔導士になるという夢は、妹が死んだときに消えた。
ケイニスの家族は、グランドールの寮にいるケイニスにずっと「大丈夫だ。心配いらない。おまえは勉強を続けろ」と言い続けた。
父が伯爵家の仕事をクビになって、遠くの鉱山で働きだしてからも。
事故の多い過酷な現場と職業病で、ほとんどの鉱夫は10年以内に死ぬといわれている。だが、奴隷人種の男に他の仕事は見つからなかった。
もしも家族から助けてくれと言われていれば、ケイニスは学校をやめて働いた。
それを知っていたから、家族は心配させないように「心配はいらない。勉強をがんばって。魔導士になって」と言い続けていた。
一刻も早く魔導士になって仕事について家族を楽にする。
そのためにケイニスは必死に勉強をした。勉強の合間にはバイトや呪符づくりで稼いだ金を家族に仕送りしていた。
ケイニスが知らなかったのは、父が早々にケガをしてしばらく働けなくなっていたことと、妹が工場で働きだしていたこと。
そして、妹が工場で起きた毒物中毒事故で、重病になったことだった。
事故の後、いつもそうであるように、工場からは何の補償もなく、金がないため妹は治癒師にみせることすらできなかった。
連絡を受けてケイニスが家に帰った時には、妹はもう死の床にいた。
ケイニスにできたのは、ただ息を引き取ろうとしていた妹のやせ細った手をにぎることだけだった。
あの時感じた無力さが、怒りが、ケイニスの魔導士になるという夢も野心もすべて吹き消した。
同じような目にあった貧民は、掃いて捨てるほどいる。
繁栄を続ける帝国には、人種を問わず子どものうちから働き早くに死んでいく労働者が無数にいる。
彼らが働く農場や工場の所有者、貴族と大金持ち達が利益をむさぼり豊かな生活を送るかげで、朝から晩まで働き続けているのに貧しく、飢えと病に苦しむ大勢の人々がいる。
彼らの怒りを集め、革命主義者達は新しい国をつくろうとしていた。
搾取は、奴隷労働は、労働の場での死は、あるひとりの貴族が悪い、あるひとりの工場主が悪い、という問題ではない。社会の構造的な問題なのだ。
だから、社会全体を変えなければいけない。
革命主義者はそう主張し、王制の廃止、貴族制の廃止、全国民に選挙権を与えること、労働者の保護と賃金の保証、を唱えていた。
妹を失った後、ケイニスは怒りに突き動かされて、彼らとともに闘うことを選んだ。
素顔は、素肌はさらさないように全身を隠し、薄汚れた黄色の布を身にまとった「黄色の魔導士」として。
バララセ人の血が流れるケイニスは、肌をさらせばすぐに正体が特定されてしまう。
アグラシアではいっしょくたに黒い肌の人々と言われるバララセ人も、地域によって人によって肌の色のトーンはかなり違う。
ケイニスの場合は、奴隷であった祖母が所有者であるアグラシア人の子を産んだこともあり、肌の色はかなり淡い。
だが、それでもケイニスの肌は日に焼けたアグラシア人労働者よりも黒く、十分に「奴隷人種」だった。
魔術を使う「奴隷人種」なんてめずらしい存在を見つけるのは簡単だ。だから、絶対に隠さないといけなかった。
群衆はスローガンを叫びながら大通りを進んでいった。
途中でいくつかの集団が合流し、人々の数は膨れ上がっていった。
革命運動家は帝国でテロリスト扱いされている。
だが実際は、革命主義者のテロと報道されているものの中には警察当局の自作自演や、捏造もあった。
革命主義に便乗するエセ革命主義者の強盗もいる。
そして、警察当局と政府の意向に沿った報道がすべてを捻じ曲げる。
巷では恐ろしいテロリストとして知られる「黄色の魔導士」だが、ケイニスは「黄色の魔導士」として直接、人に危害を加えたことはなかった。
一方、革命主義者の中にもたしかに平和的な方法だけではらちがあかないと考える過激派もいて、彼らは、集会をするだけ、演説をするだけ、新聞を作るだけで拷問を受け投獄される現状、武力闘争が必要だと主張する。
テロ行為に反対する者の中にも、この国を変えるためには民衆による革命戦争が避けられないと主張する者はいて、ケイニスは密かにそういった主張に共感していた。
だが、ケイニスが知る限り、ジャルバンは決して武力を使おうとしない。
今日のデモも、ただ群衆がねり歩き声を上げるだけのデモ活動だ。
だが、それで終わるとは思えなかった。
すでに警官は群衆への発砲を行っていた。
だが、圧倒的に数で劣る警官は大勢の群衆に襲われすぐに退散していった。
しかし、いずれは警官隊の数が増える。王宮に近づけば、王宮警備隊も待っている。
放っておけば、デモ隊の民衆は一方的に武力で鎮圧され、虐殺が起こるだろう。
今日は生き残ったとしても、参加者は逮捕され、投獄され、拷問や強制労働で遅かれ早かれ死ぬ。
そして、そのまま忘れ去られる。何事もなかったかのように。
これまで、ずっとそうだったように。
だからケイニスは準備をしていた。学んできた魔術の知識すべてを総動員して。
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