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第3章 ニートと帝国動乱
プロローグ 【挿絵あり】
しおりを挟むーー 皇家直轄領 アルディス湖の畔 リリア・リヒテンラウド ーー
「メレス様。また外に出ていらっしゃったのですね」
私が帝城にいる高祖父のところから戻ると、メレス様は湖の畔で椅子に腰掛けマルス公爵からいただいたハーブティーを飲んでいるところだった。
さっそく昨日陛下からプレゼントされた白いキモノを着ているようですね。しかし本当にあのように、胸をはだけた着方でよかったのでしょうか? なんとなく違う気がするのは私だけでしょうか?
「リリア、お帰りなさい。フラウが湖で遊びたいというので連れてきたの。水の精霊たちとさっきからずっと追いかけっこをしてるわ」
「そのようですね……また湖を凍らせないようにしてくださいね」
メレス様が指差す方向を見ると、湖の水面がポツポツと凍っていくのが見えた。
私は護衛の雪華騎士に挨拶をしてからメレス様の向かいの椅子に腰掛け、フラウにもう湖を凍らせないように言い聞かせるようお願いした。
この土地は一年中暖かい気候の土地なので、湖の魚たちは寒さに弱い。アルディス様が大切にしていたこの湖の魚たちを死滅させたとあれば、陛下がどれほど悲しまれるか。
「あら、大丈夫よ。この間エスティナに、光に魔力水をもうあげないようにさせるからって叱られてシュンとしてたもの」
「ふふふ……それなら大丈夫そうですね。光殿の魔力水は精霊に人気ですからね。でもいったい何故なのでしょう? 」
光殿の魔力は風も水も闇も氷も全ての精霊が欲しがると聞きました。私はメレス様ならその理由を知っているかと思い尋ねてみた。
「私もそれが不思議でフラウに光の魔力のどこがいいのかと聞いたわ」
「それは興味深いですね。フラウはなんと? 」
「色んな魔力が混ざっていて、毎回それが違うらしいのよ。だから飽きないらしいわ」
「なるほど……あの魔力を吸収するスキルが原因だったのですね。確かに恐ろしいほど強力ですからね……」
光殿の魔力を吸収するあのスキル。フラウを一瞬で無力化したあのスキルで色々な魔力を吸収し、それが光殿の魔力と混ざっているというわけですね。
やなり高祖父から聞いた戦果も光殿のスキルで……
「その様子だと戦争は優勢のようね」
「はい。既に決着が着いたそうです。阿久津男爵軍の圧勝とのことでした。ただの一兵も失うことなく、モンドレット子爵艦隊と軍基地を壊滅させたそうです」
私は一昨日の夜に魔導通信放送で知った、阿久津男爵家とモンドレット子爵家の戦争の結果を報告した。
あの時は光殿が暗殺されかかったと聞いて、メレス様は部屋を凍らせるほど怒っていた。すぐに光殿が無事だと知り落ち着かれたけど、フラウも一緒に怒っていて本当に手がつけられなかったのを覚えている。
昨日も屋敷中の者が魔導放送をずっと聞いていたけど、戦争の状況はわからなかった。そんな時に陛下が来られたので、メレス様が尋ねたけど、陛下は光殿の話をされるのを嫌がり何も教えてくれなかった。
私もメレス様もあの光殿が、モンドレット子爵程度に負けるはずはないとは思っていた。それでも心配はしていた。そしてここにいては戦況を知ることができないということになり、私が今朝から高祖父のところへ行き情報を集めていた。
「たった二日で勝利したの!? それに一兵も失わず!? そんなことが……」
「ニホンのヨコスカに少数で奇襲をかけ、兵1万と司令官を皆殺しにし飛空艦隊を鹵獲したと聞きました。その後は全軍で子爵領に進軍し、モンドレット子爵の領都防衛艦隊を壊滅させモンドレット子爵親子を討ち取ったと。さらに一族の女子供以外は全て処刑したそうです。近年稀に見る苛烈な戦争に、領地持ちの下級貴族たちは震え上がっているそうです」
私は珍しく驚く表情を見せたメレス様に、高祖父から聞いた戦争の一部始終を説明した。
苛烈。確かに降伏を受け入れず、武器を手にした者は全て皆殺ししたというのは苛烈かもしれない。でも、もしも反対の立場であったならモンドレット子爵は同じことを……いえ、女子供も容赦なく皆殺しにしたでしょう。敵はこれまで奴隷として扱ってきた獣人やエルフたちなのですから。
光殿やその配下の者たちからすれば、私たち魔人を討つことに躊躇いなどあるはずもなかったでしょう。
モンドレット子爵はそういう相手を、卑劣な手を使い怒らせたということです。自業自得ですね。
「少数で1万の兵を? なんて強さなの……それならお父様でも勝てないというのも納得ができるわ」
「子爵以下の領地持ちの貴族たちからは、悪魔男爵と畏怖されているそうです。魔人に悪魔呼ばわりされるなど、光殿は不本意でしょうね」
「光は悪魔などではないわ。とても優しくて温かい人よ。私は光の戦い方が苛烈だとは思わない。モンドレットは光を暗殺しようとしたのだから当然の報いよ。私がこの手で凍らせたかったほどだわ」
「ふふふ、メレス様は光殿のことになると感情がすぐ表に出ますね」
私は目を細め怒っているメレス様にそう言って笑いかけた。
「そ、そんなことはないわ! 私は暗殺などという卑劣な手段が好きではないだけよ」
「ふふふ、そうですか」
私は頬を染めながら一生懸命否定するメレス様がとても可愛くて、雪華騎士の者たちと一緒に笑みを浮かべ見ていた。
メレス様は皆の視線を感じたのか、顔を背け湖で遊ぶフラウの方へと視線を向けていった。
ああ……この時間。50年前に私がまだ幼かった頃に侍女の母に連れられ、メレス様に遊んでいただいた時のような平穏な時間。
もう二度とあの時のような時間を、メレス様や雪華騎士たちと過ごすことはできないと思っていた。
あの日、光殿がこの湖に現れてから全てが変わった。いえ、時間が巻き戻った。
光殿はメレス様の腕を癒し、深い悲しみの氷に覆われていた心を溶かした。
それからというもの、メレス様は本当に表情が柔らかくなった。光殿の話をする時は特に。
フラウとも和解し、魔力水のおかげで仲良くなり良好な関係を築けている。
不思議な人……軍を壊滅させるほどの力を持ちながらも偉ぶらず、決して驕ることなくこの世界を侵略した私たちにさえ溢れるほどの優しさを注いでくれる。
次はいつ来てくださるのか……戦争の後では色々忙しいでしょうから、当分は来れなさそうですね。
いつも私たちの胸ばかりを見ている困った方ですが、また会いたいと思うのはなぜなのでしょう?
本当に不思議な人です。
「決めたわ! 」
「え? メレス様? どうなされたのですか? 」
私は突然立ち上がり何かを決意した様子のメレス様に問い返した。
「光のところへ行くわ! 」
「ええ!? ここを出られるのですか!? 」
200年余り過ごしアルディス様の眠るこの土地から突然離れると言い出したメレス様に、私も雪華騎士たちも驚きを隠せなかった。
「そうよ。魔力水がもう無くなってしまったもの。光は戦後処理で忙しいでしょうから、私が直々にもらいに行ってあげるわ」
「は? 魔力水のために……ですか? でしたら私が取りにいってまいりますが……」
「駄目よ……私が直々に行くことに意味があるの……せ、誠意というものよ」
「はあ……誠意……ですか……しかし陛下がなんとおっしゃられるか……」
「泣くわ」
「は? 泣かれるのですか? 」
「そうよ。泣けばお父様はいうことを聞いてくれると光が言ってたわ」
「光殿が? ふっ……ふふふ、そうですね。メレス様が泣いたりしたら陛下は大慌てされることでしょう。そうですか、光殿にお会いになるために泣かれるのですね」
確かにメレス様を目に入れても痛くないほど溺愛されている陛下であれば、メレス様が泣いてお願いすればお許しになるかもしれません。
「違うわ。魔力水の……フラウのためよ」
「ええそうですね。フラウは魔力水が大好きですからね。では魔力水をいただいたらすぐ戻られるのですね? 」
私は光殿に会いたい気持ちをごまかすメレス様に、少し意地悪な問い掛けをした。
「せ、せっかくだから光の故郷のニホンをゆっくり観光するわ。この世界では私は受け入れられると光が言ってたから」
「確かにそう言っておられましたね。では光殿の屋敷に滞在することになりそうですね。警備のこともございますし」
「そ、そうなるわね……」
「毎日光殿とお会いすることができますね」
「え、ええ……そうね」
メレス様は少し口もとをほこらばせたあと、すぐに表情を引き締め特に意識してない風を装っている。
私は嬉しいはずなのに必死にそれを隠そうとするメレス様の本音を引き出そうと、私が思っていることを素直に話してみることにした。
「ふふふ、メレス様。私は光殿にお会いできるのは嬉しいです。とても温かい方ですから……不思議なことに、あのお方と話していると胸が温かくなるんです」
「リリア……そうね……私も同じよ。光はとても温かいの……あの温かい手にまた……また触れて欲しいわ」
そう言ってメレス様は首もとに手をあて、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
その表情はまるで恋する乙女のようで……
そんな表情のメレス様を見ていると、私も同じ顔をしているのではないかと急に恥ずかしくなってきて……
私は顔を隠すように頭を下げ、メレス様に陛下へ連絡してまいりますと言って屋敷へと小走りで向かったのだった。
イラスト 作:こきはなだ様
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